「ええええええええ!!うそーーーーー!!私、そんなの聞いてないよーーーー!!」
( TДT)←まさにこんな顔で歩が困惑し泣きだした。


事の始まりはこうである。
歩と桜子の乱取り中、歩の疑問でそれは始まった。
「いたた。柔道着こすれて痛っ。ところでさ、なんでマリアって宇宙撫子(コスモビューティー)のこと宇宙闘姫(コスモヴァルキリー)って言うんだろうね?アメリカじゃそう言うのかな?」
歩にとってはごく当り前な素朴な疑問であった。
「はぁ?何言うてんねん?宇宙闘姫(コスモヴァルキリー)は宇宙闘姫(コスモヴァルキリー)やろ」
「せい!」桜子の掛け声とともに、また歩は宙を舞った。
「いたた・・・大阪でも宇宙撫子(コスモビューティー)のこと宇宙闘姫(コスモヴァルキリー)って言うの?」
桜子の背負い投げは練習の時間と比例して切れ味を増す。こうなってくると形だけの受け身の歩には手に負えない。
「いつまでボケとんねんっ」
今度は寝技だ。しかも柔道着の袖を使っての絞め技だ。
声にならない声をあげ歩は何度も桜子の背中にタップする。
現在の柔道には無い、古流柔術の幻の技。そんな得体の知れない絞め技をいとも簡単に繰り出す桜子。
「どや。参ったか」
言葉通りの満面のドヤ顔。
「ここに私たちが入学してもう2カ月。長い長い・・・永久とも思える長いボケやったなぁ」
そう、歩たちが訓練校に入学してもう2カ月。桜子はその2カ月を振り返り感慨にふける。
「ボケってどういうことよぉ・・そりゃそんなに頭はよくないけどさぁ・・・」
桜子に投げ飛ばされたままの姿で歩は不服を口にした。
そんな歩をビシッと指差し、
「よくこの長い間、そんな笑えもしない冗談みたいなボケを言い続けた。それは並大抵の苦労やない。言い続けた事は驚愕に値するで歩。その心意気に敬意を表して今日は恥ずかしいけど、そのボケにズビシと突っ込んでやるでぇ。それが今まで恥ずかしいボケをかまし続けたあんたへの礼儀っちゅーもんや!」
なにやら桜子は本気だ。その理由は歩にはわからない。
「あんたここに何目指して来てんねん?」
唐突な桜子の質問だったが、歩は即答で何の迷いも無くこう答える。
「宇宙撫子(コスモビューティー)」と。
「そのボケはもういらんて・・・」
桜子が顔をしかめる。
他の道場で稽古をしていたマリアもセシリアもヴィクトルもこちらを見ている。
それぞれがなんとも言えない複雑な表情をしていた。
「まさかね・・・」みんなそう訝しげな表情だったことを、歩はこの先ずっと記憶している。


