現代ポピュラー音楽作曲の技法を考える/不定調性論のブログ

世田谷区music school M-Bank発信による、これからのポピュラー音楽のための作曲についてのトピックと、アーティスト楽曲研究、ジャズ/ポピュラー楽理オンライン講座付属のブログです。
ときどき音楽スクールのこと、スタッフの活動なども書かせて頂きます。


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なんだか七人の侍、みたいですが、"七つの子"は言わずと知れた童謡です。

冒頭は、

「烏 なぜ啼くの
烏は山に
可愛い七つの
子があるからよ」

という名曲ですね。

その冒頭、"烏 なぜ啼くの 烏は山に"にコードを付けてみましょう。

これは童謡、旋律音楽です。

本来コードなどつけるべきではありません。日本の旋律と日本語の表現している世界は、和音で補う必要はなく、この純粋な旋律と歌詞の作りだす、郷愁がすべてだと、私は思います。
それをまず確認したうえで、楽譜と音源を用いず、簡素ですが、ご興味のある先生方向けにまた書かせてください。

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まずはハ長調で書くことにします。

オーソドックスに付けてみます。

C G |Am G |F |G |

でしょうか。これだけで伝わっていることを祈ります。

かーらー すー |なぜなく のー |からすはやま |に  |

という区切りです。

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これでとりあえず、この曲をみなさんに歌ってもらうことができるでしょう。

次に、いきなりですが、
Am E7 |Am Am/G |F#m7(b5) FM7 |E7sus4 E7 |
としましょう。安全地帯??、みたいになりますね。

こういうのを展開していくとリハーモナイズになります。

とうぜん、
C7(9,13) |C7(9,13) |C7(9,13) |Gm7 C7(9) |

とすれば、モーダル、ブルージー、忌野清志郎さんが歌いそうな感じ。

====
でこれらを作れるかどうかは、「作曲欲求」が豊富であることが条件かもしれません。

Dm7(9) G7(13) |CM7 A7(b13) |Am7 D7(9) |Gm7 C7 |

として4ビートさせれば、ジャズです。

また、

Dm7/G | Dm7/G |Em7/A  Dm7/G  |Em7/A |

雰囲気だけはモーダルな感じぷんぷんです。

====

また、

Am7(11) |Am7(11) |Am7(11) |Am7(11) |
とついに、コード一個にもなります。

もとがAマイナーペンタトニック(Cメジャーペンタトニック)ですから、こうなります。

C(6,9) |C(6,9) |C(6,9) |C(6,9) |
でもいいです。

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そして、これらの技法を組み合わせて、

CM7(#11) |Bm7(11) |Am7(11) |Ab7(b5) |

みたいに。最初のメロディは、c,d,eですから、このc,d,eを含む音階から和音をピックアップします(ここではCリディアン)。そしてさいごの小節はメロディがd音だけなので、dを持っていればどんなんでも良いです。ただし、メロディが調を感じさせるるので、和音はどうしても機能を持つ状況にしておいたほうが説得力あります。

しかし、ここでもう不定調性入っています。

====

やがて、
BbM7(b5) |CM7(b5) C#M7(b5) |EbM7(b5) FM7(b5) |DM7(b5) |

みたいになります。これで普通に歌える人は、かなりのアレです。

そして
D7(9) Bb7 |F#m7(b5) FM7(9) |E7sus4 Ab7(b9) |F#7(b13) |
みたいな、音楽的クオリアによる"仮想短調"とも言えるような不思議な哀愁を創造してみたり、

Caug/F |C/C# |A/D Am/D# |Bb/E |

というような、作者のいまわしい体験だけで作られているような進行笑、みたいなものも、イメージで展開していくことができます。

これらは和音がつながった感じに自分が納得できるか、だけを感じながらあてています。
後で分析したら、ただのスリーコードだった、なんていう風になっても良いのです。考えた流れそのもその人ならではのスリーコードの個性になるからです。このあたりが機能やコード進行で考えない不定調性ならではの音楽の創造行為なのではないか、と思っています。
逆を言えば、コード進行から考えないで、流れを想定しながら考えるようなやり方を、曲のどこかで用いると、結果的にオーソドックスな流れでも個性的な印象を与える展開ができますよ、という意味です。

====

また

C Bb |F Eb |A G |F E |

と「明るいニルヴァーナ」を作っても良いです笑。

====

これらのメロディと和音の相関関係は、自由です。
ゆえにどうやったらいいか最初は分からないから、まず機能和声を学んで、一般に使用されているポピュラー和声法をまず知るわけですね。

