現代ポピュラー音楽作曲の技法を考える/不定調性論のブログ

世田谷区music school M-Bank発信による、これからのポピュラー音楽のための作曲についてのトピックと、アーティスト楽曲研究、ジャズ/ポピュラー楽理オンライン講座付属のブログです。
ときどき音楽スクールのこと、スタッフの活動なども書かせて頂きます。


テーマ:

この"口に出して言いたい横文字"(笑)は不定調性論の造語です。

 

コードの代理概念を推し進めると、ここまでになってしまい、結局

・従来の理屈の中にとどまるか、

・オリジナルな表現を探すか、

の二択を迫られるのが現代の音楽です。

 

前者は、伝統的ですが、ときに刺激に欠けるときがあります(決して融通が利かないわけではありません。学習者がそう思い込んでしまい、そういう風なイメージで音楽を取り扱ってしまう、というこの一点がとても負荷が大きい問題です)。

後者は、はっきり言って、誰も認知してくれません(有名になって理解される、なんていうのは世界でも一握りです)。故に困難です。

 

この狭間で音楽をやろうとすると、またなんか微妙に普通になってしまいます。

でも、そのぎりぎりのところで悩むのが音楽を職業にする、趣味ではない、ただお金をもらっているのではない、「職業」としての音楽の難しさではないか、と思います。

 

===

音楽の理屈は行くところまで行って考えるべきではないでしょうか。

私などはまだ道半ばでしょうが、ある程度自分が考えうる終点まで行けば(そんなことはないのですが)、そこまで行ってしまえば、結局解釈と考え方と印象と、やる気なのだ、となんとなく「覚悟が決まる」ように思います。

 

偉そうなことを言えば、中途半端な勉強が一番良くないように思います。

(すみません、私が一番中途半端ですが。極端に悪い例としては、検分いただく価値があります笑)

 

===

これも質問を受けたので、ブログに書きます。

ずっと以前に受けていたのですが、書く暇がありませんでした。

 

まずモーダルインターチェンジの発生する曲を考えてみましょう。

このブログで取り扱っているようなアーティストでいえば、ホールズワースが一番の権威かもしれません。

 

そこまで行かなくても、「So What」は、

D DorianとEb Dorian

を行き来しますよね。モードがチェンジする曲です。

これをDマイナーとEbマイナーがチェンジする、と考えてしまってはモード音楽の解釈を誤ってしまいます。モード音楽の意味がありませんし、それでもいいじゃん?となったのはずっと後になってからです。

 

で、この二つのモード、伴奏で和音を扱うとき、各ドリアン上でできる特性音を含む和音で表現する、というのがモード音楽の伴奏となるわけですが、周知のとおり(Kind of blue自体がモーダルなソロばかりがあるわけではない=結局バップも混ざったごった煮)、モードだからモードで演奏しないといけない、など、作ったそばから、面白くない、と悟ったことでしょう。

 

===

そうして結局、DマイナーとEbマイナーのダイアトニックコードが、それぞれの親しみやすいドミナントモーションを挟みながら展開していく音楽にしたほうがいろいろ入って健全だ、となります。

 

つまり、二つのキーが存在する音楽です。

 

このDm7→Ebm7を考えてみましょう。

 

A7→Dm7

Bb7→Ebm7

(本来のモード音楽、においてはV7によってキーを想定させるような手法は御法度とされました、適宜自分がどんな音楽を行いたいかで判断してください)

 

そして、これがV-Iです。これが混ざるわけですから、この二つが切り替わるときに、

Ddorian |Ddroian |E♭dorian |E♭dorian |

という切り替え個所において、

A7  |A7  |Ebm7  |Ebm7  |

というようなことも起きるわけです。

これはDm7に行くと見せかけて、Ebm7に移行する意外性、スリリングさ、楽しみがあります。

これらはスティービー・ワンダーらの曲によって、歌ものでも登場することになり(詳しくはスティービー・レポートを参照)ます。

 

つまり、コード進行として、

 

A7→Ebm7

 

が成り立つ状況を引き起こしてしまったのです。

こんなことはクラシック曲でもあるのでしょうが、ポピュラー音楽でこれが用いられることで、様々な解釈がされ、使い回すことが可能になるわけです。自由の音楽ですから。

 

そうなると、

 

あるキーのV→別のキーのI

 

という進行が音楽的に活用され、そのコード進行が一般の人の耳に入り、その意外性は「スティービー・ワンダーっぽい進行」などといわれて浸透します。

 