「ようし突っ込むでぇ、突っ込むでぇ。歩ここまできたんだったらどうせならものすごい返ししてや!いくでー!このボケ女、あんた、ここは宇宙闘姫(コスモヴァルキリー)を目指す武闘大学衛星入学希望者南極訓練校やで!宇宙撫子(コスモビューティー)目指すなら、あっち!ここから150kmくらいあっちの大学衛星入学希望者南極訓練校や!」
右手は歩を指差し、左手は「あっち」と言った大学衛星入学希望者訓練校がある南極大陸内陸部を指差している。
歩はただキョトーンと。まったくもって桜子の言ってる事を理解していない様子だ。
「あっちゃー。まさかとは思ってたけどこれは本気かもねぇ」
マリアが金髪をかき上げ「参ったな」と、そんな表情。
「まさかもう2カ月ですよ。そんな長い間・・・」
セシリアはそんなことがあるわけはないと茫然と事態が飲みこめていない歩の体を揺らす。
「可能性は否定できない。数字としては限りなく極小の単位になるが」
普段は冷静なヴィクトルが、普段通り冷静な分析を返すが声が若干上ずっている。動揺は明らかだ。
乱取りをしていた3人も桜子の突っ込みに反応し体を動かすのをやめ事の成り行きを見守っていたが、
「これはあきらかに歩やっちゃってるね・・・」
「いえそれは・・・だっていくらなんでも・・・武闘ってついてますし・・・」
「・・・私は知っている。歩はどこまでも真っ直ぐなやつだ、と・・・」
3人のヒソヒソ話は、ヒソヒソ話の定義を大きく覆すほどのヴォリュームで桜子たちの耳にも届いている。
「おーい。そこのズッコケ3人組、聞こえてんでー」
「誰がズッコケ3人組よ!あんた、歩、セシリーがズッコケ3人組でしょ!」
美しい金髪を逆立て怒るマリアはまるでスーパーサ○ヤ人のようだ。
「うう・・・マリア、ひどいよぉ・・・」
そのそばで結局どちらのズッコケ3人組にもエントリーされてしまった唯一の稀有な存在セシリアがウルウルと目を潤ませている。
「あ、ちが。ごめん。違うの、ごめんね」
そんな3人を、ギギギ・・・と擬音が聞こえそうな古い機械仕掛けのからくり人形の首の動きで歩は3人を見る。焦点はあっていない。
「セシリー。葡萄大学ってなーに??」
「葡萄じゃないですー。武闘だよ武闘。歩―、しっかりしてー」
一番小柄なセシリアが歩を連れ戻そうと必死に肩を揺らす。
「マリア。ここは何をするところ??」
「なにって・・・宇宙闘姫(コスモヴァルキリー)・・・宇宙で一番強い女を目指す武闘大学衛星にいくための場所でしょ・・・」
マリアは聖母マリアに祈るかのように両手を胸の前で組み、迷える子羊の前途を憐れんでいる。
「ヴィヴィ。ヴィヴィが目指してるのは宇宙撫子(コスモビューティー)だよね?宇宙闘姫(コスモヴァルキリー)じゃないよね?」
「・・・すまない、宇宙闘姫(コスモヴァルキリー)だ・・・」
ヴィクトルは歩と目を合わせず、背中で語る。
「さっちゃん。ここってまずはスポーツに必要な精神力を格闘技で鍛えるとか、そういう場所だよね?大学衛星の訓練校だよね?」
「ちゃうよ。あんたの頭マジでおっそろしいわぁ。ここはみんな言うとるけど武闘衛星にいくための訓練校や。私たちが目指しているのは宇宙闘姫(コスモヴァルキリー)。あんたのそれがボケやないとすると、あんたとんでもない間違いしとるで」
桜子の目にいつものおちゃらけた雰囲気はない。
歩はみんなを見まわしてこう聞く。
「マジ・・・?」
そしてみんなこう答える。
「マジ」と。


武闘大学衛星。
歩もその名を聞いたことがある。
うっすらと記憶にある。
大学衛星が陸上を中心としたスポーツ全般の頂点を競い合う華やかな舞台なら、武闘大学衛星は格闘技で宇宙一の覇を競い合う世界。
大学衛星は年に1度、大運動会という圧倒的に人気の競技会が開かれそこで優勝すれば宇宙撫子(コスモビューティー)という至高の称号が得られる。
大運動会は全宇宙にテレビ放送されるのはもちろんだが、日々の大学衛星での活動、その大学衛星に入るための訓練校での訓練風景すらテレビ放送されるだけの人気ぶりだ。
その圧倒的人気から大学衛星に行った者はそこに在籍しただけで将来が約束される、宇宙撫子(コスモビューティー)はいざしらず、在籍しただけで各企業から引っ張りだこなのだ。
が、しかし、武闘大学衛星、宇宙闘姫(コスモヴァルキリー)は、歩の記憶からもほぼ消えかけていたように、その存在すら知られていない。
宇宙闘姫(コスモヴァルキリー)になったとしても全国紙の新聞の端っこに小さく掲載されるくらい。地方紙にはまず載らない。だからスポーツを志している歩ですらもその存在をうっすらとしか知らない。
人気がないから知らない→知らないから入学者もいない→入学者がいないからますますレベルが下がる→レベルが下がるからますます注目されなくなる→注目されないからますます忘れ去られる。
と、そんな負のスパイラルから抜け出すことができずにただ開催されているだけの1000年近く放置されている負の遺産。
その人気の無さはここの現状を見ればわかるだろう。
大学衛星訓練校に毎年一つの町が形成されるくらいの入学希望者が集まるのに、武闘大学衛星訓練校は今年度の入学者はこの5人だけなのだ。
世界中から、この5人だけなのだ。
歩はアレだから実質4人なのだ。


そして冒頭の歩の叫びである。


つづく。