現代ポピュラー音楽作曲の技法を考える/不定調性論のブログ

世田谷区music school M-Bank発信による、これからのポピュラー音楽のための作曲についてのトピックと、アーティスト楽曲研究、ジャズ/ポピュラー楽理オンライン講座付属のブログです。
ときどき音楽スクールのこと、スタッフの活動なども書かせて頂きます。

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不定調性論には、和音の分類は大きく二種類あり、それぞれをその構成音の見かけの判断で様々な類別を行います。


音楽制作そのものにはあまり関係ありませんが、こういう形態分類は、いかがですか?


ということで掲載しておきます。


これも独自論ですので、特にシェアして頂く必要はありません。


これによって、いま無調的な即興演奏、先端のジャズなどの演奏に感銘を受けた方が「あれは、一体どう受け入れればいいんだろう」という方に最適です。


======

<動和音と静和音>


この二種類だけです(教材では増四度の種類によって第一種動和音、第二種動和音などといったものも紹介はしています)。


動和音=増四度を含む和音、

静和音=増四度を含まない和音、


これだけです。これで全部分類できますね。この二つに属さない二音以上の和音はありません。


たとえば海の音と風の音が混ざった音はどうでしょう。耳で増四度が聴き分けられれば、その時点で動和音ですが(動和音的、と表現すべきでしょう)、もし見事に協和するような感じでしたら、それは静和音、となるわけです。


だから即興演奏などで、鍵盤を見ず、クラスターのようにこぶしで打ち付けた和音も、その中に増四度を含んでいれば動和音、含んでいなければ静和音です。


よって、


CM7は静和音ですね。


でもCM7(#11)は動和音です。


また、c,c#,d,d#,gといった和音もc#とgという増四度を含むので動和音、となります。



なんで動和音と静和音を分けたのか、という点ですが、これは属七和音の扱い、存在が決め手になります。この和音だけ性質が異なる、という話が教材にあります。それゆえです。

でもそんなこと、ステージで演奏しているときは関係ありませんでしょ?だからまずこの分類だけ頭に入れてもらいます。これにより、和音の扱い方は極めてシンプルになります。



そしてジャンルも、時代の和音も関係ありません。


これは完全に形態分類です。

セロニアス・モンクの、おそらく当時は「ヒドイ和音」といわれたであろうものも、今では伝統です。

時代は変わり、いま私たちが考えていることは皆、古く、当たり前で、くさすにも値しない話題になっていきます。

文句の和音はカラートーンを含む和音である、というように私は学びました。


でもこれだけでは、「じゃあ、カラートーンを私の音楽で使うにはどうすればよいですか?」となるだけです。

だからその枠を一般論と同等なところまで広げるわけです。


C7(b9)は動和音、C7sus4(M7)も動和音、CM7(b9,b13)も動和音、

しかし

CmM7(11)は静和音、CM7(b9)omit5は静和音、c,c#,d,d#のクラスターも静和音、


とすることで、これらの和音は時代の中で使用されてきた頻度にかかわらず差別されることなく、形態で分類されます。これで理論的な可不可、みたいなところとか、奇抜だ、とか、変態だ、で終わることはありません。全部平等になるからです。あとは、使えるかどうか、個人が使えるかどうかだけを、他者の意見とは関係なく、自分で考えればよい、というだけです。


こうしたうえで、カラートーン(コードトーンの半音下の音)の和音を見て頂き、たとえば、

CM7(m3)とか、CM7(7)とか、C6(b13)みたいな和音が理解され、それが自分の中で響くかどうか、それを先入観なく模索頂ければよいわけです。

ちょっと他では見ない和音だから、つかえるのかどうか?みたいな心配は杞憂です。


強い作り手の意志が求められます。ただ理解を示してほしいのです。

あなた自身が弾いたその和音に。


CM7(#11)は動和音ですが、これはもうおなじみですね。

では、

CM7(b9)はどうでしょう。これも構成音gと増四度を作る動和音です。

「ああ、これはちょっとありえないなぁ」

100年後もその価値観が続くと思いますか?わかりません。そんなことは良いのです。

それはあなたがありえない、と思っているだけで、別に音楽理論は一言もそんなことはもともと言っていません。"つかいづらい"というだけです。

空けづらい缶詰のふたが無くなったように、使いづらいなら使いやすくするのがクリエイターの使命です。


だから、このCM7(b9)もCM7の先入観を捨てて、c,e,g,b,d♭という和音が持つその表情を捉えられるかどうかだと思います。

Dm7-G7-CM7を

Dm6-G7sus4(#11)-CM7(b9)で考えてみましょう。


ピアノで低音から、

d-f-a-b

c#-f-g-c

c-e-g-b-d♭

という流れなどで、心の中にこれらの和音への耐性を作ります。これらの省略和音は、他の和音への印象を想起させたりします。それが耐性を作ってくれます。コードネームでの発想は最初だけにして、その先にある響きの印象がもたらす音楽的クオリアを強化していけば、良い、という話です。