でもそれはあくまで、正しい日本語を覚えたようなニュアンスに近いです。

これが俳優なら、基本を軸にしながらも地方の方言や、外国語、監督が作った独自の言語、手話、などを自在に操らなければならなくなります。

音楽はさらに自在です。俳優は自分一人で独自の世界を作るのは難しいでしょうが、音楽家はひとりで自分の世界を表現することができます。

何をやったらいいか分からなくなりますよね、だから「自分が好きなこと」「やりたいと思っていること」を追求しないと、勉強して一生終わってしまいます。何百年も人が積み重ねてきた知識を一生で学べるわけがありません。これは学ぶことそのものを否定しているわけではありません。もし独自のものを作りたいと願っているなら、勉強と同時に創作にも時間を費やしてみてはいかがでしょうか、という提案です。拙論はそのための武器です。

====

しかしこうかんがえてくると、ビートルズやニルヴァーナって本当にクセがあって面白いなぁ、と感じます。
ビートルズが好きになれない、っていう人の気持ちもなんとなく分かります笑。
独自論で言ったら、あれほど強烈な独自論はありません。商業的な成功を収めたからなんとか存在して入られますが、同じようなことを、彼ら以上に成し遂げたあのバンドや、あのシンガーの評価はほとんどない、と言ってもいいくらいです。それだけ世の中は肩書き社会なのだと思います。

独自論を扱う人は、良い意味で他を無視して突き進むぐらいの勢いを保つしかありません。

ちょっと文章だけで分かりづらいですが、使える!と思った方は、各位で音源譜面付きの資料ブログなどを作ってみていただきたいです。
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こちらも先生向けの記事かもしれません。

基本メール関連の受講生が楽理的にはツワモノのスナイパーみたいな人ばかりなので、どうしてもブログも専門的になってしまいます。関係各位の皆様にはこのブログの存在は見知って頂いているようなので、どうぞご自由にアイディアをお持ち帰り頂きそれぞれでアレンジして発信してください。

それが音楽教育業界全体の発展につながるものと信じています。


===


「ばざーるでござーる~」



って、この文章、皆さん、メロディ乗せられますよね。


では、


「コ~ヒ~ギフトはAGF」


はどうでしょう。メロディ浮かんできますか?これらはサウンドロゴいうのもご存じか、と思います。大きなビジネスの一つでもあります。覚えてもらえますし、強烈なイメージが伴います。


では、上記のロゴをマイナーキーにして歌えますか?

作曲やってる人はできるでしょう。まったくもって繁盛しなさそうなメロディになる場合があります。おもしろいですね。


こういうイメージも人は音楽理論なんか知らなくても、音楽が発するイメージで戦略を作っていけるんですね。


これを不定調性論ではちょっとカッコよく「音楽的クオリア」なんて言い方をしているのも、もう皆さんおなじみでしょう。リズム協会の論文集にも掲載頂いていますので公に宣言しています。


===


つまり、音楽の学習などを専門的に行わなくても、材料さえあれば、目的に応じた判断ができるわけです。

映画やアニメ、ドラマ、ゲームなどで視覚情報を伴うBGMを日頃から聴いているはずです。

もうこれがすべてです。こうした日常での音楽への自然的な対応において、平均律を用いる国家内における限定的な音楽的感性は養われています。


作曲はこのすぐそばにあります。


では、


「おはようございます~」


にメロディ乗せられますか?


では、


「お昼は何を食べよかなー」


はどうでしょう。

考え方はサウンドロゴと同じです。これにいくつもメロディが載せられる人は、作曲できます。


ただし、この作曲法は、大学で学べる作曲技法ではなく、ポピュラー音楽が連綿と受け継いできた作曲法です。それらを折衷すると不定調性論に収まります。架け橋を作ったんです。


====


では、楽器を弾く人、


Cメジャーコードを弾きながら、

「おはようございます~」

を歌えますか?


最初は日本語のアクセントに沿った自然なものができるでしょう。では次に、わざと日本語のアクセントから外れたようなメロディって作れますか?


「おっはようっぅううごっざいまっすぅぅぅぅ」


ロックですね。


またこれを一音で単調に言ったら、ロボットになりますね。また音程を設けず、幽霊がうらみがましく囁くように言ってみたり、怒って言ってみたり、とにかくその発せられた音を、言語であるのと同時に、音楽である、と認識するようになると、あらゆる現代音楽に通じる表現を感じることでしょう。音には感情を伴い、どんな音にも意味を与えることができます。この発想が和声的な規則や機能を人間性が超える起点になります。


普通の舞台のセリフ回しは、すべて節が付いているように聞こえるときがあります。

音楽として聴くと、舞台はとても鮮やかです。日常の会話としてみてしまうと、おそらく疲れるでしょう。


====


で、あとは楽器などを用意頂き、せめてスリーコードだけでも弾けるようにします。

音楽理論は必要ありません。その感情的不決着感は不定調性論がカバーてしいますから、分からないこと自体は無視してください(またそれが募れば自然と学習意欲になります)。


まず、C,F,G、を覚えて頂いて、順繰りに弾けるようにしてください。どのコードから始めても、どのコードで終わってもかまいません。大切なのは、「自分にとって心地いいか」その一点だけです。

