東京フィル&マエストロ・チョン・ミョンフンのヴェルディのオペラ「マクベス」をコンサート形式で鑑賞。
素晴らしい公演でした。
マクベスはいろんな形の劇上演で見ているから展開はわかっているけれど、ヴェルディのオペラ版は初めて。
権力と殺戮の悲劇から暗い曲が予想されたけれど、そこはさすがヴェルディ!歌っている内容はものすごく怖いのに!長調!マクベス夫人が高らかに権力欲を歌っても長調!マクベス夫人が夢遊の場で殺人の回想をしても長調!明るい調と言葉や表情の裏腹さが、こんなにも胸を締め付け、また複雑な感情をもたらすなんて!
その明るさとコントラストをつけるような、民たちの戦争のむごさ哀しさを歌う合唱の悲痛さ、マクベスが、自分が殺したバンクォーの幻影を見る時のおどろおどろしさ。
ドラマティックなドラマを振れ幅いっぱいに見せてくれた、歌手の皆さん、合唱の皆さん、マエストロチョン&東フィルの皆さんに心からのブラボーを。
コンサート形式だけど、いろんなステキな演出のおかげてとても楽しみました!特に魔女!素晴らしかったです。
それにしても、私は昔からマクベス夫人のことを興味深く感じていて、夫をそそのかして権力の階段を上り詰めようとした彼女は一体何であったのかと。今日、それは強い強いヴィットリア・イェオのマクベス夫人を見ながら、彼女は、男であったならば、違う方法で権力を目指せたのかもしれないな、と。
あの時代に女であり、武将の妻であった彼女は、自分の持ちうる全てのものに殺人というレバレッジをかけて自分の欲しい権力を引き寄せようとした。悪行の重ね方に同情の余地はないもののそこに哀しさを感じた私は彼女に肩入れしすぎでしょうか。というか、そう思わせるようなヴィットリア・イェオの歌と演技が素晴らしかったのでしょう、きっと。悪役に肩入れしたくなる時は、大体役者さんが素晴らしい時です!
そんなふうにマクベス夫人に思いを馳せてもなお、見終わって強烈に感じたのは、戦争の虚しさ。シェイクスピアの時代もヴェルディの時代も、そして現代も戦争が今尚続いていることに人間としての絶望を感じますが、同時に不戦の訴えを続けることの大切さも感じます。
ハラダチエさんのマクベス表紙のパンフレット、ステキでした!
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