私たちが平均律に耐性を作ったのと同じ発想です。


皆さんだけの和音をつくり、それをいろいろな場で自然と活用していくことで、表現の発想やインスピレーションを聴き手が広げてくれます。新しい音楽はそうやって作られていくと思います。


まず発想に窮乏しないこと、でしょうか。


静進行と動進行の話に続きます。


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三和音、ご存知ですね。


メジャーコード。長三和音、土味噌の和音、年を重ねるごとに味わいが増しますね、。。


で、この構造は、主音をcとすると、コードネームでC、構成音と音程では、


c-(長三度)-e-(短三度)-g


そして、


c-(完全五度)-g


です。


====


完全五度とは、完全に(よく)響く音程のひとつ(他、完全八度、完全四度)、と覚えてみましょう。


これは振動数比に基づき、また、それを後押しするのが、自然倍音列の話です。



c3----g3----c4


というとき、c4はc3よりも1オクターブ高いcです。


で、


c3-(完全五度)-g3


g3-(完全四度)-c4


ですね。


低音に重心がある、という考えから、完全五度系統の和音が主体になって機能和声論は出来ています。


。。ここまではいいですか?



で、この先です。

時折書いている話題ですが、今回はここだけにフューチャーします。


====


c3-(完全五度)-g3

を使って、c-e-g=Cメジャートライアドは出来ています。


低音重視だからですね。


では、


g3-(完全四度)-c4


は使えないのでしょうか??



そんなに低音重視しないといけないでしょうか。そういう理論はもうあるのですから、。そうでない方法論考える人がいてもいいでしょう。押しつけません。面白いと思ったらご自身で発展させてください。



====


自然倍音の記事でも書きましたが、自然倍音列は各音が基音の振動数で出来ています。


c1-c2-g2-c3-e3-g3-b♭3-c4~


この感覚は全てc1の振動数なんです。


c1+c1=c2

c2+c2=g2

g2+c1=c3

c3+c1=e3

e3+c1=g3

...


です。


だから、自然倍音がどうこう言うなら、そこに現れた数理の美の観点をどんどん展開して、皆さん一人一人の美意識に取り入れていけばよいのに、基礎知識で「この程度知っていればいい」ぐらいな感じで、あとは感覚でやられているはずです。


和声学と自然倍音列は当然一致しません。


C/G、つまり二転和音ですが、これも主音はcという扱いですね。gが低音だから、G6sus4omit3&5とはいいません。なぜでしょう。これを考えると、自然倍音は自然倍音、和声学は和声学、という伝統という別途の立ち位置を上手に行き来するしかなくなります。


それでも良いのですのが、それでは気に入らない、という私みたいな人はどうなるのでしょう。


====


そこで、こう考えます。


もし現代にピタゴラスがいて、彼がジャズ理論に詳しくて、パット・メセニーとか聴きながら研究していたとしたら、彼は音楽の理論について、どのように考えただろうか、みたいなことを。