理論書がどんなに「これが正統である」といっても気にしないでください(これは暴言です笑)。あなたは正統でも何でもないんです。あなた自身でしかありません。そのあなた自身が人に受け入れられた人だけがヒットしているだけです。


おぼえたら、たとえば、ワンツースリーフォーを一区切りとして、| |でくくって、


①進行| F |G |F |G |C |C :|


みたいにして、

|おれのあたま |は   |はげあがってる|ー  |

|ぜー(*^_^*)。  |


注);私はふさふさです。 


というようなメロディをリズムに乗せて作ってみてください。

おそらくここにたどり着くまで、多少は音楽的訓練が必要ではないか、とは思います。

リズムへの乗せ方、などはセンスですから。


====


で、次に、ギターで説明しますと、押さえづらいFが弾けるようになった人には朗報です。

Fは1フレットバレーですね。でそれを3フレットバレーに移動するとGになり、8フレットバレーにするとCになります。指の形を変えず並行にずらすだけです。


これを使います。では4フレットバレーのサウンドを弾いてみてください。


これはA♭になるのですが、これを下記に活用してみます。

(コードネームも知らなくていいです。いずれ嫌でも覚えます。)


| F |G |F |G |C |C :|

②進行| F |G |A♭ |G |C |C :|


どうでしょう、これで先の旋律もコードに合うように変えることはできますか?

初めて作曲して、これが出来る人は、かなりの音楽性の持ち主。


では6フレットバレーも追加して、


③進行 F |G |A♭ |B♭ |C |C :|


としたらどうですか?


理屈??ここでは気にしないでください。でも聞いたことありませんか?こんな流れ。

もし、あなたが「理屈が分からなければ理解できない」とか「これがどんな根拠にのっとったものか理解できなければ使わない」というタイプの方でしたら、音大に行って研究者になることをお勧めします。


ポピュラー作曲にはそれに合った気質、というのがあります。ひと山当ててやる、ぐらいの気質こそが感受性の扉を開き、「俺がイイというものこそイイ」が原動力になり、自信たっぷりのかっこいい音楽ができるものです。

こうした方法論は今まで野放しになっていましたが、私はそれに不定調性論という名前をつけた、という格好でしょうか。皆さんそれぞれ独自の解釈があろうかと思います。それで結構です。

====


では、2フレットバレーはどうでしょう。


④進行 F |G |G♭ |F |C |C :|


とか、

⑤進行F |G |A♭ |G♭ |F |F :|


とかなっちゃって、メロディの微調整をしても良いです。

(これは転調に該当しますので、メロディが変化する場合があります)


転調なんて理屈知らなくても良いです(これも暴言です)。

扱うコードが増えてくれば、音楽性が拡散し、メッセージ性を統一するのが難しくなってきます。


①進行はウケ狙い的な、所ジョージさん的なおもしろさ

②進行は遅れてきたヤンキーのような哀愁

③進行は開き直った親父の強さ的な神々しさ

④進行はちょっとうつむき加減ながらも歌は唄うんかい、的なおもしろさ

⑤進行は、「それがどうした」と問いただしたくなるような、と途中感てきおもしろさ


こんな感じで、それぞれの意味を的確に自分なりに区分けして把握できていれば、どう転がっても音楽にはなります(作り手が音楽的印象を把握して歌うことで、より音楽の演出が鮮やかになる=音楽的クオリアのトレーニング)。

これが創造性です。じつはここが極端に難しく、奥が深く、でも手法としてはこんなに簡単にいろんな事が出来てしまうので、収拾がつかないから、音楽理論で、ある程度歴史的な正当性を作っておかないと、学習が効率よくできないのです。そして学習時にはこの理論の学習で終わってしまっていたんです。

大体10年ぐらいかかるのですが、とてもそんな時間は現代人にはありません。


だから、音楽理論を一般教養として学びながら、私は、そこに同時に不定調性論的な考え方や発想も同時に学んで見てください、という提案をしているわけです。


====


さらに、半音移動で自分が押さえられるコードを増やして、


C |D |E |F |G |F# |C |C |


などとしても歌を載せられるようになってきたら、もう完璧です。それはイメージコントロールができている証拠です。


このとき、楽曲の重心となるコード、ここではCですが、これを拙論では「センターコード」と言います。

最終的にこれに戻ってくることで、音楽は一貫性を持たせることができます。

もちろん技としては、センターコードが変わってしまう、という方法もあります(いわゆる転調。。)。


C |D |F |E |A |A |


となってAに落ち着いてしまってもかまいません。それで納得のいく音楽ができれば。


====

で、この辺からスリーコードの重要性、調の重要性、自分が好きな曲の構造などの不思議に興味がわいてきますので、是非音楽の学習を平行してやってみてください。


和音の連鎖は、感情の連鎖であり、ストーリーの連鎖です。


自然な流れができるのが理想ですが、

・ビートルズのように「不可思議」という世界観を演出したり、

・ユーミンのように、夜なのに太陽が出ているような和音の流れといった「現実にはありえない風景」を作ってもいいですし、

・スティービー・ワンダーのように「視覚的には想像できないイメージに基づく和音の連鎖」を作ってもかまいません。


どれもみなそれぞれのオリジナルな発想がもたらした奇跡です。


こうした音楽的流れを平行して音楽スクールなどで学習すれば、一年ぐらいでかなりの独自性を持った音楽ができるのではないか、と思います。


====

後は先生方のご指導にゆだねます。

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これも独自論ならではの話ですので、参考までに。
音楽の先生向けの記事かもしれません。