そうなると、高尚な進行ではなく、もはや当たり前の進行になってしまいます。

 

つまり

「複数のキーの間の機能コードを連鎖させる進行が一つの方法論として展開できる」

ということになります。

 

=====

やってみましょう。

Cメジャーキーのスリーコード(I,IV,V)

C F G

Aメジャーキーのスリーコード(I,IV,V)

A D E

Bbメジャーキーのスリーコード(I,IV,V)

Bb Eb F

 

ではこれをI-IV-V-Iで自在に連鎖してみましょう。

 

C   |D  |E  |C  |

これはCメジャーキーのIとAメジャーキーのIV,Vを用いた例です。

 

C  |Eb  |F  |C |

これはBbメジャーキーのIV,VをCのIと組み合わせた例です。

 

まるでビートルズ進行ですね。

 

では、マイナーキーも入れてみましょうか。

Cメジャーキーのスリーコード(I,IV,V)

C F G

Aメジャーキーのスリーコード(I,IV,V)

A D E

Bマイナーキーのスリーコード(I,IV,V)

Bm Em F#m(またはF#7等)

 

C  |D  |F#m |C  |

これはAのキーのIVとBマイナーキーのVm用いた例です。

えーそんな進行あり得ないよ、いうかもしれません。

 

今は確かにありえないかもしれませんが、100年後も未来永劫あり得ない、といえるでしょうか。そんなことは誰も分からないのです。だから、可能性として、考え方として、あり得ることを指摘できる方法論が必要だと感じています。

私はそういう点において、機能和声論に限界を感じ(世界にはそれを展開して指摘できる方法論はたくさんありましょうが)、私は不定調性論を作りました。

 

====

そして

Cメジャーキーにおいて、ivの音、viの音を有する和音がサブドミナント機能を持つ和音とされます。

 

つまりd音とa音です。

 

これを拡張しますと、dとa音を持つ和音は広義な意味で、Cメジャーキーにおけるサブドミナント機能を代替する可能背う意を含有していると考えることもできる、という理解に発展させられます。

 

たとえば、D7、DmM7、BbM7、Bm7、Asus4、Gadd9、EbM7(b5)、F#7(#9,b13)、、、

などなどいくらでも出てきます。

これをどこで線引きしても、伝統理論の制限を活用する必要があります。

そしてその制限を設けないと、

Cアイオニアンから発生する和音、

Cの他のモードから発生する和音、

機能的に関連モードから発生する和音

という段階によって、マトリックスを作って表にすることができます。

 

教材の付録についています。

 

こういうやつです。

 

====

不定調性論では、機能性によって優位になる進行が科学的に定義できる、というようなことは前提にしません。

機能感というのは、私自身は、ただの刷り込みであると感じています。

しかし、この刷り込みを活用することで、さまざまなコード進行が可能であり、それによって音楽をさらに豊かに展開できるわけですから、それが出来る以上、それをまとめた表にしておく必要があります。刷り込みもまた音楽的クオリアの一つだからです。

 

いまは80年代ではありませんから、新しい進行をこぞって試すフュージョンミュージックのようなことはしないでしょう。しかしそのころからジャズ理論は一定の応用性を示して各独自論に展開していったと思います。

自在にコードをつなげ、音楽を構築しても、良いのだよ、という根拠が教科書という素材を通して訴える意味は大きいと思います。

 

これらを「不定調性希機能進行」とも呼んだりしています。

みたからに不定調性進行といえるものとは違い、機能理論の名残のある進行形態です。

ジャズ理論をかじって、"凄い代理を施した進行"は、不定調性進行という見方と同時に、「希機能的な進行」である、という理解も面白いかもしれません。

 

====

 

でそうした進行感を、理論的構造などによらず、難解なジャズではなく、ロックやブルース的楽曲の中で活用し、自在に展開して商業的、歴史的な成功を収めたビートルズがいかにその発想と大胆な展開力に優れていたかが分かるのではないでしょうか。ジャズにおいてバップがモードに向かい原初化してしまったのに対して、そうした響き感を若いビートルズメンバーは自分なりに知っているコードにアレンジして(詳しくは当ブログの、ビートルズができるまで等をご覧ください)用い、ロック音楽にした、という点など、いくつもの偶然と奇跡と霊感がポピュラーミュージックの歴史にあって、今がある、ということを考え、ひも解いてみるだけでも面白いのではないでしょうか。