私にはそこまでの頭が無いので、自分が納得できるものを考えるのみです。


結局、皆、自分の方法論に行きつくんです。そうしたいんだと思います。気質にもよりますが。

それが分かってて、新たなものをクリエイトしたい人がいつまでも既存の知識について研究していてもはじまりません(プロ研究者は別です、単に役割の話です)。


そうなると、美的感覚として、


c3-(完全五度)-g3

を基音cの倍音で分割した和音がCメジャートライアド


ならば、同様に、


g3-(完全四度)-c4

を基音cの倍音で分割した和音がC7omit3


ではないか、となります。


なんでCメジャートライアドは使って、C7omit3は使わないのか。


です。


====


C7omit3という表記も低音優先の考え方で出てきます。


不定調性論では、


C=Cu5

C7omit3=Cl5


です。表記の外観に差別感が出ないように考えてあります。


====


C,F,Gというスリーコードを考えてみましょう。これを完全五度の和音で弾くと、


C |F |G |C |


です。では、これを完全四度の和音で弾いてみましょう。


C7omit3 |F7omit3 |G7omit3 |C7omit3 |


この響き、もうお分かりですよね。ブルースです。

私たちは、ここからブルースを作れるんです(原初の旋律ブルースではなく、西洋楽器と融合した先のブルース音楽についてです)。


ブルースはC7でもM3rdのeとm3rdのe♭を上手く組み合わせて使うことができます。


このC7omit3はうってつけです。だってもともと3度が無いんですから。


だから、和音の中に3度が無いなんて、なんかがっつりこない、という先入観をまず捨てましょう。


だってメタルの、


C5(パワーコード) |F5 |G5 |C5 |


なんて言う和音をディストーションで鳴らしたら、がっつり来ますから。歪みの音の中に三度を聴くからかもしれません、または、そういうことが頭の中で想定できるまでに脳が進化しているから、かもしれません。

そういう音楽がこの世の中に存在してきたおかげです。


未来永劫、この表現は絶対にあり得ない、なんていう考え方はしません。


1-100までの方法の可能性があって、いま45まで使われているけど、のころ55はイメージすらつかない方法、であるとき、残りの55の手法をどうやって使うか、みたいなことを同時に考える学問や方法論があってしかるべきだと思います。



====


で、この完全四度の三和音、基音をcとすると、c,b♭,gです。


ブルースがなんで7thなのか、みたいなことを考えている時点で、機能和声に吸い取られていると思います。

いっそのこと、四度を分割して出来る、同等の三和音という観点から、ブルースを考えてみれば、


機能和声の七音音階の音楽は、五度の分割を主体とした音楽、


ブルースや民族音楽などは、四度の分割をした音組織で構成が可能、


という観点から皆さんなりに解読してみると、どうやってそれらを混ぜた音楽をつくるか=現代のR&Bのような??、はたまた「ブルーノート感覚」とはなんなのかに迫れると思います。


不定調性論の教材では、ここから四度を主体にした音楽理論の展開までを述べています。


====


C+F+G=c,d,e,f,g,a,b


C7omit5+F7omit3=c,e♭,f,g,b♭

ここにG7omit3をたしてもdがくわわるだけの6音音階です。


です。このあたりから、見えてくるものがたくさんありませんか?


====

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作曲初心者向きのお話です。


下記はオフィシャルビデオです。

犬好き、ペットがいらっしゃる方にはたまらない動画でしょう。



いまやEDMの化身となった彼の作品で、お題一つ。ちょっと古いですが。


同曲のちょっと歪んだピアノの和音が作る、トップのペダルについてです。


イントロから、

F#m C#m |D |D E F#m |


王道ですね。

で、目立つ音はf#音が固定されている点です。


だからそれぞれをコード表記に含ませると、


F#m C#m(11) |D |D E(9) F#m |

となります。DとF#mにはf#が含まれていますので、それらが最高音に来るようにヴォイシングしてください。


このf#が曲全体を貫いています。

ピアノの音は、このジャンルでは当たり前ですが、EQでhigh-lowが変化しても、どんな形になってもこのf#が貫かれます。

こんな和声、別になんてことのない話なのですが、初心者にとって大切なのはここからだと思うのです。機械の時代だからこそ、イメージ力の豊かさが必要なのではないか、というお話です。


曲は、彼特有のシンプルで耳に癖のように残るリフもまた貫かれています。


歌詞の和訳を試みられたページがありました。

http://www.songtree.jp/avicii/waiting-for-love/


このずっと残るトップノートは、まさに「貫かれる意思」ですね。

彼の曲には、強烈なメッセージがあって、それは一つ貫徹したもののように思えます。

貫徹しなくても、なんとなく生きていけてしまう時代だからこそ、どこか武士道を感じてしびれるものがあります。


それが音楽の中にもちゃんとあって、EDMのコピー&ペーストで出来た音世界が持つ意味の進化がここに見られます。またはミニマルミュージックなどの音型がもつ、もっと情感的な意味=繰り返すことで生まれる様々な感情や、意味の捉え方、を自身の貫徹されるメッセージと重ね合わせ、いつも現代人が一時は放棄した初志貫徹の武士道精神のようなものがなんとも、良いですね。