====
例えば学校でビートルズを分析したとしましょう。

あれこれあれこれ技法や偶然によって起こりえた手法が紹介されますよね。

これ自体は歴史の勉強です。

それらの中にはすでに技法化されて、誰がどの曲で真似した、とか、あれにインスパイヤされて展開した、とかそういう曲も紹介できなければ先生は役に立ちません。

====
で、ここで過去100年間のその技法の位置付けや解釈を学んだとしましょう。

でも、ここまでやっても、ただの歴史の勉強ですよね。

で、ここからですよ、先生と一緒に、

「どうやってそれを今の君の音楽に活かすか、活かしてどう使うか」

をディスカッションしなければなりません。

だから、やりたいのがハードロックなのに、一年かけてビートルズを分析する必要などありません。好きなバンドの楽曲分析を優先し、自分に役立つ技法をそこから習得すべきです。

で、先生は何をするかというと、そのバンドのメンバーのが昔好きだった曲を調べて技法をまとめてみるとか、

様々な角度からアイデアの増大を提案するのが、現代の音楽レッスンサポートではないか、と感じています。

先生の方が二倍、三倍勉強しなければ活動のサポートなどとてもできないからです。
先生はいつも受講生より無知なわけです。
偉い先生が言うことは正しい、と感じさせられてしまう環境はときには諸刃の剣ではないかと。本当に納得できる答えは自分しか知らないのですから、他者がいうことを自分なりに精査する必要があります。他者の提言は、あくまで情報の一つに過ぎない、と考えたほうが楽でしょう。自分の頭で考えてください。

====

そして、ここからなぜ独自論が必要か、ということが見えてきます。

ビートルズのコピーを一生やり続けるのであれば、とことん真似ても良いのですが、自分のオリジナル曲をやりたい、と思う人は、どこかで自分のオリジナルなものを作らなければなりません。

そしてオリジナル曲は、オリジナルなものですから、理論的にも方法論的にも、既存の方法論のただの真似であっては、きっといつかは不満が出てくるでしょう。目に見えない不満です。周囲からは伝統的なアプローチを褒められるからますますタチが悪い、目に見えない、自分しか感じない不安です。
レッスンではよくこれを聞きます。どんなに優秀な人でもこの不満を抱えています。

私は、それをどうやって「それでOKですよ」と言ってあげる根拠を物質として示せるかを考えています。

どこかで自分の考えを、自分のアイデアを楽曲に織り込まなければならない日がきます。

どんなに伝統を真似て、安全策をとっていても、いつかは「自分」を作らなければならないからでしょう。自分が自分であることを無意識の中から主張しているのかもしれません。

誰の真似でもなく(自分で気がついた方法なら、結果的に真似になっても良い)、自分が考えた、自分がやりたいと思うこと、昔からやりたいと思っていたこと、散々人には奇妙だと言われることでも、どうしても頭から離れなかったこと、、、

それをやらなければならない日がきます。

これが小学生とか、中校生で現れるのが、私は天才だと思います。

====

レッスンでは、一般の方にも、趣味でただ音楽をやりたい、という方にも、とにかく1日も早く、自分の頭の中にあることを具現化する日を目標にディスカッションしています。

その時、そのアイデアを自分が認めるために、伝統技法と並行させた独自論の形成が重要だ、と考えています。

私はそのために「不定調性論」を具体化しました。
独自論のモデルとして、です。これがないと話がすべてその場限りのトークになってしまうからです。

もちろん、これを押し付けるわけではありません。

そう考えない人もいます。そう考えない人のほうが多いものです。

====

どんなに正しく勉強し、正しい参考文献を漁っても、適切な講師のセミナーを受けても、世界的トップレベルな人の話を高い金を払って聞いても、ベストセラーのノウハウ本を読んでも、最後は自分しか残らないのですから、結局自分で良いものを選別し構築しなければなりません。

早い段階から、「君のそのアイデアと考えでいいんだよ」と誰かがGoを出し続け、やって貰えば良いのです。「なんでも良い」わけではありません。二人で作る音楽がある場合は、二人の個性の融合方法を見つけなければただ対立して終わりです。

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これも独自の意見です。個人差あります。

日々大変かと思いますが、皆様それぞれの視点で、受講生の夢を一つ一つ叶え、音楽産業の充実と、日本における芸能活動の意味の向上、そして自分達の職業の向上を一緒にめざしましょう。

