『「若者はかわいそう」論のウソ』 | カルチャースタディーズ研究所からのお知らせ

『「若者はかわいそう」論のウソ』


読売新聞書評3 

 書店に行くと相変わらず若者関連の新刊が多い。雇用、就活、草食系などバリエーションも増えた。そうした中で最近面白かったのが『「若者はかわいそう」論のウソ』(海老原嗣生、扶桑社新書)だ。「データで暴く『雇用不安』の正体」という副題が示すように、豊富な統計から、最近の若者は不況で就職口がなくてかわいそうだ、という論に反論を加え、今まで多くの人が見落としていた視点を数多く提供してくれる。
 たとえば、若年層(15-24歳)の雇用者に占める非正規社員の比率が5割に迫る、ああ、若者はかわいそうだ、という論への批判。たしかに2008年の「労働力調査」によると、若年層雇用者は534万人、うち非正規が249万人。たしかに5割に迫る。ところが驚いたことに、この249万人のうち118万人は学生バイトだという。学生以外の雇用者に占める非正規率は32%にすぎない。
 さらに、若年層の正社員がこの15年間で300万人も減った、ああ、若者はかわいそうだ、という論への批判。これも、そもそも若年層の人口自体が減少しているし、大学進学者数が増えているのだから、当然だと著者は批判する。
 しかし、大学進学者数が増えたのは若者の向学心が増したためではない。私が地方の某低偏差値大学の教員に聞いたところでは、その大学には高卒での就職に失敗した者が仕方なく大学に来るという。そして、彼らの中には平仮名を正確に書けない者や10000÷10の計算が出来ない者がいるというのである。それではたしかにろくな就職は出来ないだろう。
 では、大学を出るとどうなるか。本書によれば、四年制大学の卒業者が正社員となる数は過去20年で増えている。大学生数が増えているのだから、卒業後正社員になる人が増えるのは当然だ。第二次ベビーブームの入学が始まった1989年の大学生数は207万人だが、少子化の進んだ2010年は289万人。だが、大学生数の増加に対応して正社員の求人が増やせるわけではない。だから大卒者の就職率は1991年の81%から2010年はわずか61%に低下。
 それから、本書では指摘されていないが、重要なのは過去20年の大卒正社員数の増加分はほとんどが女性で占められているという点だ。大学を出て正社員になる数は今や男女ほぼ同数に近づき、就職率は男性より高い。これは男女平等の観点から慶賀に堪えない。
 もう一つ、まったく別の観点からの若者論が『希望難民ご一行様』(古市憲寿、光文社新書)である。著者は東大の大学院生。低価格の船で半年間で世界一周をするピースボートに乗り、その乗客を分析することで現代の若者の精神状況を論じたのが本書だ。若者分析としての目新しさはないが、著者の目的が若者に夢をあきらめさせることであるところが、ちょっと普通と違う。大人は若者に対して、勝間和代的に「やればできる!」「夢は叶う!」と言うタイプと、「いつまでも夢を見ていないで現実を見ろ」と言うタイプがいるが、若者自身は前者に違和感を持っているのである。
 いや、待てよ、ピースボートってのは、むしろ夢を追う若者や社会の変革を求める若者が乗るっていうイメージがあるがなあ、と思う読者は多いだろう。私もそう思っていた。しかし実際は、そういう「セカイ型」と著者が名付けるタイプは3割ほどで、あとは、みんなとの「毎日が楽しければいい」という「文化祭型」、単なる「観光型」、そして「自分探し型」。
 しかし「セカイ型」の多くも、旅が終わると、ピースボートという「共同体」で「一緒に楽しく暮ら」すことによって与えられる「相互承認」によって、「世界平和」といった「やたら大きな希望」を「あきらめ」るという。そうして「あきらめることができた人は幸せだ」と著者は言う。「じゃあ、誰が『あきらめない』で社会を変えればいい」かと言えば、「あきらめきれない人が勝手にすればいいこと」であり、「『あきらめろ』と言ったところで、やる人はやる」というのが著者の主張である。
 若者が海外旅行をしなくなった、留学もしなくなったと言われるが、『ニッポンの海外旅行』はそうした海外旅行観の変化を分析している。そこでも「沢木耕太郎の『深夜特急』に魅せられた若者が『ここではないどこか』を求めて旅することで『自分探し』をおこなったのに対し」、1990年代以降の若者は「どこに行っても理想郷などあり得ず、どこにいても自分がいるところに『日常』が生まれてしまうことを知っ」てしまい、「日本から一定の距離を取りつつも、それに対抗や反抗を試みず、いつか日本へ帰還する自分のなかに『日本人』を探すために旅している」と指摘する。