ペダルトーンの現代的精神との呼応の発見、かもしれません。

彼だけがやっていることではありませんが、筆頭に立ってやることの意味は全く違うことでしょう。



EDMそのものの聴き方が変わるんじゃないか、とも思いますし、この「繰り返される音楽の音楽的クオリア」をより個々人で突き詰めてみたら、また新たな情感的表現につながるかもしれません。おんなじようにバッハや、現代音楽、聴いて頂ければ、伝統のどういうところが魅力で、人間の何が変わっていないかとか、いろいろ気がついたりするんじゃないかな、と思います。


グッと来るものを、探して、作曲する人は自分がグッとくる音楽作りましょうよ。


メッセージが抽象的な音楽も良いですが、ときには胸にグサッとくる音楽も効き目大ですね。


音楽が作る雰囲気が潜在意識にもたらすものがる事を分かってやってる、そんな感じがするので、聴いていて齟齬を感じず飽きません。体温を感じるEDM、日本人は大好きかも。です。

この固定されたトップノートの和声進行、一度は使ってみてください。

もちろんこのほかにも、ベースの固定、中声部の固定など、いろいろ応用ができますし、固定せず、ドンどながって行く、下がっていく、なんていう声部の使い方も曲の持つ意味を保管してくれることがあるでしょう。

和音の技術は皆さん各位の音楽的クオリアに沿わせて活用頂くトレーニングによって、独自の道が開けれうのではないか、と思います。



ダンスミュージックだから和声が無いとか、ノリだけだ、と考えてしまうと、これからのAIミュージックについていけなくなるでしょう。

そうではなく、音楽があなたの体内に作り出すナニカを真ん中に置いたうえで聴けば、

こういう音楽も何か見えてくるんじゃないでしょうか。

学校で学べないものを学べる時代ですから、ぜひ揺るがない貫徹できる意思を持って生きていきましょう笑。



また、繰り返しの中で変化する色彩感という意味では、



やっぱりこれ。。むかしのEDM、エレクトロじゃないから、ADMか。

この曲、バレーと一緒に見ないと、よっぽど響きオタクじゃないと聴いていられないんじゃないかなぁ、なんて笑。曲の進展に向かって「何が進展しているか」を見せてくれる映像的表現はやっぱり訴える力が違いますね。
追悼プリセツカヤ。

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たまにはYou Tubeで現代音楽をどんなふうに考えるか、書いてみたいと思います。


これも独自論に基づいていますので、ご参考までに宜しくお願いします。


https://www.youtube.com/embed/0IhLL36Rnwo?rel=0
グールド氏のこの演奏は、まるで安定した調性があるように錯覚しませんか?

ああ、アルバン・ベルクか、じゃあ、無調だろ?なんて思っちゃいますよね。


無調を弾きたい人が無調っぽい無機質さを作れば、無調の音楽っぽくなる、というのがとっかかりです(あくまでポピュラー音楽的観点から考えた音楽の印象として、です)。


難しいのはハ長調の曲をも無調っぽく弾くことです笑。


でも無調が作り出す気難しさの雰囲気の音楽的クオリアを私たちはすでに知っていますから、ハ長調の曲を「無調の曲が醸し出すあの雰囲気」で演奏することも可能なのではないでしょうか。


無調を追い求めた時代は過ぎ、無調がもたらしたものを私たちは超えることができた、と思うのです。


だから、「現代音楽」「無調」という楽想もいろんな解釈に持っていってよいと思うのです。

普通の風景でも、自分の中でハ長調に置き換えて演奏しても、それはチック・コリアの枯葉を聴くとき、頭の中に"枯葉"の原曲のメロディや流れを想起するのとおんなじです。



https://www.youtube.com/embed/54ybQShnLkA?rel=0

シュテッフェン・シュライエルマッハー氏の作品。


両手では弾けないうえに、人間が表現できない"ずれ"。

皆さんがどう思うか分かりませんが、


駅や交差点などで人々の足並みが一瞬、奇妙にそろうときがありますよね。ああいうとき、私は恐怖を感じます。ある種の恐怖。それらがずれていくことで、ほっとするのです。まるでそのずれていく感じがケーデンスのようになるのです。


え?何を言ってるか分からない???