 

このマトリックスは、作ることに意味がありました。

どこまで自由な進行は思考可能か、なぜ機能性を無視することができるのか、複数の解釈が生まれてしまう可能性、等をこの表の存在自体が物語ってくれるからです。

 

その他モードマトリックスや、セカンダリーコード機能代理拡張表、ハーモニーユニット表なども一度ご覧いただければ幸いです。

 

=====

この表によって「そういうことですから、皆さん自由にポピュラー音楽をやりたいようにやっていいんですよ」ということがまたひとつ言えるわけです。

まず真似から入って、好きな音楽のコピーをして、自分がもっとこうしたい!という欲望を見つけて頂ければ、と思います。
 

AD
 |  リブログ(0)

不定調性的なコード付けのご相談、ということで、取り上げてみます。

 

題材は「Moon River」。

 

こんな、アレンジしようのない曲、、どうしましょ、という題材ですが。


世の中の美しい「Moon River」の数多あるアレンジの方法は、そちらにお任せし、ここでは、"異なる美しさ"=自分がそう思う表現方法、を追求したコード付けをやってみたいと思います。この区分けはとても大切だと思います。

 

簡単に原曲のコードを書いてみましょう。

 

3/4拍子です。

 

CM7 |Am7 |FM7 |CM7 |

FM7 |CM7 |Bm7(b5) |E7 |

Am7 |Gm7 C7 |FM7 |Bb7 |

Am7 |F#m7(b5) B7 |Em7 A7 |Dm7 G7|

CM7 |Am7 |FM7 |CM7 |

FM7 |CM7 |Bm7(b5) |E7 |

Am |Am7 |Am6 |FM7 |CM7 |

FM7 |CM7 |FM7 |CM7 |

Am7 |Dm7 |G7 |CM7 ||

 

という原曲のハーモニーを下記のようにしてみました。

 

殴り書きですみません。

小節内のコードを下記に書きわけます。

 

C69 |BbM7(13)|A7(9,b13)|Em7(b5) Ab7|
Dm7(13) Dm7 |DbM7(#11) |Bb/C |C7(9) |

 

Dm7 |DbM7(#11) Dbm7(b5) C7(9) |FM7 |Fm7(9) E7(#9) EbM7 |
DbM7 CM7 Bb6 |Am7 Abm7 Gm7 |G7(9) F7(9) Eb7(9) |C#7(9,b13) C#7(9,#11) |

 

C69 |BbM7(13)|A7(9,b13)|Em7(b5) Ab7|
Dm7(13) Dm7 |DbM7(#11) |Bb/C |Db/Eb E/F# |

 

C/D |DbM7 C7(b5) |B7(b9) |Bb7(9) |
Am7 |Ab7 Gm7(11) |C#m7(b5) |Ab7 Gm7(11) |
Bbm7(13) |Am7 |Dm7 |F#7(9) |
FM7(9) BbM7(13) EbM7 |Ebsus4(M7) AbM7(#11) |GM7 |C#M7(#11) |
 

書き間違いがなければ良いのですが。

終止線を書き忘れています。

 

====

これは個人の印象に基づくハーモナイズですから、どういうジャンルであるとか、そういうことは特に決めてやっていません。

私の癖ですが、

・時々自然と原曲のコードとかぶる箇所がある

・全く違うキーで普通に展開しているような箇所が出る

・最後のコードが微妙に最初のキーのトニックから外れている

 

と言った私のやり方がここでは如実に出ています。

 

====

上記を機能和声でアナライズすることもできるでしょうが、当の私は一切そうしたことを考えて作っていませんのでアナライズは意味をなさなくなります。

巻き絵を見るように、ストーリーの展開をイメージして、それに合うと思う響きを置いただけです。また、原曲と同系統の色彩感が出ないように、という意味では理屈的な辻褄をわざと避けながら、この曲の柔らかさを出すために、ポイントポイントで原曲が持つふんわりとしたコードを浮き立たせようとしているところはあります(それが表現されているかどうか、、、、ですが)。

 

たまたま1カッコから頭に戻る際に、裏コードのIIb7が来たことでうまくC69に戻っていますが、これも作っていた際に、これは辻褄が良い、と感じて配置しました。こういうのは作っていて面白いですよね。

 

メロディが綺麗な曲なので、メロディを主体にしてメロディを持つ和音を当てています。音階的になるところは、コードスケールを考え、該当するものでかつ音楽的な流れに逆らわない和音を配置します(これも癖でしょう)。

