マリアの説明を聞いたジェシーは神妙な面持ちで呟いた。
「それは真実なのね?」
「ええ神に誓ってもいいわ」
マリアは静かな目でそっと手を上げる。
「誰!?そんなことをしたのは誰なの!?今すぐでてきなさいっ!」
グラウンドの中央、ジェシーは怒りを露わにした。
ジェシーには許せなかった。その行為が。努力を放棄しそんな行為に及んだ弱い心が。
そんな時間があるのならば、少しでも練習すればいい。そうすればほんの少しだけでも理想としている自分に近づけるのだから。
「うおー。いじめられた子はすっごくかわいそうだぞー。出てきてあやまれー」
ターニャも叫んだ。
だが二人の叫びは悲しくグラウンドに吸い込まれ消えていく。
犯人は名乗りをあげない。


またジェシーたちのすぐそばに落雷のような轟音が鳴り響いた。
轟音の正体は歩だ。
「早く出てこいっ!これ以上、私を怒らせないでっ!」
歩が怒りの咆哮をあげる。
その歩の姿を見てジェシーは息をのむ。
息をのむジェシーを見て、マリアがニヤリと微笑む。
歩がグラウンドを殴った音だとは理解できる。
が、その姿があまりにも不自然なのだ。
あろうことか歩の右手は肘の部分まで地面に突き刺さっているのだ。
「ありえない・・・」
その不自然さがジェシーにはわかる。
砲丸投げ。あの鉄球ですら何mも飛んで着地しても、ここに落ちましたよ、とわかる程度の跡が残るだけだ。
それに刺さるとしたら槍のような鋭利な物だが、歩は人だ、人の手は鋭利ではない。
いや、鋭利にしたのか・・・日本、いやアジアの武道には手首から先を徹底的に強化し、ナイフのように鋭利にする技があると聞く。
それでも異常だ。いったいどれだけの力量が加われば人の手が肘まで地面に潜り込むというのだろう。
「・・・マリア、もしかしてアナタもあんなことできたりするのかしら・・・?」
ゴクリと唾を飲み込みジェシーが尋ねる。
「わからないけど、やってみましょうか」
古い付き合いのジェシーだからわかる。マリアはけして自分を過大評価はしない。そのマリアが「やってみましょうか」と自信をのぞかせる発言をしたのだ。マリアはきっと驚愕の結果を残すだろう。
「いいわ・・・結果はわかったから・・・」
「なにそれ?未来予知でもできるようになったわけ?」
「からかわないでよ。アナタのことを本当のライバルとして見ていたからわかるだけよ」
「じゃ、うちの訓練校のあの子もライバルとして見てあげてもらえるのかしら?」
マリアの視線の先には歩。
ジェシーは肯定も否定もせず、ただ歩を見つめていた。


