後半残り15秒。
ヴィクトルのマークをうまく外しアイラからジェシーへパスが回る。
点差は56-40の16点差。
南極訓練校の勝ちはもう確実だ。
しかし南極訓練校側にとっては屈辱の点差だ。突き放すつもりだった後半。しかし突き放すことはできず自分たちの攻撃を押さえこまれ前半終了時より3点詰められてしまっいた。
最低でも前半と同じ点差で終わらすため、ジェシーは残り12秒で最後の3ポイントシュートを放つ。
が、ジェシーから放たれたボールは美しい弧を描くことは無かった。
新道歩、渾身のシュートブロック。
ボールはジェシーの背後に落ちバウンドしている。
すかさずそのボールに飛びつき全力のドリブルで相手ゴールに迫る歩。
それをすぐさま追いかけるジェシー。
なに、この子・・・なんなのよ、この子・・・
マリアが「アンタをも脅かす逸材」と紹介してきた歩。
それはどうやら本気で真実だったようだ。
たった数mとはいえ、ドリブルで走る歩に、ジェシーはついていくのが精一杯だったのだ。
逆を言えば歩はたった数mだがドリブルしながらもジェシーの全力と同等の速度で走ったのだ。
残り5秒、歩は空へ飛びあがる。
ジェシーもそれに合わせて空を飛んだ。
ブロックショットするためには完璧なタイミング。
リングに叩きこもうとする歩のボールに手を伸ばす。
歩とリングの間はそれにより完全に遮断された。
ボールのやり場を失った歩は、ダンクをやめボードに向けてボールを放つ。
強い!アレじゃ入らない!今放たれたボールはゴールすることは無い。長い競技経験から即座にそう判断したジェシーがボールの行方を追う。
案の定ジェシーの予想通りボールはボードに弾かれリングから大きく外れる。
勝った。最後の3ポイントは止められたが、点差を詰められる事もなかった。悔しいがこれでよしとしよう。
その思いは、油断、だった。
残り2秒、「ドガッ」と聞こえるはずのない音がする。
え・・・ジェシーの顔が驚きに歪む。
マリアがそこにいた。
歩がボードにぶつけたボールをゴールに叩きこんでいた。
歩の放ったボールはやぶれかぶれのシュートではなく、マリアへのパスだったのだ。
じゃあ、なぜ自陣ゴール前にいたマリアがここにいるのか?
桜子がガッツポーズしている。
ということは、マリアはまた飛んできたのだ。
歩はジェシーとの全力疾走の勝負の中、桜子とマリアの動向を把握し、ジェシーのブロックを掻い潜りボールをボードにぶつけパスを出す。
歩がそうすると読み、歩がボードにボールをぶつける前に、マリアを投げた桜子。
それをきっちりと決めるマリア。
それは一体どれほどの奇跡だろう。
最後の攻防、これは完全に敗北だ。
まだ誰の息も調わぬ頃、ホイッスルが鳴り試合終了を告げる。
56-42。
大方の予想通り南極訓練校チームの勝利ではあるが、その差は誰もが予想しなかった14点差。
たった14点差。
ターニャの速攻を抜群の初速でほぼ完全に潰したセシリア。
アイラのリバウンドをその圧倒的なフィジカルを利用したポジショニングで自陣ゴール前ではほぼ潰したヴィクトル。
自陣ゴール前から歩やマリアをジェシーたちのゴールまで投げ飛ばした桜子。
走りと視野の広さと状況判断で時にジェシーを脅かした歩。
個人の能力もジェシーに劣らず、上にあげた4人の実力をいかんなく発揮させる作戦で挑んだマリア。
「なるほど・・・」
肩から力が抜けジェシーは微笑んだ。
今日戦った5人は目指している境地が違うだけで、本物だったのだ。
なら悔しいがこの結果は仕方ない。
強敵を相手に戦えば、自分たちが望んだ結果とは程遠い結果になるのは当たり前だ。
自分たちをより高みに上げてくれる、こんな勝負ができたことに感謝しよう。
ジェシーが仲間を見る。
あかりもアイラもターニャも鈴花も、みんなジェシーと同じ気持ちで微笑んでいた。


