てつさんのアスペルガー症候群奮闘記

私は35歳でアスペルガー症候群と診断されました。今までの生き難さがなぜなのか少しずつですが見えてきました。週1回、子の刻に更新されます。

 私は35歳で「アスペルガー症候群」と診断されました。


 アスペルガー症候群は自閉症スペクトラムの中で、知的障害や言語障害のない人のことを指します。


 広汎性発達障害の一種です。


 当事者の視点で当事者の過去を振り返る作業を当ブログではやっています。広汎性発達障害でお困りの方に私のパターンがこうだったと言うことを発信することを主たる目的にしています。


 アスペルガー症候群にも100人いれば100通りの考え方があるため、必ずしも私の書いていることが当事者に当てはまるとは限りません。その点はご了解下さい。


(お願い)


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 文章だけで長くなりがちですが、どうぞよろしくお付き合い下さい。


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前回の続きです。

 

 私は大阪の母の自宅(注:実家ではない)に身を寄せるようになってから2年が経過しようとしていた。就労移行支援事業所に通うようになってからも1年を過ぎていた。そのような環境下で私は住民票を大阪のK市に移すことを決め、この年の夏に手続きが完了したことは以前の原稿で話した。

 

ただ自宅に荷物はそのままの状態で残っており、これを動かして空き家にしなければ売ることはできないが、すぐに売るという決断ができなかった私は京都と大阪の二重生活は続いていた。ただ10月に障害年金更新の診断書をもらうことになっていたので、それをもらうと同時に引っ越して空き家にしようと考えていた。

 

売却しないなら賃貸に回すという選択肢もあった。ただ内装をかなりやらないといくら駅前の物件とはいえ借り手がつかない可能性が高かった。売却の査定をしてもらうと概ね相場通りとの回答が来たので少し高めにして売却することに決めた。

 

どちらにしても引っ越しはしなければいけないので片付けを進めていたことは以前の原稿で書いた。荷物の中で1番多かったのはオークションで売れ残った在庫だった。余談だが好調だったときに仕入れをし過ぎて積み上がってしまったものである。これらも少しずつ通院の時に運んでいたがそれでも多く残るほどの在庫だった。

 

梱包を進める過程でもゴミは増え続け、最大の45リットルのゴミ袋が10袋以上出て自宅の前が一杯になるほど(注:集積所はない)だった。この時10月だったが生ゴミがないのでこれと言ったクレームは出なかった。

 

事業所が休みの時には京都に行き荷造り作業をしていたが、作業は2週間以上かかった。

 

その間にどうしても引っ越し屋さんで処理の難しいベッドのマットレスなどの大型ゴミは京都市に頼んで引き取ってもらう必要があった。それは事前に電話して引っ越しの前に合わせて処分することにした。

 

引っ越しの日は10月下旬の通院翌日の火曜日にすることになっていた。通院は2週間に1回月曜日にすることに決めていたので通院と引っ越しで事業所は連休になる。この通院が京都での通院は最後になり、年金の更新診断書をもらってその足で年金事務所に提出という流れになっていた。そんなことは事業所の人も知っている。このことはこの年の11月から通所を終えて職員に変わることもあり、理解してくれていた。

 

引っ越しは梱包さえ終わっていれば積みおろしの作業だけである。処分してもらう大型ゴミはどうなるのかというと引っ越しした後に鍵を預けて後日搬出するという話になっていた。これではちゃんと搬出されたかどうか確認できないので提携している不動産屋さんに売却の話を持ちかけて預けた鍵は処理が終わってから不動産屋さんに渡してもらうことにした。この人はこの不動産屋さんの社長と懇意なので不義理はできないという。

 

梱包された荷物と自転車、冷蔵庫と洗濯機を積むとほぼ軽トラックは一杯になった。引っ越しに来たのは個人で運営している引っ越し屋さんと臨時アルバイトとみられる助手が1人の2人だった。もちろん私たちも手伝う。積み終わったら大阪のK市まで運んでもらうが2時間前後で到着し荷物を下ろすと私が身を寄せている母の自宅は荷物であふれかえっていた。これは時間をかけて片付けなくてはいけなかった。これで12年近く住んでいた自宅は空き家になった。

 

住民票は既に大阪のK市に移しており、自宅も引き払って売却の話を進めることになったのでこれで私は名実ともに24年にわたって住み続けた京都の住民ではなくなった。

 

 

話は次回に続きます。

 

 

 

 

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前回の続きです。

 

10月の下旬に京都から南大阪へ引っ越すことが決まったのは10月の上旬だった。

 

この10月の下旬というのは意味があって、私の障害年金更新の診断書を書いてもらう期日だったので事前の通院で先生にはお願いしていた。障害の年金の診断書は非常に書く欄が多く煩雑なので診断書料も7000円から1万円かかるところも多いようである。

 

引っ越しはこの年金の診断書をもらうことと年金事務所への提出を計算に入れて通院の翌日に引っ越し屋さんに来てもらうことになっていた。

 

この引っ越しの日程が決まったら急いで家の荷物を片付けて運ぶものと捨てるものに分けなければいけなかった。12年近く住んだ家なのでもう必要ないものもたくさんあった。また身を寄せている母方の自宅への引っ越しとなるので冷蔵庫や洗濯機なども不要になるがどうするのか決めなければいけなかった。

 

家電製品はリサイクル料がかかるので廃棄は少なくしたいところだがエアコンは無料で取り外してくれることになった。冷蔵庫は引っ越し先の母の自宅に2台置くことに、洗濯機は知り合いに譲り渡すことに決まったのでこれらは持って行くことになった。テレビは地デジが映らない古いもの(←テレビゲームのモニターにしていた)を廃棄してもらうことになった。