 

====

あとは個人のイメージです。

この曲は、ふんわりとして愛にあふれるイメージがあります。

通例の不定調性のヴォイシングだと無調的で退廃的になってしまいます。

そこで、そうならないように、穏やか動きの和声を探しました。原曲の印象感と自分に相応する和音的な流れを表現する面白さはあります。

 

例えば、原曲の

FM7 |CM7 |Bm7(b5) |E7 |

の部分における、Bm7(b5)-E7のところは憂いが生まれ、とても切ない雰囲気を作りますね。そこで今回のリハーモナイズでは、

Bb/C |C7(9) |

として、ヴォイシングにf→eの流れを作り、これでとても薄いかすかな切なさ、みたいのを出そうとしています。これは単純にCsus4-Cなのかもしれません。そのイメージもありましたが、もう少し奥深いところにこの動きを隠したかったので、上部を分数和音で隠しました、、、というほど偉そうなものでもないのですが。。。

 

これは通例言われているリハーモナイズとは全く別のものです。

チック・コリアや、ジム・ホールが施すような独自性の高いハーモナイズを目指すものであり、そうした区別の目安にもなるのではないか、と思います。

 

つまり、通例誰でもができるハーモナイズが商業音楽的なものであるとしたら、明らかに、個人の芸術性を開花させるためのものです。

先人たちがバップからの逸脱、モードからの展開、フリーへの欲望、フュージョンからの展開を見定める中で生まれてきたハーモナイズのやり方です。

 

そしてこれをやってしまうと、音楽は急に個人的なものとなり、難解で一人よがりようなものとなり、同時に「それはな俺はこうやる」ということになり、メインストリームがどこかへ行ってしまいます(当たったもん勝ち)。

 

====

と、悪いイメージしか与えないようですが、違います。

伝統的な音楽のアプローチと同時に、ベンチャーなアプローチを活発にするための区分けです。

 

つまり、代理コードやII-Vの拡張などによってできる音楽的雰囲気は、理屈には合っているし、過去に誰かが使ったことのある流れだから、それ相応の意味を簡単に相手に与えることができるために、誰でも使える"普通の奇抜さ"が一応は生まれます。

しかし、それ一辺倒だと、限界があります。また原曲が元々持っていた雰囲気から離れることを把握した上で、現代ジャズ的な汎用的な響きをむやみに作り、アレンジしてしまうと、みんな同じウェルダンになってしまい、同じような銀色の響きしかしなくなってしまう、、ということもできるでしょう。

 

この区別を学習段階で明確にしておけば、もっと音楽表現は様々な経路が明確になって面白いと感じています。

音楽性のごった煮のような状態を避ける意図も不定調性論にはあります。誰もがマーク・レヴィン一冊で天才的なジャズアレンジをすることは難しいと思います。

だから、それを補うためには各位の音楽的クオリアによるハーモナイズが独自性を生み出しやすもう一つの、別の方法として確立することで、あれもできなければいけない、これもできなければいけない、というような強迫観念を与えることを避けることができます。

 

今ジャズの勉強をしますと、パーカーの方法、コルトレーンの方法、メセニーの方法と、あらゆることを学んでいるうちに学校や図書館から抜け出せなくなります。

 

不定調性論が言いたいのは、"はじめっから自分らしく演奏することだけ考えるフェイズを別途用意しておくことが大事"です。それが最終的には自分の音楽になるからです。

音楽スクールでいつも言っているのは、先生に従うな、先生の言うことを信じるな、先生のアドバイスに頼るな、です。先生を利用し、ダシにしながら、自分の方法をいち早く見つけるべきだと思います。また、先生も教授するという立場から、サポートする、という立場への移行によって仕事は格段に増えると思います。

====

 

音楽を専門的に勉強し始めた方には、ぜひ独自性を後ろに引っ込めることなく、「自分ならこうする、こうしたい」という欲望がしっかり生まれるような勉強をしていただきたいです。それでも迷いますからずーーーーっと笑、ご安心あれ。どうせなら良いことで迷おうではありませんか。

 

、、、何だかよく結論が見えませんが、

 

私個人的には、このアレンジ、雲の上の霞を感じながら、よりふわふわとしたこの原曲をどこか耳の奥で感じながら弾けるこの響きの流れが、いいなぁ、と感じています。

 