「はっ・・・はっ・・・負けちゃった・・・」
肩で息をつき電光掲示板の点差を見つめる歩。
「おつかれ。よかったよ。あのジェシーがアンタを見て面喰ってた」
その歩の腰をポンと叩くマリア。
「マリアどうする?負けたぞ」
アイラとのポジション争いで腕や太ももに青あざを作っているヴィクトルも、歩の周りにやってきた。
「ヴィヴィ、ごめんねー。私も勝つ気だったんだけどさ、あっちさすがだわー」
「うむ。私も攻撃にはほとんど参加できなかったからな。すまない」
「私もごめんなさい。本当に攻撃に参加できなかったよぉ・・・」
すまなそうにやってきたセシリアは、まだ肩で息をしている。ターニャとのマッチアップがどれほど熾烈だったかを物語っている。
「ううん、すごいよセシリー。南極訓練校最高のスプリンターをあれだけ止めたんだ。自信をもって胸をはって」
そのマリアの言葉に俯き加減だったセシリアが微笑む。
「腹立つ腹立つ腹立つー!負けてもうたー」
いつも通りのテンションで悔しがる桜子。
「うん。負けちゃったね」
歩がそう答えるとさらに地団駄を踏んで悔しがる桜子。
「勝たなあかんのやー。大和撫子は勝たなあかんのやー」
「あっちにもあかりちゃんって大和撫子がいるんだから仕方ないよね」
全力は出した。そのうえで負けた。悔しい事は悔しいが、歩は満足気な笑顔だ。

「おつかれさま。だいぶやられたわ」


ジェシーがマリアに握手を求めてきた。
それに習いそれぞれがライバルとして競った相手と握手をしている。
ヴィクトルはアイラと、セシリアはターニャと、桜子は鈴花と、そして歩は神埼あかりと。
「で、うちのあの子はどうだった?」
マリアの視線の先には、あかりと握手を交わしている歩がいる。
「・・・強烈ね。まさかアンタみたいなのがいるとは思わなかったわ」
「私とは違うわよ~。あの子は間違って武闘に入学しただけで本当はこっちに入学したかったんだもの。ずっと目指してたのはジェシーといっしょでコスモビューティーよ」
ケタケタと笑うマリア。
「なによそれ・・・どんな理由で間違えるのよ・・・」
「あの子、クイーンオブおっちょこちょいだから」
ジェシーは歩を見つめたまま押し黙った。その目は以前にマリアを見ていた目。そう、ライバルとして認めた者を見る目だった。


「すごいですね。あのジェシーと互角にやりあうなんて」
神埼あかりはすこし怯えながら歩と握手している。
「あ、あかりちゃんだってすごいよー!ものすごいキレだったしシュートフォームすごい綺麗だし。私の中で今年のコスモビューティーの大本命なんだ!頑張ってくださいね!応援してます」
「わ、私がコスモビューティー!?無理だよぉ。私、お母さんじゃないもん・・・それより、えっと名前・・・」
「歩。新道歩です」
あかりがコクリと頷く。
「私より歩ちゃんが出たほうが可能性高いよ・・・ジェシーとも勝負できるし・・・」
「私?私ですかー?私ももともとはコスモビューティー目指してたんだけど・・・私すっごいバカで、間違って武闘訓練校に入学しちゃって。だからトライアスロンにでる資格すらないし」
そんな会話をしている時、耳を疑う唐突な放送が流れた。


「今の試合見せてもらった。素晴らしい試合だったよ。新道歩くん、マリア・シノノメくん、どうかねトライアスロンに参加してみないか?出場枠を用意させてもらうが」


つづく。