 

そして10月の上旬から通所が休みの日を利用して自宅の片付けをしなければいけない。

 

引っ越しで運べる荷物は軽トラック1台分である。オークションで売れ残っている商品だけでも結構な量の荷物になるので思い切って捨てなければいけないものも多くあった。

 

私はどちらかというと昔のものも残したがる方なので自宅には書類やがらくたが山のようにあった。

 

普段なら裁断して捨てなければいけないものも多くあったが途中で面倒になってそのまま古紙回収に出したものも少なくない。余談だが京都市では条例で紙ゴミは可燃ゴミで出さないことに決まっていたがそんなことを言っていては片付けが進まない。

 

引っ越し屋さんに段ボールは20枚ほどもらっていたので、箱詰めは進めていたが必要なものと不要なものとの仕分けが大変である。まだ使えるものでも引っ越し先に既にあるものやもう使うことのないものも多く出てきて大きな指定ゴミ袋(45リットル)がすぐに一杯になる。

 

大きなテレビボードや食器棚、タンス、ベッドなどの不要な大型家具は引っ越し屋さんに処分してもらうことになった。不用品処理代が3万円ほどで見積もりが出たのでこれは大助かりだった。

 

ごみは毎回大きな指定袋が10袋近く出ていた。これは可燃ゴミの日に出すのだが生ものではないので外に置いていても問題なかった。

押し入れなどの収納スペースも一杯になっており、これを空にするのも時間がかかった。段ボールの箱が思っていたより足りないので引っ越し屋さんに追加でもらうことにした。

 

 

話は次回に続きます。

 

 

 

 

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前回の続きです。

 

9月に理事長からいつになったら来て(職員になって)くれるのかと恫喝(?)された私はこの年の11月からなら勤務できるという回答をしたことは以前の原稿で書いた。

 

10月になったが一向に面接をやるという動きが見られなかった。これには諸事情があって私を雇用することによりこの事業所が障害者のトライアル雇用の制度を利用して国からの助成金を何とか得たいという思惑があった。どうやら職安(ハローワーク)と交渉を進めていたようである。

 

結論から言うと利用者から職員になるという事実上の内部就職になるので、障害者トライアル雇用の制度そのものは利用できるが国からの助成金は出ないという形になった。この制度は対象になる障害者を雇用した場合に3ヶ月を上限に月額4万円が事業主に支給されるという制度である。これは雇用される人が手帳(身体、知的、精神)を持っていれば対象になる。

 

この制度上の全容が明らかになったところで私との面接を行うことに決まったことを施設長の宇賀さんから告げられた。この時既に10月の中旬になっていた。私が11月と期限を区切ってから既に1ヶ月以上経過していたので私は以前自分が断り続けていたときのように雇用の話がなかったことになるかも知れないと少し焦っていたところだった。

 

ここで少し困ったことが生じた。いくら採用を前提とした面接だとはいえ、スーツはすべて京都の自宅にあった。前回の原稿で話したが引っ越しの荷物の運搬は10月の下旬だった。通院などで近々京都に行く用事もなかった。どうすればいいか宇賀さんに聞くと、別段スーツでなくてもいいと言うことだった。仕方がないのでスラックスとワイシャツで間に合わせることにした。

 

面接は、この事業所の本社事業部で行われることになった。この本社事業部では高齢者向けデイサービスを運営している。そのほかにも児童の放課後デイサービスを行っているほか障害者向け事業所の開設など事業の多角化を目指していた。この理事長の野望は現在特定非営利活動(NPO)法人である事業主体を社会福祉法人にしたいと考えていることだった。事業の拡大に向けて人員が必要な状態であったがなかなか公募しても応募者がいない状態に陥っていた。そこに精神保健福祉士の資格を持つ私が通所するようになったのでその当初から事業所側は職員への登用は狙っていたが私がなかなか首を縦に振らなかった。

 

この年に新しく今通所している事業所の隣町に就労継続支援B型事業所が開設したのでそちらでの雇用になると私は考えていた。この隣町の事業所の方が現在私が身を寄せている母方の自宅から通勤は近かった。

 

面接当日がやってきた。私はスラックスとワイシャツで間に合わせたがネクタイまでは準備しておらず仕方なくダ○ソーで調達することにした。この急ごしらえの服装で面接に臨むことになった。

 

この面接については理事長は私の人物像は概ね把握しており、どのような仕事をやってみたいかなどの確認や労働条件の確認などだった。

 

当面は時給900円でのパートタイムでの雇用になるという。労働時間は1日7時間で原則週5日勤務となるらしい。実質的にフルタイムでの雇用ながら健康保険・厚生年金の社会保険は加入しないという。私は一向に構わなかったが週20時間以上労働者を雇用する事業主は社会保険は強制加入であり、この法人の行為は違法である。

 

以前の原稿で触れたが私は障害年金2級を受給している。私はこの年金を受給しながら働くことも模索していたので、社会保険がない雇用契約の方が有難かった。ちなみに健康保険は国民健康保険で保険料は減額されて月額2500円前後、国民年金は保険料免除の申請をしているのでこれを継続させるだけでよかった。

 

 この社会保険のない期間が試用期間になるらしく、期間も半年と長く後から聞いた話では1年加入させてもらえないという人もいたというので、これでは定着率が低くて当然と納得できた。

 

 

 話は次回に続きます。

 

 

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