変わったものを拒否、批判するのではなく、そこから自分に必要なものを得れば良いだけだと思います。


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音楽というのはとりわけ抽象的ですから、子供たちに興味を持って頂くのは大変です。


ゲーム機器関連はもちろん、レゴブロックや、トレーディングカード集めや、ベイブレードなどが具体的なおもちゃは、目に見えて、手を使って、相手と対戦したり、共同作業する、というその行為全体が発育途上の脳に必要なのでしょう。


なぜ、音楽が、遊びと結びつかないか、というのもなんとなく分かります。

だって音楽は"芸術"だし、難しいし、親も善し悪しをなかなか判断できない場合がほとんどです。


そしてスクールにお願いしても、やっぱり曲の演奏、楽器の習熟が高学年になればなるほど常識的な音楽への接し方になるんではないか、と思います。


====


その流れを変えようとは思わないのですが、わたくしは私なりの方法を取り入れて成果を出すべくまい進しております。

当ブログでも述べております、「音楽の印象感」から話を始めます。

個人差はあるのですが、たとえば、ピアノやギターで和音を弾いて聴いてもらいます。


次に、それが「いったい何なのか」を話し合います。


これに興味を全く持てない子は、表情を見れば分かりますから、あえて突き詰めたりしません。

その場合は、いつものレッスンがスタートです。



中には、段階的に、興味を持てる子がいます。

一つの和音を聴いて考えることが、トレーディングカードを集めることと同じ作用がある子が時折います。

つまり、Cm7を聴くと、「砂漠」とか「竜」とか「真っ赤」とか答える子です。


芸能プロダクションなどに所属するような旺盛な子ほど、そのイメージは突飛だったりします。


====


これは何を意味しているのでしょう。


学校でも、家庭でも、友達とだって教わることのない、「和音の印象」を彼は知っているのです。


これは音楽的素養ですし、これが作曲になるのか、演奏につながるか、それともプロデュースや新人発掘業につながるか、ただの趣味になるか、それはまだ分かりません。


しかし、これが最初のきっかけです。その子は「和音を語れる」のです。


そういう子には、コード進行を聴かせます。


たとえば、好きなポケモンカードを10枚持ってこさせ、こちらでそれぞれイメージして三つのコードを連続して弾きます。それらの進行の印象が、カードのどのポケモンに該当するか、答えさせます。


さらにすごい子は、自分で和音を組み合わせます。

これは天才の域ですね。


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こんな作業、音楽でも何でもないように思えるかもしれません。


特にクラシックで演奏する、という一連の流れを音楽の学習と考えている方にはなおさらです。


日本のポピュラー音楽教育は、具体的なスタートが遅すぎます。


我が国の民族意識の根底には、音楽は神聖な娯楽、というイメージが根強いのかな、なんて感じたりします。


でも音楽に感応する子はいます。ここが大切だと思います。


あとは、方法論なんてないんですから、先生方は自由に創造的に、彼の、彼女の才能を伸ばすべきだと私は考えます。きっと先生方独自の方法で、この想像力を刺激している先生方が多いのではないでしょうか。それが独自すぎる方法だったり、いろんな方法論を混ぜ合わせたものであるから、なかなか良いのか悪いのか公表できない、なんてものもあるでしょう。


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ポケモンを表すその三つのコード進行は、彼にとっては呪文です。


むかし、白魔術の本とか、黒魔術の本とか、流行りましたよね。まだ幽霊や妖怪やUMAが社会的に大きな力を持っていた頃。やがてそれらは洗脳と呼ばれ、社会的な事件となって、そうした神秘性が人の意志を操作する可能性のあるものとされある種忌避されるようになりました。


音楽もそういうところがあったのかもしれません。

幽霊の声が入ったレコードなんて、最近もうないですもんね笑。



もし弾いたその三つのコードが、さっきまで重かったギターがふわっと軽くさせる浮遊の呪文だとしたら、どんなにすばらしいことでしょう。


子供たちの創造力、というのは、無限ですが、昨今の知育は極めて現実的です。それはとっても良いことだと思います。

しかし、ゲームで遊ぶのと同じように、ある一つの意識を隔離して確立する、というようなこともできると思うのです。


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まだ未体験、という若い先生方には、ハノンやツェルニーが持つ利便性ともうひとつ、「想像力」を一つのレッスンの中で刺激する、というのはいかがでしょうか。


そこには答えなんかなくて、創造想像する作業のみです。この創造/想像欲求の強い子は、作曲家になる可能性が大いにあります。また優れたインプロヴィゼーションができるようになるかもしれません。


先生方独自のやり方で結構です(まだまだ音楽を教える方法なんて、何一つ確立されていないのに等しい時代だと思うのです。100年後から見たら。)。


レッスンの最初の5分だけ、今ピアノで鳴らした音が「なんなのか」子供たちに聴いてみてください。


そしてできたら、彼らの好きなものを先生が音楽にしてください。


結局、これって先生が作曲的能力がないと広がらないのですが、でもトライいただきたいです。


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不定調性論は、規則を教えません。規則をつくることを教えます。ちょうど街を作るゲームのようです。