これはプライベートアレンジ、ですかね。

 

この流れで「わかる!!」という人がいたら、逆に話が合うかも、です笑。

(ギターで作っているので、ヴォイシングを間引いて弾いてみると、しっくりくるかも。オーソドックスな押さえ方しか使っていません。)

 

=======

 

■SOWA~絹

ワンマンライブツアー2016

8月20日(土) 絹ワンマンライブツアーin大阪
大阪ライブハウスKANDY LION

ticket ¥2500 (+drink ¥500)

お問い合わせ Office AJ music

 

 

■不幸のナイフ

8月19日(金)
-不幸のナイフ 第1弾LIVE-

open 18:30/start 19:00
栄 ROXX
ticket ¥1500 (+drink ¥500)

【チケット予約】

 

 

====

お二人のライブ、よろしくお願い致します。

ここだけの話、とうぜんオケについてもがっちり作っていますのでそっち方面の方にもお楽しみ頂けるのではないか、と思います。

 

 

 

 


 

 

 

AD
 |  リブログ(0)

テーマ:
ひとまとまりの制作が終わり、次の制作の合間、データ整理に入っております。

制作に追われていましても、別の脳みそは何か働いているようで、あるテーマをヒントに曲が出来てしまうことがあります。

使う予定もない曲が出来ることが時折変な感じもしますが、本来作曲とかはそういうものですよね。


====
"ときの音"
(時を告げる様々な音、人生は、なぜ人が決めた「時を告げる音」に決められなければならないのでしょう。なぜ時間は待ってくれないのでしょう。)

あの風の中へ 
君は羽ばたいた
愛満ちた そのまなざしを 
きっと忘れない
あしたはもっと笑おう 
君との時をこの胸に
とどめよ この想い この場所へ
語り合おう この時を

ただ空を仰ぎ 
ただ歌い 泣いて
君のため できることは 
君を想うこと
あしたはもっと歌おう 
君との夢をこの胸に
刻めよこの想い この場所へ
明日をつなぐ 空になれ
時をつなぐ 歌になれ

====
"ときのね"と読みます。
これは、良く知る方のご家族で、戦地に赴く若者に向かって、慰問の歌を歌う、という活動をされていたずっと古い話に触れ、これからに残しておきたい話だな、と思い、でも何も出来ないのでふっとメロディを作り、贈った歌です。
最後の音楽を聴き、出立の"時の音"に追われ、彼らは空高く飛び立ちます—
最後に聴いた音楽は、どのくらい胸の中に残ったのでしょう。

わたくしの仮歌では、あまりにお耳汚しなので笑、ここではオルゴール風のインストゥルメンタルにしました。
インストにして少しメロディを整えたので歌詞がうまく乗らないかもしれません。

特に政治的な意味とか、宗教的な意味はありません。

====
ときの音(作曲時のコード-1コーラスのみ-)

D F#m7 |G |Em7 Em7/A |D |Asus4 A |

D A |D |D G |Asus4 A |
D C |2/4 Bm7 |4/4 E7 |Em7 Em7/A |D |
D F#m7 |G Em7/A(2コーラス時はGm6) |D B7(b9) |Em7 Em7/A |
D |F#7 |Bm7 |E7 |E7 |
E7 |Em7/A(またはA7) |G |D |

G/D | A |〜

作曲ブログっぽく書けば、VIIbであるCと、サビの核となるコードとしてのB7(b9)の響きが好きです。
空と風と切なさと、みたいなイメージを表す音を探しながら、探し当てた感があったのを覚えています。自己のイメージを鍛えることがこれからはますます大事になるのではないかと思います。

最近の作曲は、仕事でもプライベートでも、とても自由でより面白いものになっていると思います。

一休みの記事で失礼しました。
AD

テーマ:

これから述べることも拙論における、和声進行形態分類の大別です。

独自論ですので、各位よろしいようにご活用ください。


<動進行>

ある和音Aから、次の和音Bに変化すると考えられる状況において、Aの構成音数の半分以上の構成音が変化する進行を指します。

例)

C→C#

C→C7(9)

C→Dm

C→F

など、構成音の半分以上が変化する進行形態(付加音による増加も含む)です。これらの変化の内容に応じて、第一種動進行、第二種動進行などと分けていきます。


これを応用しますと、

CM7→ノイズ

CM7→無音(?)