いえ、きっと分かる方がいるはずです。


人生に悩んで感受性が豊かになっている高校生、大学生の皆さんは、そういう感覚にあえぎ苦しんでいる方もおられるでしょう。

でもそれは芸術的感性に近いと思うのです。

そのままにしておくと精神は破たんしてしまいます。

私はお医者さんではないので処方はできませんが、そういうものだと認めて、忘れて人生の活動に集中頂きたいです。


私たちは、その感覚を曲にしたくなるわけです。せずにはいられないのです。

だから作曲という作業によって気がまぎれ、精神は破たんせず、変人はそのまま次の欲求を探し求める、という、良い悪循環が、、笑。


この曲も、音のリズムが合っているときは「V7」、ずれ始めていくところが「Iへの回帰の追憶」みたいなものに聞こえます。


つまりケーデンス感とこのずれの表現が一致してしまうので、この曲の表現は奇異かとは思いますが、「分かります」です。



https://www.youtube.com/embed/nwULPxr_h7k?rel=0


こちらはもう少し旋律的です。

DTMでいうヴェロシティ(DTM用語としては音の強弱のこと)がいじれないのが難点ですね。

こういうのはDTMを使えば、現代ならだれでも作れますね。


問題は、「作ろうと思うか」だけです。


==


こういうサウンドは"ある種の狂気"を感じます。もちろんこうした作品にまでなってしまうとずっと洗練された美的感覚ですが。


作曲者の意図はここでは分からないので触れないことにします。


たとえば頭の中でいつも、首のないゾンビが集団でワルツを踊っていて、もううるさくてどうにもならない、という方の頭の中を曲にしたらこんなふう?かもしれません。ちょっと極端ですが。


ロックやヒップホップのサウンドと同じです。代理、代替、変貌してこういう作品になっていく、、。


====


学校では機能和声的音楽、誰でも歌えるような音楽、世間一般で美しいと思っている音楽だけを教えますでしょ?


そうなりますと、私のような、そういう範疇には入れない人間は生きる場所が無いわけです笑。


モーツァルトの美しいのは「分かっている」、それをいちいち美しいと言うな、「その先の美しさを教えてくれよ」という問いは意外と少数派です。美しいものは変化し、欲望となり、独自性を持ったフェティシズムに行きつきます。たまたま私はそれが音楽の中に収まったので犯罪に走らなくてすんでいる、というだけです。



だから、頭の中に狂気が生まれたとき、犯罪やいじめや引きこもりになる前に、それを認めてあげる先生や家族がいるといいなぁ、と思います。ひょっとすると、それは芸術的な感性に持っているかもしれない、からです。

負の感情は認めて具現化されることである程度収まります。私がそうでしたから。

音楽があってよかったです。


なので、「社会的に正しいことを考えられる人間になる義務教育課程」において意識の背後に追いやられる狂気(ときには芸術性となりえたもの)を早くに見つけてあげて、その人がより自然に活動できるような教育支援をしたいなぁ、と常々思います。


ただ作品に昇華できない、という人がほとんどなので、この辺は学校における芸術感覚教育というのがおろそかにされているなぁ、なんて思ったりもします。まあ仕方がないのですが。

これまであまり方法論が無かったともいえます。


だから、美もそうでない美も、同等の根本から作っていくことのできる不定調性論(あくまで音楽という構造物を構築する際の発想としてのアイデア)をちょっとでも学習分野で用いていろいろ実験してくれる先生方が一人でも増えると、いいなぁ、と思います。


現代音楽な話でした。

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なんだか七人の侍、みたいですが、"七つの子"は言わずと知れた童謡です。

冒頭は、

「烏 なぜ啼くの
烏は山に
可愛い七つの
子があるからよ」

という名曲ですね。

その冒頭、"烏 なぜ啼くの 烏は山に"にコードを付けてみましょう。

これは童謡、旋律音楽です。

本来コードなどつけるべきではありません。日本の旋律と日本語の表現している世界は、和音で補う必要はなく、この純粋な旋律と歌詞の作りだす、郷愁がすべてだと、私は思います。
それをまず確認したうえで、楽譜と音源を用いず、簡素ですが、ご興味のある先生方向けにまた書かせてください。

