相手の目を見て(内藤寿七郎 愛育病院名誉院長)

内藤寿七郎先生は小児科では世界的権威でした。
以前、「相手の目をみて」というエッセイを読んで
「いいなあ」と思ってはいたのですが、少しその内容を紹介します。

■「相手の目を見て」(内藤寿七郎 愛育病院名誉院長)

私は1906年(明治39年)生まれですから、今年で97歳になります。
しかし自分では年をとったという感じはないんですよ。
からだはたしかに不自由になっていますが、
気持ちとしては、なんでもできる気がしています。
年をとるというのは、そういうものなのでしょう。

でも、年寄りは、若い人に頭を下げないといけません。
そうすると、若い人たちはとても喜んでくれて、気持ちがいいですよ。

たとえば、途を歩いていて自転車がよけてくれたようなとき、
「ありがとう」というと、とても喜んでくれて、
わざわざ自転車を止めて道をゆずってくれます。

青信号で横断歩道を渡るときも、最後におじぎをして挨拶すると、
相手もにこっとおじぎをしてくれる。
年寄りが相手の目を見て頭を下げると、
若い人はほんとうに気持ちよく喜んでくれるのでうれしいです。

赤ちゃんだって、そうなんですよ。一歳半くらいから反抗心が現れてきます。
自我が芽生えてきますからね。
そのときに、ちゃんと目を合わせて、ゆっくり話しかけないと、
一歳半くらいの赤ちゃんだって言うことを聞きません。
恐い顔で大きな声を出したり、
子どもが親のかんしゃくのはけ口になったりするとますますだめです。

お母さんのなかには、子どもの目を見ない人がいますね。
そうすると子どもは、ママが自分のほうを見てくれないと感じてしまうでしょう。
それに家庭が育児の雰囲気ではなくなってきているということもあるようですね。
ご夫婦で働いて家に帰ってきても、「おつかれさん、ごくろうさん」の一言もない、
いたわりの表情がないと、家庭から育児の雰囲気がなくなります。

無理はしなくていいんです。
ほめことばを忘れずに、「やろうね」「できるよね」「よくできたね」と
子どもに話しかければ、しからないでも、しつけはできます。
こちらの表情次第ですよ。

年をとっても同じことで、こちらから「ありがとう」と挨拶をすれば、
まわりの人にとても喜んでもらえるのです。」

○内藤先生が子供の心がわかるようになった出来事

2歳1ケ月の男の子で、牛乳ばかり飲んでいてアトピーが大変強くて、
なんとか牛乳をやめさせなけれぱならない患者さんでした。
とにかく、もうやんちゃなお子さんで診察しようとするとギャーツと叫ぶんです。

私はどうにかしなければならないと考えて、
真剣にその子の前でひざまづいたんです。
子供の手を握って「牛乳を我慢してくれない?」とやわらかく言いました。
でも、プイッ!と横を向いてしまうんです。

ですから今度はそちらの方にごそごそとひざで歩いて行って
「ねえ、坊や。我慢できるよね。我慢してくれるよね。」と言ったんです。
今度は180度反対を向くので、しつこく私も移動して行って
「今日からやめるよね。やめてくれるよね」と頼みました。
でもその子は下を向いたままでしたね。

2週間後、顔を見ると湿疹が殆どきれいになっていて
「わあ一、良くなった!」とぴっくりしたんです。

お母さんが
「うちの子、変なんです。
このあいだ病院から帰ってから1度も冷蔵庫をあけないんです。
お友達のおうちで牛乳を出されても、絶対手を出さなかったんですよ。」

それを聞いて私は、ちゃんと言うことを守ってくれたその子に対して、
ありがたいな一と思ったんです。

一生懸命こちらが無心で子供の心に頼んで、
目を見つめながら言うとわかってくれるんだな一とぴっくりしました。
まじめに訴えて、真から信頼を込めてやさしく全身全霊で訴えると
子供がそれを理解し、記憶し、セルフコントロールするということを、
私は教えてもらったわけです。

子供が検診でも私の前にたくさん並ぶようになってくれたのもそれからです。
40歳過ぎて、やっと小児科医の顔になれたのかな一と思いましてね。

○チャールズ皇太子が日本に来たとき、
育児について内藤先生の話を聞きたいと要望があり、東京で会った。

話のしまいに「子どもを怒ってもいいんですか」という話になった。
内藤先生は、「怒ってもいいけど、頭だけは絶対叩いたらいかん。
ただしね、パンツを下ろしてからお尻を叩きなさい」とおっしゃった。

そのパンツを下ろしてから、というのが極意。
要するに、パンツを下ろすことで、人間の感情がちょっと和らぐ。
下ろさずに、そのままパッと叩くと、人間は腹を立てる。
子どもの感情は特に違う。

その間合いを捉えるのが、内藤先生はものすごくうまい。