が動進行に該当するのかどうか、という問題などが発生しますが、その際に決定するのは、クリエイターによる音楽的クオリアにゆだねられます。あなた自身の感覚を信じて、それがどういう時間的変化なのかを自由に判断してください。上記のように、楽譜上明らかに構成音の変化と考えることのできる問題については分類が出来ますので、していますが、


CM7→C#M7

が「自分にとっては全く変化を感じない進行だ」と感じたら、これはあなた自身の動進行形態を再定義する必要があることを意味しています。


このあたりもあなた自身の独自論に展開する必要があり、その境地へのスタートラインを不定調性論が

底上げしてくれることに貢献出れきれば、と思います。


<静進行>

ある和音Aから、次の和音Bに変化すると考えられる状況において、Aの構成音数の半分未満の構成音が変化する進行を指します。

例)

C→Cm

C→Dm

C→F

など、構成音の半分以上が変化する進行形態です。


これもまた、微分音の問題などが発生します。


440Hzの鍵盤のC△(C△440とします)から、441Hzの鍵盤のC△(C△441とします)に変化したら、これは変化と言えるのか、いえないのかという話です。

これについても聴き手の音楽的クオリアに作用されます。


C△440から、C△441を聴いたとき、それを異なると聴き、取り扱うなら、その人にとっては動進行になります。そしてこれを変化ではなく、「ゆらぎ」と述べるなら、根幹がどちらかの和音に依存するわけですから、これは変化とは考えないで扱う、などとする場合は、これは同じ和音のグループの扱いですから、静進行となります。


=====


こうした、「個人の判断を伴う進行形態の分類方法を示す」ことにより、音楽の価値観や、構成美、変化感そのものがなければ定義できない、という部分ができ、個人が考えなければならない方法論となります。


これは絶対である、というのはなく、「自分がそれをどう聞いているか」という、体内の音楽機能を活用していくことで音楽への理解が、自分が脳内から発信した情報によって構成することが可能です。


その先に、こういう音楽を作りたい、とか、こういう概念で音楽を行いたい、とかそんな欲求が生まれることを期待しています。


=====

別にどうでもよい情報ですが、このあたりを既存の方法論に一つでも頼ってしまうと、独自論は意外と形成しにくくなります。

和声がどう変化しているか、を考えるとき、単純に物理的な変化の形態変化を観察する、という基本に戻り、あとは、それらがどう変化したかの印象は、形態ではなく、一人一人の感覚による判断にゆだねるわけです。


これにより、


C-Dm-Em

は静和音による動進行の連鎖であり、


C7-D7-E7

は動和音による動進行の連鎖という理解になります。


この理解の中で、機能がどうとか、キーがどうとか、という場合は、それは個人がこれまで学習してきた音楽観念によって判断する情報なので、個人差があります。


また、さらに言えば、

c→dを、

・変化とは言わない


・変化しているのだろうが、変化しているとは認めない


・変化しているのは分かるが、今日のところは変化していないと感じたい


などの思春期や反抗期のような理解が頭をよぎった場合は、その理解を優先します。


===

一般論は十分教材として活用されています。

そこから漏れてしまった、世界中であなたしか感じていない感覚を拾い上げ、それを肯定します。

あとは、それが何につながるのか、それを活用できるのか、そこを考えなければならないと思います。


本来の音楽理論書もそうした意味を含んでいて、そうやって活用してほしい、という思いで書かれていると思います。

ただあんまり枠を外してしまうと、何も定義していないに等しくなります。また枠を外した時の新たな枠、しかも壮大に策定された枠が存在しないのだと思います。

だからそうしたがちがちの伝統は、それで体系として成り立っているので、それはそのまま活用し、学習時には、不定調性論のような独自論を各自設定し、精細に枠を拡張して、活用頂ければ、と考えています。


どうでも良い部分の話ですが、動和音、静和音、動進行、静進行で音楽の進行形態を考える、というお話でした。


AD

テーマ:

不定調性論には、和音の分類は大きく二種類あり、それぞれをその構成音の見かけの判断で様々な類別を行います。


音楽制作そのものにはあまり関係ありませんが、こういう形態分類は、いかがですか?