====
まずはハ長調で書くことにします。

オーソドックスに付けてみます。

C G |Am G |F |G |

でしょうか。これだけで伝わっていることを祈ります。

かーらー すー |なぜなく のー |からすはやま |に  |

という区切りです。

====
これでとりあえず、この曲をみなさんに歌ってもらうことができるでしょう。

次に、いきなりですが、
Am E7 |Am Am/G |F#m7(b5) FM7 |E7sus4 E7 |
としましょう。安全地帯??、みたいになりますね。

こういうのを展開していくとリハーモナイズになります。

とうぜん、
C7(9,13) |C7(9,13) |C7(9,13) |Gm7 C7(9) |

とすれば、モーダル、ブルージー、忌野清志郎さんが歌いそうな感じ。

====
でこれらを作れるかどうかは、「作曲欲求」が豊富であることが条件かもしれません。

Dm7(9) G7(13) |CM7 A7(b13) |Am7 D7(9) |Gm7 C7 |

として4ビートさせれば、ジャズです。

また、

Dm7/G | Dm7/G |Em7/A  Dm7/G  |Em7/A |

雰囲気だけはモーダルな感じぷんぷんです。

====

また、

Am7(11) |Am7(11) |Am7(11) |Am7(11) |
とついに、コード一個にもなります。

もとがAマイナーペンタトニック(Cメジャーペンタトニック)ですから、こうなります。

C(6,9) |C(6,9) |C(6,9) |C(6,9) |
でもいいです。

====

そして、これらの技法を組み合わせて、

CM7(#11) |Bm7(11) |Am7(11) |Ab7(b5) |

みたいに。最初のメロディは、c,d,eですから、このc,d,eを含む音階から和音をピックアップします(ここではCリディアン)。そしてさいごの小節はメロディがd音だけなので、dを持っていればどんなんでも良いです。ただし、メロディが調を感じさせるるので、和音はどうしても機能を持つ状況にしておいたほうが説得力あります。

しかし、ここでもう不定調性入っています。

====

やがて、
BbM7(b5) |CM7(b5) C#M7(b5) |EbM7(b5) FM7(b5) |DM7(b5) |

みたいになります。これで普通に歌える人は、かなりのアレです。

そして
D7(9) Bb7 |F#m7(b5) FM7(9) |E7sus4 Ab7(b9) |F#7(b13) |
みたいな、音楽的クオリアによる"仮想短調"とも言えるような不思議な哀愁を創造してみたり、

Caug/F |C/C# |A/D Am/D# |Bb/E |

というような、作者のいまわしい体験だけで作られているような進行笑、みたいなものも、イメージで展開していくことができます。

これらは和音がつながった感じに自分が納得できるか、だけを感じながらあてています。
後で分析したら、ただのスリーコードだった、なんていう風になっても良いのです。考えた流れそのもその人ならではのスリーコードの個性になるからです。このあたりが機能やコード進行で考えない不定調性ならではの音楽の創造行為なのではないか、と思っています。
逆を言えば、コード進行から考えないで、流れを想定しながら考えるようなやり方を、曲のどこかで用いると、結果的にオーソドックスな流れでも個性的な印象を与える展開ができますよ、という意味です。

====

また

C Bb |F Eb |A G |F E |

と「明るいニルヴァーナ」を作っても良いです笑。

====

これらのメロディと和音の相関関係は、自由です。
ゆえにどうやったらいいか最初は分からないから、まず機能和声を学んで、一般に使用されているポピュラー和声法をまず知るわけですね。

でもそれはあくまで、正しい日本語を覚えたようなニュアンスに近いです。

これが俳優なら、基本を軸にしながらも地方の方言や、外国語、監督が作った独自の言語、手話、などを自在に操らなければならなくなります。

音楽はさらに自在です。俳優は自分一人で独自の世界を作るのは難しいでしょうが、音楽家はひとりで自分の世界を表現することができます。

何をやったらいいか分からなくなりますよね、だから「自分が好きなこと」「やりたいと思っていること」を追求しないと、勉強して一生終わってしまいます。何百年も人が積み重ねてきた知識を一生で学べるわけがありません。もちろんこれは学ぶことそのものを否定しているわけではありません。もし独自のものを作りたいと願うなら、勉強以上に創作に時間を費やしてみてはいかがでしょうか、という提案です。拙論はそのための武器になります。良し悪しを勉強で覚えるのではなく、創作しながら覚えろ、ということです。その後で一般的な良し悪しを学ぶと、いろいろ自分らしさと合わせて俯瞰できるのではないでしょうか。

====

しかしこうかんがえてくると、ビートルズやニルヴァーナって本当にクセがあって面白いなぁ、と感じます。音楽的な良し悪しとかではなく、人としてこんな音楽を作れる人、もし隣にいたら、とりあえず羨ましくないですか?

ビートルズが好きになれない、っていう人の気持ちもなんとなく分かります笑。
独自論、というのであれば、ビートルズほど強烈な独自論はありません。

独自論を扱う人は、良い意味で他を無視して突き進むぐらいの勢いを保つしかありません。

ちょっと文章だけで分かりづらいですが、使える!と思った方は、各位で音源譜面付きの資料ブログなどを作ってみていただきたいです。

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