佐藤ロドリゲス 達博のブログ

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タツ・ロドリゲスです。 あまりのハワイ好きが過ぎてついに会社を辞めてしまいました。 社会人経験=営業キャリアが、ハワイアンデザイナーに転身!!

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なんとなく導かれるようにとんでもなく久方振りにこのブログを更新しました。

日本においては西暦と言う暦の他に年号と言う、とても素敵な呼び方がありますね。
昨年末ちょいと前辺りから、様々なメディアでは、キーワードのように取り上げられた、「平成最後」と言う言葉。

このタイミングで生きているって凄い事ですね。
この時を迎えられる事、本当に一生に一度か二度の事となるでしょうから、そのうちの一度は本当に貴重だと思います。

これを読んで頂いている方の中には、自分のように小渕さんが「平成」のフリップをかざしている姿を昨日のことのように思い出せる方もいらっしゃるかと思います。

これはこの世界においてここに生きている人達にとって記念すべき事象で、しかも現在の天皇が生前に行われるのは正に貴重ですね。

今日という一日を、一時間を、一秒をしっかり生きる事は、「今」を意識的に感じる事でありますが、この、今の残された平成時代を噛みしめる事も、そしてここの人達が貴重な時間を感じて過ごすのも、どれも本当に大切なんですね。

あながち見過ごしてしまいがちであったり、特に男性は記念日を忘れると言う傾向にありますが、忘れてしまう、又は見過ごしてしまう事が悪い事でなく、限られた時間や空間を意識して楽しむことの素晴らしさを思い出すと素敵な事になりますねー。

自分は、両親ともに現在は他界していますが、それぞれが亡くなった時に、最後に一緒に食事をした事を思い出そうとしました。
19年前、母親が他界した時は残念ながら思い出せませんでしたが、4年前の父親の時はその甲斐あって、と言う表現をしてしまいますが、思い出す事が出来ました。

各々、それぞれの方々が迎える「今」。
いい、とか、悪いみたいな物差しで測る事はおススメしませんが、とにかくひたすら限られた時間や空間を少しでも感じる事の大切さを思い出した次第であります。

僕はひとりっ子で、両親とばあちゃんと4人で長い事暮らしました。僕を除くその3人の誰かに「お説教スイッチ」が入ると皆んながのっかりお小言タイムとなりました。
そんな嫌な記憶が残っていたんですが、父親が他界した時に、有り余るほどの遺していった物を整理しようと食器棚に着手しておりました。
当時皆んなで食卓を囲んでいた食器達がそこにはひしめき合っていたのです。
食器同士が軽く当たり、カチャンと音をたてた瞬間にそのお小言タイムが自分の中に、今、正に絶賛展開中の如く始まったんです。

でも、それは本当にドラマの回想シーンのように綺麗なモヤがかかっているんです。
自分にとって本当にイヤ〜な時間だったそれは、キラキラ輝いて頭の中いっぱいにひろがっていたのです。

「なんて光り輝いている時間なんだろー!」その思いしかありませんでした。
「今」を生きる事の難しさを同時に意識しましたが、その時に出来る精一杯の今を生きる事の大切さをその時に学ばせてもらいました。

この、平成の終焉をこうしてご縁のある方々と迎えられる事、これは正に物凄い事だと思います。