「やめてほしいあるー!これ以上、グラウンドを壊さないで欲しいあるー!」
歩たちとジェシーたちが向き合う、そのど真ん中を風と共に絶叫が駆け抜けた。
その風は間を突き抜けると「キキーッ」と激しいスキール音をたて止まる。
風の正体は自転車。その自転車を操っていたのは王鈴花。自転車競技の名手である。
「このままグラウンドを壊されては本当にトライアスロンが中止になってしまうね。トライアスロンが中止になったら私の自由はそこで終わってしまうよ。だから止めてほしいある。今、アイラとあかりが犯人を連れてくるあるよ」
よほど急いでここにきたのだろう。鈴花は息が全然整わない。
「犯人を捕まえたの!?」
と、ジェシー。
「はい、ある。騒ぎがおきてすぐに探し始めたあるよ」
「鈴花、えらいぞー」
不正を許せないターニャも大喜びだ。
ザワザワとざわつき始めたグラウンド。
入場口を見ると、4人の生徒が俯き恐怖にガタガタと震えながら入ってきた。
その後ろには4人が逃げ出さないように氷の微笑アイラと、御堂巴の遺伝子を継ぐ者神埼あかりがついて歩いている。
「あなたたち、本当にやったの!?」
誰よりも先にジェシーが詰め寄った。
「・・・」
4人は俯いたまま誰も答えない。ただ恐怖に震えている。
「ジェシー。それは間違いないと思う。私とアイラには自分たちがやったと白状したから」
引っ込み思案な印象がある神埼あかりが代わりに答えた。
「なんてことを・・・」
ジェシーは信じていた、苦楽を共にしてきた仲間がそんなことをするはずがないと。マリアたちの仲間を思うあまりの勘違いで「今後こんな誤解がうまれないようにお互いに気をつけましょう」と、スポーツマンらしく握手をして笑い話として終わると信じていた。
それが今、崩れ去った。悔しくて情けなくて、ジェシーは拳を震わせ天を仰いだ。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「謝って!ちゃんとセシリーに謝ってよ!4人であんな小さい子に一方的な暴力をしてっ!卑怯よ!それでもスポーツマンなの!」
「落ち着け、歩!あんなん見せたあんたが暴れたら、さすがにおっかなくて謝る気あってもビビるっちゅーねん」
獣のように暴れ出した歩を桜子が必死に抑えている。
「ヴィヴィ」
マリアがヴィクトルの名前を呼ぶと、ヴィクトルは頷き、背負っていたバックから家庭用のビデオカメラを取り出した。
武闘訓練校で自分の技をチェックするためにいつも使用している物なので、慣れた手つきで操作を始める。
「さ、これに向かってセシリーへの謝罪をしてもらうわ。それで試合終了。私たちは武道家。二言はないわ」
マリアの提案に従い、4人は肩を震わせ、涙を流し、謝罪した。
それは圧倒的な暴力という恐怖が生んだ結果なのかもしれない。
けれど4人の流した涙に嘘は無い。
「はい、オッケー・・・」
と、マリアが言い終わる前にジェシーがカメラの前に立った。
このトライアスロンが開催される直前という時期、誰よりもスキャンダルがあってはならないジェシーがだ。
マリアがヴィクトルに耳打ちする。カメラを持っていたヴィクトルは黙って頷いた。
「セシリアさん、このたびは共に訓練する仲間が・・・本当に・・・本当に、申し訳ありませんでした。同期の責任は仲間である私の責任でもあります」
カメラに向かいジェシーが頭を下げる。その頭があがってくる気配は一向にない。
「こんなことが今回の償いになるとは思えませんが、セシリアさんの許しが得られなければ・・・私はトライアスロンを辞退します。だから、だから、どうか、仲間の罪を許してあげてください・・・」
誰もが言葉を失った。
そして神埼あかりも、ターニャも、アイラも、鈴花も、訓練校の生徒全員が、教官までもが頭を下げていた。
それほどにジェシー・ガートランドの言葉は重い。
このVTRが何かの間違いで外部に漏れれば、ジェシーの選手生命はそこで終わるだろう。
だが漏れる事は無い。
マリアの指示でヴィクトルはカメラこそ向けているが、電源は切っていた。
「許します!謝ってくれた、私はそれで十分です。私はトライアスロンで活躍するジェシーさんが、みなさんが見たいです!」
グラウンドに声が響いた。
選手入場口。体中に生々しい傷跡が残るセシリアが、そこにいた。
マリアがジェシーの側に歩を進める。
「ジェシー。あなた私の仲間ナメテない?セシリーは誰かに責任を押し付けるようなそんな子じゃないわよ」
ここにきてマリアは初めて本当の笑顔を見せた。
「ごめんなさい。今のこそ私の最大の野暮ったいミスだったみたいね。失礼したわ」
ジェシーも笑顔だった。


「はーい。これにて終了。と、ここで提案。両校の和解と今後の親睦のために、そうね、競技はせっかく南極訓練校なんだからこちらの設備を利用した交流練習試合といきませんかー?」
それはマリアの突然の提案だった。


つづく。