倹約でも心豊かに生きる知恵 映画『武士の家計簿』製作進む
東京新聞2010年3月4日
日本刀の代わりにそろばんを武器に、幕末を生き抜いた下級武士の一家を描いた映画「武士の家計簿」(森田芳光監督)の製作が進んでいる。激動の時代にあって、倹約に励みながらも明るさを失わず生きる知恵は、不況にあえぐ現代人の参考になりそうだ。京都の撮影現場をのぞいた。 (石原真樹)

原作は、磯田道史・茨城大学准教授が神田の古書店で見つけた古文書をもとに書いた新書「武士の家計簿『加賀藩御算用者』の幕末維新」。加賀藩で藩財政をつかさどるそろばん役人「御算用者」を務めた猪山家が破綻(はたん)した家計を立ち直らせるまでの道のりを、古文書にあった同家の家計簿「入払(いりばらい)帳」から読み解いた。




底冷えのする一月の京都。松竹京都撮影所のスタジオ内に猪山家が再現されていた。
この日は、直之の父の葬儀場面が撮影されていた。故人の枕辺で悲しみに暮れる駒ら。その隣室で、そろばんをはじく音が静かに響く。直之が葬儀費用を計算しているのだ。直之の息子・成之はそんな父に「身内の葬儀でもそろばんですか」と涙声で迫る。
台本にある直之の答えは「そうだ」。真っすぐな気持ちをぶつける息子に父はどう向き合うのか。直之の人間性が問われる重要な場面だ。
この三文字をめぐり、堺と森田監督の応酬があった。「(直之には)後ろめたさがあるのでは」と問う堺に、森田監督は「違うと思う」ときっぱり。そして、「(父を失った)悲しさと、自分の職業への思い。二律背反した感情がセリフに表れている。ただ冷たく『おまえは関係ない』と言うのではなく、そう生きなければならないという悲しみをセリフに含ませて」と続けた。
本番。息子の問いに対し、堺は長い沈黙を挟み、「そうだ」と静かに口にした。この演技に森田監督は「セリフを忘れたんじゃないかと思うほどの間だった。あの間が、彼の息子へのメッセージだと思う」。
成之を演じた子役の大八木凱人(9つ)も、「背中に表情が出ている」と森田監督も納得の演技。撮影前、堺が大八木のそばにしゃがみ込み「自分の好きな人が死んだのにお父さんが悲しんでいないかもしれない、それはすごい悲しいよな。お父さんに怒っているのかもしれないな」とアドバイスしたのが効いたのかもしれない。

直之は家族の着物をはじめ武士の命である刀までも売り払い、同僚のさげすみをよそに愛妻弁当を持参、息子の通過儀礼には高価なタイの代わりに絵に描いたタイを祝い膳(ぜん)に出す。駒は、大根の葉まで調理するなどして夫を支える。作品で描かれるのは、体面よりも家族を守ることを重んじた夫と彼に寄り添った妻であり、倹約にも心すさぶことなく豊かに生きる家族の姿だ。
殺陣や騎乗のシーンがない一風変わった時代劇。森田監督は「武士としてどう仕事を全うするか、その勇気づけは家族の存在。そして家族を生き抜くには相手を理解し、それを面白がることができないとだめ。そんな信頼ある家族っていいなあと思ってもらえたら」と狙いを話す。
公開は十二月四日。

そろばん侍を演じる堺雅人(松竹京都撮影所)

そろばん侍を演じる堺雅人(松竹京都撮影所)



寅さんシリーズを長く手掛けた山田洋二監督が最初に撮った時代劇が

「たそがれ清兵衛」だった。

殺陣(たて)も見所なのだが、江戸時代の武士の今の公務員とさほど変わらぬ描写に目を見張らせた。もともと原作の藤沢周平の小説もそうした淡々とした日常とそれを破る非日常的な事件や事態との対比の妙のなかで人間心理を浮き立たせるところがある。

清兵衛もそうした勘定役(会計係)の職員であり、たそがれ時になると、「どうですか、今日あたり一杯?」という同僚、上司の誘いを断って帰るマイホームパパである。病妻をかかえ、2人の娘を寺子屋に通わせ、貧しい所帯ではとても付き合いなどできないのが実状なのだ。家に帰っても副業として鳥駕籠の製作をしなければ家計を維持できないというのが本当のところだった。だから仕事が定時、たそがれ時に終わると必ず家に帰る。そういうわけで「たそがれ清兵衛」というアダナがついた。



「武士の家計簿」もそうした窮迫した幕末の体面よりも家族を守ることを重んじた武士の姿を描くのだという。もはやここには殺陣という時代劇の様式すらない。

江戸時代のホームドラマというべきか。

今の閉塞し高齢化社会となった日本社会を映し出す鏡かもしれない。




そうそうたる俳優陣が結集

仲間由紀恵の白むく姿に堺雅人うっとり

2010年01月11日 eiga.com

堺雅人を主演に迎えた森田芳光監督の最新作「武士の家計簿」の撮影現場がこのほど、京都市の松竹京都撮影所で公開された。第2回新潮ドキュメント賞を受賞した磯田道史の歴史教養書「武士の家計簿『加賀藩御算用者』の幕末維新」が原作で、幕末から明治維新という激動の時代を誠実に生き抜いた下級武士一家三代の姿を描く。

この日は、堺が演じる加賀藩の財政に代々携わってきた猪山家八代目・直之と、仲間扮するヒロイン・駒の婚礼の式の様子が撮影された。2人のほか中村雅俊、松坂慶子、草笛光子、西村雅彦といった主要キャストが顔をそろえるのは、昨年12月3日に石川・金沢でクランクインしてから初めて。緊張からか硬い表情の直之と、うつむきがちながらも静かに直之を見つめる駒をよそに、駒の父役の西村が中心になって祝宴の場を盛り上げる晴れやかなシーンだ。

堺は、白むく姿の仲間について「あまりにもキレイすぎて、身に余る思い。直立不動で緊張しているという設定で良かった」とうっとり。天才的な数学感覚と実直な人柄で藩主から全幅の信頼を寄せられる役どころだけに、撮影前にソロバンの特訓に励んだそうだが「先生に3、4回教えてもらいましたが、あまりにも難しくて華麗なソロバンさばきは早々に諦めました」と告白。それでも、「監督と相談してキメの細やかさというか、ひとつひとつの弾き方をおろそかにせず誠実に、確実にという姿勢で臨んだ」とこだわりを明かした。

一方の仲間は、TVドラマ「エラいところに嫁いでしまった!」(2007)以来約3年ぶりの白むく姿に「着るたびに重みを感じます。だいぶ左肩が凝ってきました」とニッコリ。1月6日に行われた府内亀岡・保津川での友禅流しのシーンからの合流となり、厳しい寒さでの撮影をいたわる堺に「ちょっとやせ我慢しましたが、とてもいいシーンになったと思う。明るく献身的に夫を支える妻を一生懸命に演じたい」と決意表明した。

森田監督は、「素晴らしいキャストと京都のスタッフがそろって、たくさんの方に喜んでいただける映画になると思う」と手ごたえをつかんだ様子。さらに、「堺君、仲間君にとっても、素晴らしい先輩方と勝負ができる作品になるのではないか」と期待を寄せた。また、原作者の磯田も現場に駆けつけ「慶応大学の教材にするつもりだったので、映画になるとは思ってもみなかった。『しっかり生きる』ことを描けば、ちゃんばらがなくても日本人の心にちゃんと届くと思う」と語った。