その子が「竜」だと言った和音は、その時点から、トニックでもCm7でもありません。


「竜の和音」


なんです。


それが分かって、そのあとからこれが一般にはCm7だと呼称することを教えれば十分です。


竜が火を吹くのか、空を飛ぶのか、言葉をしゃべるのか、一つの和音が展開する意味を、機能や、調ではなく、教えることができます。どんなふうに転調しても良いのです。不協和でもかまいません。その子が想像できるイメージを持てるのであれば。不定調性で和音の連鎖を完全自由に出来る方策のために何百ページも費やしているのは、その根拠を明確にする理由は、この方法論を機能和声論と両立させるためです。


拙論のような方法論がないと、いずれは強制的に機能和声の世界に行きつかざるを得ません。

僭越ながら少なくとも私は、不定調性論というもう一つの武器があるので、機能和声をあくまで「一般論」として脇に置いておくことができます。

これは先述べた、洗脳ではなく、遊びのときに持つ、「その時だけの脳」として持つ、ということと同じです。


まず個人の考え方を中央に置き、一般論を教えていきます。これが逆だと勉強というものはつまらないものです。

Cm7が竜であって良くないことなど一つもありませんし、この竜は、美女にも、クジラにも化けることができる魔法を使える竜です。


そうしたことを作曲、編曲、コンテンポラリージャズ、そしてピアノをぶっ壊すような芸術にまでまっすぐつなげることができるのが不定調性論の考え方です。


まあこんな風に言うとヒドイですが笑、既存の音楽のイメージを最初っから厳格に持たせず、その子が持っている、この世にまだ存在しない価値感、誰も知らない不思議な魔法をまず優先し、それを中心に据えたうえで、機能和声を教えれるほうが、私は今のところよいのではないか、と考えています。


音楽的才能はこれから将来もっと重要な能力に統合され、進化していくと思います。

だから音楽ができる能力を音楽の中にとどめない教育を小さな音楽スクールはしていかなければならないと、考えています。




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ご質問を頂きました。私のほうは独自論ですが、お求めに合わせて書かせて頂きます。旧記事もこちらへのリンクを張りました。


事例67 Golden Lady (CDタイム 0:41-) 
Aメロ
E♭M7 |Fm7 |Gm7 |Am7 D7 |
E♭M7 |Fm7 |Gm7 |Am7 D7 |
Bメロ
E♭M7 |B♭M7 |A♭m7 D♭7(13) |G♭M7 |
G♭m7 |Bsus4 B7 |Am7(9) |D7 |
Cメロ
Gm GmM7 |Gm7 C7 |A♭M7 |A♭M7 |
Gm GmM7 |Gm7 C7 |A♭M7 |A♭M7 |GM7 |GM7 |Fm7 |B♭7 |
=degree=
Aメロ key=E♭
IM7 |IIm7 |IIIm7 |IV#m7 VII7 |
IM7 |IIm7 |IIIm7 |IV#m7 VII7 |
Bメロ 
(key=B♭)IVM7 |IM7 |(key=G♭)IIm7 V7(13) |IM7 |
(key=E)IIm7 |Vsus4 V7 |(key=G)IIm7(9) |V7 |
Cメロ key=Gm
Im ImM7 |Im7 IV7 |II♭M7 |II♭M7 |
Im ImM7 |Im7 IV7 |II♭M7 |II♭M7 |IM7 |IM7 |(key=E♭)IIm7 |V7 |


でございます。

キーの指定などは、目安です。


このAメロのAm7はII-Vの形を取りながらもD7→AM7とかD7→D♭M7とかには進行せず、Aメロを繰り返します。


でAm7自体は、E♭のキーで言うとIV#m7に当たりますから、作曲される方の中には一瞬変??と感じる方もおられるかもしれません。


私も思いました。こうした進行が、なぜ意識の上で確立され"これで良し"とする発想に行きついたのかを知りたくてスティービー研究レポートを書いたわけです(ご希望の方はM-Bankまで)。


このIV#m7については前回のユーミン全曲研究でも出て来なかったと思います(IVm7(b5)はありますが、性質が全く違いますのであしからず。IV#m7(b5)=Im6の転回です)。


で、いくつかこちらで把握していることを書かせて頂きます。

これこそ、違ってたらすいません感の高い記事です。皆さんの感性が刺激できればよいです。シェアの必要はあまりないと思います。


====


作曲される方は、


IM7-IIm7-IIIm7...


