神戸市西区の有料老人ホームで明らかになった職員による入所者への虐待は、ついのすみかへの信頼を揺さぶった。責められるべきは暴力を振るった個人だが、通報の不徹底や劣悪な労働環境などを誘因に挙げる弁護士もいる。未然防止や早期発見には何が必要なのか。


 2006年施行の高齢者虐待防止法は、要介護施設や病院の関係者らが虐待に気付いた場合、市町に通報するよう定めている。10年度、兵庫県内の施設職員による虐待の通報は22件で、うち3件で虐待が確認された。

 「Q&A高齢者虐待対応の法律と実務」(学陽書房)などの共著がある大阪アドボカシー法律事務所(大阪市北区)所長で弁護士の池田直樹さんによると「勘違いかもしれない」「告げ口のようで気が引ける」とためらう人が多いという。

 「施設で十分な介護を受けていない」といった相談が家族から寄せられ、代理人として交渉したこともある。「言葉遣いが乱暴など気がかりな点を放置しておくのは危険」と指摘する。

 密室になりがちな介護現場のチェックには第三者の目も欠かせない。NPO法人介護保険市民オンブズマン機構大阪(同市東成区)は、阪神間の介護施設を定期的に訪れ、利用者の苦情や要望を施設側に伝えている。

 00年の活動開始以降、虐待が疑われる事案はないものの、特別養護老人ホームで、認知症の男性が車いすの女性を押して転倒させてしまい、女性がけがをするトラブルがあった。

 幸い軽傷だったが、家族への連絡が遅く、対応した職員もトラブルへの危機感は薄かった。こうしたトラブル情報を共有する仕組みもなかった。同機構と家族を交えた面談で、施設側は「迅速に職員が状況を把握できるよう改善し、周知徹底も図る」と回答。同機構事務局長の堀川世津子さんは「ささいなことでも改善に結び付ける姿勢が肝心」と話す。

 虐待事案は個人の悪質さに焦点が当たるが、池田さんは介護現場の過酷さを訴える。介護労働安定センター(東京)の10年度の介護労働実態調査によると、介護事業所の1年間の離職率は17・8%で、全産業の平均14・5%(10年)に比べて高い。

 「業務に比べ賃金が低い」「人手が足りない」「仕事への社会的な評価が低い」などの悩みや不安を挙げた人が32~47%に上り、ストレスを抱え仕事に追われて疲弊する職場がうかがえる。

 施設内の虐待96件を分析した厚労省調査(10年度)では、虐待を受けたのは女性が大半で、80歳超で要介護3以上の人に多かった。虐待をした職員は30歳未満(25・6%)▽30~39歳(20・0%)▽40~49歳(16%)だった。