皆様、ご無事でいらっしゃいますか?

ようやく今朝PCを開く気になり、ブログで皆様のご様子を拝見しました。

未曾有の災害に心痛むとともに、日頃のちょっとした心掛けが大切と身に沁みました。



地震の時、私は西武池袋線の中、池袋のひとつ先の椎名町におりました。


間もなく駅という時に、ガタガタと揺れ始め最初は「??脱線?ぶつかる?」と思っていたら緊急停止、ものすごい勢いで揺れて「大きな地震が発生しました」との放送が。


外を見ると音を立てて街が揺れていて、飛び出して来た人達が怯えた顔で必死で立っていました。


幸いに先頭車両は駅構内に入っていましたので、安全確認が終わると停車位置へ進みドアが開きました。お手洗いもホームにありひと安心。回りの方の情報で宮城で大地震との情報を得て、東京でこの揺れならば宮城はどうなっているのかと話しました。


余震が大きかったのでしばらく車内におりましたが、復旧の目途は立たないとのことで振替輸送のバスに向かうことに。途中でお手洗いに行き、ペットボトルの水とぶどう果汁を自販機で買いました。列に並びしばらく経ってもやはりバスは来ず、すると自転車でやって来たおじ様が「バス待ってるの?来ないよ!池袋までは歩いて15分だから歩いたほうが早いよ。」と道を教えて下さいました。


体力消耗は控えたかったのですが、15分ならと歩き始めました。途中、隣を歩いていた女の子に話しかけてみたら宮崎出身で、一気に打ち解け楽しく話しながら歩きました。


彼女が池袋に詳しく、渋谷行きのバスがあると教えてくれ、封鎖直前の池袋駅をすいすいと抜け渋谷駅行きのバス停まで案内してくれました。渋谷まで行ければ何とかなるという安堵感が。私は池袋に疎いので、彼女が天使のように思えました。


16時頃百メートル以上の列に並んでいたら、徐々に気温が下がり風が強くなってきました。
後ろの薄着の女の子が、寒さに震え顔色も悪かったのでたまたま持っていたカイロを使って貰うことに。私はブーツとファー付レザーのコートを着ていたので大丈夫だったのです。


1時間後にはバスに乗ることができて、おまけに座ることができました。車内は大混雑で途中からの乗車は無理な状態でした。新宿ですぐ側に立たれた高齢の女性と交代。1時間強で渋谷到着。途中、そのお仲間と帰路について話していて、渋谷駅西口から田園調布行きのバスが出ていると教えていただきトライすることに。


(新橋に出掛けていると思っていたケロ太郎が、予定がドタキャンになり自宅にいるとようやく連絡が入りました。)


他のデパートは早々にシャッターを下ろしていたのですが、東急東横店は普通に営業していたのでお手洗いを借りて、ケロ太郎がお腹を空かせていると思いお弁当を買い(非常時なのに夕方の値引きをしていておまんじゅうと青菜炒めをサービスして貰いました)、バス停へ向かいました。18時前。


ところがバス停は危険な程の人がひしめき合っていて悲鳴が上がっていました。人並みに飲み込まれて逃れることもできずにいましたが、その内に普通に息のできる状態になりました。最後に見かけたバスが行ってから待つこと2時間半、しびれを切らした乗客が係員に詰め寄ったら、地震発生後に出発したバスは片道3時間かかったと。それを聞いた大勢の人々が歩いて帰宅し始めました。私は武蔵小杉まで歩く自信がなかったので待つことに。


しばらくしてバスは来たのですが、後から来た人達が列を無視して我先にと乗り込み、乗れず終い。


するとすぐに銀座線が開通したので、東横線も可能性ありと判断し21時前に東横線に移動。デパートの通路には多数の人が座り込んで開通を待っていました。改札に行くと混雑はしていましたが、前の方に並ぶことができました。2時間近く待ち、ようやく開通のアナウンスが。その頃から改札付近の混雑がひどくなったようで、規制線を改札の中まで延長。お蔭様でかなり前にいたので先程のような混雑には合わずに済みました。


警備員と警察官が立ち並び、「走らないでください!」と連呼するものの、乗車開始と同時に後ろからものすごい数の人が走って来るので怖くて走らない訳にはいきません。車内に駆け込み、目の前にあった椅子に座りましたが。心臓はバクバク!恐怖でした!!


スピードを制限しながら各駅停車で武蔵小杉についたのが23時30分。20分歩いてどうにかその日の内に帰宅できました。9時間かかりましたが、本当に運の良いことが重なって、迷うこともなく無事に帰ることができました。心から感謝。


寒さ対策ができていたこと、途中で飲み物、食料、お手洗いを確保できたことが安心につながりました。渋谷からこんなに時間がかかるとは思っていなかったのですが、水もあるしお腹が空いたらおまんじゅうをいつでも食べられるという安心感は大きかったです。


帰宅後、バッテリー切れでお返事できなかった方々に無事をご連絡して、テレビを観て初めて惨状を知り胸が痛みました。救出を待っていらっしゃる方々に一刻も早く救いの手が届きますように。


そして、ケロ太郎に災害時に必要なことを教えながら、避難袋を寝室に運び込み、水を確保したり、寒さ対策のダウン、手袋、帽子、マフラー、カイロ、マスクを2階に運んだり、安全確保の場所を考えたりと明け方までかかり対策を取りました。


今日は母の命日。急に思い立ち、ケロ太郎と宮崎に帰省しお参りすることにしました。今回もきっと母は、私達を守り導いてくれたことと思います。


エンジェル花音さんの風水スクールにご参加の皆様、そのようの訳でレシピはもう少しお待ちくださいませ。大変申し訳ありません。


余震がまだまだ続いています。どうぞ皆様お気をつけてお過ごしくださいませ。