と続く、いわゆるダイアトニック進行をさんざん使い倒されていることでしょう。もううんざりというくらい。


IM7-IIm7-IIIm7-IVM7


と流れますね。これを逆行させれば、


IVM7-IIIm7-IIm7-IM7


で、「Lovin' You」になります。もう頭にこびりついているでしょう。いちおうこういう順次進行のことを「ダイアトニック進行」ということはご存じではないか、と思います。


これに変化をつける手法として、


IM7-IIm7-IIIm7-IVm7


とか、


IM7-IIm7-IIIm7-III7


IM7-IIm7-IIIm7-IV#m7(b5)・VII7


IM7-IIm7-IIIm7-IIIb7


とか、発想として出ると思います。


でも大体こんな程度でないと、IM7-IIm7-IIIm7が非常に調的なプレッシャーをかけてくるので、IIIm7のあとに変なコードを置くと、違和感が半端ではありません。


空気を吸うように曲を作るスティービーはどうだったのでしょう。詳しいバリエーションはスティービーレポートとユーミンレポートをご覧いただきたいのですが、このIIIm7のあとにどんなコードが使えるんだろう、ということは当然考えたと思います。その時のひとつの実験がこの曲のIV#m7だと思います(今はもう私は、この進行を聴くと、Golden Lady進行だな、と思って受け入れているので違和感とかは感じません)。


そして、この強烈な違和感を和らげるためにII-Vの形を取っています。で、このII=Vがしっかり機能しないところが彼の凄いところです。


ここからが独自論です。


=======


そもそも機能で和声を考えると、IV#m7に違和感があるでしょう。

だから機能や調で考えてはいけません。もうやめましょう(少なくとも、しっかり機能の勉強をされた方は、ですが)。


スティービーの楽曲の変わっている進行は、こんなものではありません。レポートには吐きそうになるような強烈なカッコムズい(かっこいい+難しい)進行が100以上あります。


同Golden ladyの後半にサビが最初に転調する瞬間も唐突にやってきます。

「転調するぞ!」なんて心の準備は与えられません。結構いきなりきます。

でもこれに慣れてください。

そうすると「調」とか「既存の流れ」への束縛がなくなり、


Dm7-G7-CM7



Dm7-G7-BM7


も同じただの「和音の連鎖」であることが分かるはずです。すべてのケーデンス感は、個人に刷り込まれた感覚であり、これを研ぎ澄ますなり、肥大させるなりしないと、おんなじような展開しか作れなくなります。

学習による弊害、です(でも決して悪いことではりません、早い段階でここで悩んだ人しか先に進めませんし)。


=====

E♭M7 |Fm7 |Gm7 |Am7 D7 |
E♭M7 |Fm7 |Gm7 |Am7 D7 |
degree

IM7 |IIm7 |IIIm7 |IV#m7 VII7 |
IM7 |IIm7 |IIIm7 |IV#m7 VII7 |

これを再度見てください。ここにはいくつも「進行感の連鎖」があります。


まず

IM7 |IIm7 |IIIm7


ダイアトニック進行感です。良く聴く進行ですから、これが流れてくると「うんうんはいはい」となろうかと思います。


そして、一つ飛んで、

Am7 D7

これ、単品で見たらII-Vです。この進行自体は、もう慣用句のように耳になじんでいることでしょう。

CM7 |Dm7 |Em7 |Gm7 C7 |FM7

みたいにしたら、「ああ、はいはい」みたいに感じる方いらっしゃると思います。


でこういう「はいはい」感を裏切るためには、だれもやったことのないことをやって、かつ音楽にしなければなりません。


そこで

E♭M7 |Fm7 |Gm7 |Am7 D7 |

です。

Fm7 |Gm7 |Am7

メジャーコードだけのコード進行で数々の世界的ヒットを飛ばしたビートルズがライバルとしていた中、スティービーはマイナーコードだけで展開できるコード進行をいくつも打ち出しています。

だから、このGolden Ladyの進行は彼の持ち駒のひとつ、マイナー7thの連鎖の技法なので、別に不思議でも何でもなく、「スティービー語」なんです。


でGm7-Am7の違和感を取り除くのがAm7-D7という流れです。既存感覚として染み込んだII-V感を用いることで、瞬間的な違和感を同様に瞬間的に回避しています(当然II-Vが染み込んでいない人はまずそこまでたどり着きましょう)。


そして最後に、

|Am7 D7 |E♭M7 |

です。このD7は半音上がって主和音に流れます。

これはIIbM7感またはVIbM7感の借用です。


Dm7 |G7 |C#M7 |CM7 |


とか、


Dm7(b5) |G7 |Cm7 |A7 |Dm7(b5) |G7 |AbM7 |DbM7 |CM7 |


みたいな感じで、ふわっと飛びあがるコード感があると思います。これを覚えておけば、


|Am7 D7 |E♭M7 |


これも必然性が出てくると思います。いくつも意表が疲れているこうしたコード進行だからこそ、1000曲の中からアルバム収録曲を選ぶスティービーの厳しいチェックを潜り抜けたと言えます。


もうこの進行は、これらの進行感の連鎖が活用された例、としてスティービー楽曲の中のある水準を完全に満たしたものであり、彼の中ではスタンダードな技法の集大成でもあります。