ということで掲載しておきます。


これも独自論ですので、特にシェアして頂く必要はありません。


これによって、いま無調的な即興演奏、先端のジャズなどの演奏に感銘を受けた方が「あれは、一体どう受け入れればいいんだろう」という方に最適です。


======

<動和音と静和音>


この二種類だけです(教材では増四度の種類によって第一種動和音、第二種動和音などといったものも紹介はしています)。


動和音=増四度を含む和音、

静和音=増四度を含まない和音、


これだけです。これで全部分類できますね。この二つに属さない二音以上の和音はありません。


たとえば海の音と風の音が混ざった音はどうでしょう。耳で増四度が聴き分けられれば、その時点で動和音ですが(動和音的、と表現すべきでしょう)、もし見事に協和するような感じでしたら、それは静和音、となるわけです。


だから即興演奏などで、鍵盤を見ず、クラスターのようにこぶしで打ち付けた和音も、その中に増四度を含んでいれば動和音、含んでいなければ静和音です。


よって、


CM7は静和音ですね。


でもCM7(#11)は動和音です。


また、c,c#,d,d#,gといった和音もc#とgという増四度を含むので動和音、となります。



なんで動和音と静和音を分けたのか、という点ですが、これは属七和音の扱い、存在が決め手になります。この和音だけ性質が異なる、という話が教材にあります。それゆえです。

でもそんなこと、ステージで演奏しているときは関係ありませんでしょ?だからまずこの分類だけ頭に入れてもらいます。これにより、和音の扱い方は極めてシンプルになります。



そしてジャンルも、時代の和音も関係ありません。


これは完全に形態分類です。

セロニアス・モンクの、おそらく当時は「ヒドイ和音」といわれたであろうものも、今では伝統です。

時代は変わり、いま私たちが考えていることは皆、古く、当たり前で、くさすにも値しない話題になっていきます。

文句の和音はカラートーンを含む和音である、というように私は学びました。


でもこれだけでは、「じゃあ、カラートーンを私の音楽で使うにはどうすればよいですか?」となるだけです。

だからその枠を一般論と同等なところまで広げるわけです。


C7(b9)は動和音、C7sus4(M7)も動和音、CM7(b9,b13)も動和音、

しかし

CmM7(11)は静和音、CM7(b9)omit5は静和音、c,c#,d,d#のクラスターも静和音、


とすることで、これらの和音は時代の中で使用されてきた頻度にかかわらず差別されることなく、形態で分類されます。これで理論的な可不可、みたいなところとか、奇抜だ、とか、変態だ、で終わることはありません。全部平等になるからです。あとは、使えるかどうか、個人が使えるかどうかだけを、他者の意見とは関係なく、自分で考えればよい、というだけです。


こうしたうえで、カラートーン(コードトーンの半音下の音)の和音を見て頂き、たとえば、

CM7(m3)とか、CM7(7)とか、C6(b13)みたいな和音が理解され、それが自分の中で響くかどうか、それを先入観なく模索頂ければよいわけです。

ちょっと他では見ない和音だから、つかえるのかどうか?みたいな心配は杞憂です。


強い作り手の意志が求められます。ただ理解を示してほしいのです。

あなた自身が弾いたその和音に。


CM7(#11)は動和音ですが、これはもうおなじみですね。

では、

CM7(b9)はどうでしょう。これも構成音gと増四度を作る動和音です。

「ああ、これはちょっとありえないなぁ」

100年後もその価値観が続くと思いますか?わかりません。そんなことは良いのです。

それはあなたがありえない、と思っているだけで、別に音楽理論は一言もそんなことはもともと言っていません。"つかいづらい"というだけです。

空けづらい缶詰のふたが無くなったように、使いづらいなら使いやすくするのがクリエイターの使命です。


だから、このCM7(b9)もCM7の先入観を捨てて、c,e,g,b,d♭という和音が持つその表情を捉えられるかどうかだと思います。

Dm7-G7-CM7を

Dm6-G7sus4(#11)-CM7(b9)で考えてみましょう。


ピアノで低音から、

d-f-a-b

c#-f-g-c

c-e-g-b-d♭

という流れなどで、心の中にこれらの和音への耐性を作ります。これらの省略和音は、他の和音への印象を想起させたりします。それが耐性を作ってくれます。コードネームでの発想は最初だけにして、その先にある響きの印象がもたらす音楽的クオリアを強化していけば、良い、という話です。

私たちが平均律に耐性を作ったのと同じ発想です。


皆さんだけの和音をつくり、それをいろいろな場で自然と活用していくことで、表現の発想やインスピレーションを聴き手が広げてくれます。新しい音楽はそうやって作られていくと思います。


まず発想に窮乏しないこと、でしょうか。


静進行と動進行の話に続きます。


AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。