=====


その先を述べたいと思います。


幾つか疑問があると思います。


「なんで、スティービーはこうしたコード進行を発想できるのか」


これについては、スティービーレポートでは「目が見えないから」と結論しています。これは決して無理解によってこう書くのではありません。

しかし、目が見えない方の頭の中のイメージを私は知り得ません。理解しようと思ってトライし、それを子音楽を制作する人への新たなヒント、と位置付けられるようなアイデアにしました。


だからこう考えてください。


CM7-Dm7-Em7-FM7


が、朝、シャキシャキと職場へ闊歩するイメージだとしましょう。次はどうでしょう。


CM7-Dm7-Em7-Fm7


急にドラマチックに私は感じます。では、


CM7-Dm7-Em7-F#m7


は、どうでしょう。抽象的になりませんか?

景色がない、というか、景色では表現できない、というか。


でもスティービーは景色など見えません。常に頭の中の抽象的なイメージを具体化しているのみです。


だから、

CM7-Dm7-Em7-FM7

CM7-Dm7-Em7-F#m7

も異なるイメージ、というだけで、べつに後者に対して「イメージが薄い」などとかんじないのではないか、ということです。


私たちもこれを活用できると思うのです。

CM7-Dm7-Em7-FM7

CM7-Dm7-Em7-F#m7

どっちも「和音が連鎖しているだけ」と捉えてください。そして「イメージできない」なんて言わずに、イメージしてください。スティービーがやってくれたんですから。僕らの偉大な先輩ミュージシャンが「ほら、こんな風に出来るんだよ」って教えてくれているんですから、もうどんどん他を試しましょう。


特に若い方には、動画投稿などでどんどん奇抜であり得ない曲を作って世に問うてください。当たるか当たらないかなんて時の運ですから、そういうことは考えず、自分で作っていて「うわ!これやべー!!」という展開を具現化してください。


====

たとえば、


CM7-Dm7-Em7-F#m7


は、今日の私なら、これをゆっくり弾いて、「湖の水面、鳥がゆっくり湖面をこちらに寄ってくる。」そしてIV#m7で急に湖面に強烈な光が差し、何が起きたかは分からないけれど、光が私を包んだ。


そんなかんじでストーリーをこしらえます。現実にはあり得ないかもしれません。

でも現実であり得ないことを音楽にはでます。既存のサウンドに拘らず、そのストーリーで起きていることをあなたなりに象徴すると思われる和音の流れ、音楽の流れを創造してください。または先に和音の流れを作って、イメージを作り上げてください。


では、


CM7-DmM7-EmM7-F#m7


はどうですか?今度は湖面が淀んでいますね。シラヌタの沼、、という感じです。おどろおどろしていますが何か神聖なものが棲んでいそうです。


この進行、機能和声で分析することもできるのでしょうが、その分析が上記のイメージを補ってくれるか、というとそういうことはないと私は考えます。音楽は鳴っている音が何を醸し出しているかを感じること以外捉えることはできないので、機能分析できないから、怪しい響きがするのではなく、機能分析を学習してくると、こうした響きが怪しい響きに感じられるので、それを活用して、怪しい感じのBGMを作る、というだけです。


全く音楽理論をやらなければ、悲しい曲を作って、と依頼したら上記のようなサウンドが飛び出すかもしれません。


既存の学習を行いながら、平行してこうした感性を磨いてください。もし一人だと不安だ、ということであれば、私共がサポート致します。


======


また色々書きましたが、これから音楽を作られるキッズをご指導されている先生方に向けて、またこれから独自の作曲をやっていきたいという無名の天才作曲家に向けて書いています。

わたしなどは何もできませんが、機能和声以外の何かで、ほかの価値を作るための方法論として不定調性論をつくり、「君の感性は自由なのだ」と訴えているつもりです笑。。


所詮音楽論はすべて独自論です。既存の学習は料理の材料や料理器具をそろえるだけで料理をしないようなものです。それを燃やすための火は、やっぱり自分の中にあって、これまで生きてきた思想かな、と思います。結局最後は独自論で音楽を行うはずです。

そうした「思考のパッケージ」の実践が不定調性論そのものであり、誰かがそれを示す必要があるのではないか、と勝手に感じているだけです。


独自論は突き詰めれば、あなたの中でいつか首尾一貫としたものになります、きっと!


別に宣言しなくてよいですから、あなた自身の感じかたを大切に、それを信じてひたすらに突き進んでください。そのほうが楽しいし、がっぷり四つっていうかんじですよ。そしてこれからの方には早い段階で不定調性論のような独自論をご自身の中に構築頂きたいです。そうしないと既存の学習に時間を取られ、活動できなくなります。既存の音楽理論だけの学習はあなたからあなたを奪う可能性があると思うのです。

(すみません、特に作曲を行う方向けに言えば、です)


そのイメージ力、いかんなく発揮して第二のスティービー・ワンダー、第二の武満を目指していただきたいところです。

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