ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番Op.135はベートーヴェンの作品の中で最も最後に位置し、弦楽四重奏の中で最後の作品番号をもつ(作曲順は諸説有りこれは最後ではない)、半分あの世に足をいれて行ったり来たりしながら作曲した作品だ。
数ある精神性の高い弦楽四重奏曲群の中でも最もトップに位置するこの曲を3月に演奏するのだが、そのメンバーは第一バイオリンが僕で第二ヴァイオリンが昔からの友人の水谷晃(現東京交響楽団コンマス)そして、ビオラ川本嘉子、チェロ原田禎夫という泣く子も黙る重鎮を迎えて、という日本で考えられる最強のメンバーで挑む。

まず楽譜の版は決めておかなければ、と思いドイツにいる禎夫さんに電話した。

音楽をあまり詳しくない人のために書くと、ベートーヴェンなどの曲の場合、同じ曲でもいろいろな版が存在し、おおまかに言うとだが、昔からの演奏の歴史を反映したペータース版やブライトコプフ版に対し最近の研究で作曲家が実際に書いた筆跡をもとに作られた原典版と呼ばれるヘンレー版、ベーレンライター版などがある。

いろんな版があるので、誰かと一緒に弾くときにどの版を使うか統一しないと写真にあるようにボーイング(弓使い)、フィンガーリング(指使い)、アーテイキュレーション(音の表情)などがバラバラになってしまう。
上の写真は右の楽譜がペータース版で左がヘンレー版。

例えば9小説目のスラーの最後の音にスタッカートが書いてるのか、クサビが書いてるのか、ないのか、これは演奏法上大きな違いになり解釈に大きく関係する。

今の音楽界の流れとして、ヘンレーなどの原典版を使ったり少なくともそれを参照に解釈するのは常識になっている。


それで、電話で禎夫さんに

「いねこさん(川本さん)と僕はとりあえずヘンレー版で弾こうと思ってるんだけど、どう?」

と聞くと。

彼は驚くべき一言を発した。


「あんなものは邪道だ」


ん・・・?
僕は幻想が聞こえたかと思い聞き返すと

「あんな学者が書いた楽譜なんか弾けるかよ」

とか

「昔から使ってるペータースはやっぱり生活の知恵が入っていて最高だよ」

と世界を渡り歩いた東京カルテットを長く率いていたメンバーとは思えない事を言っていた。

彼が言ってることも一理あるのは本当によくわかる。。
楽譜上の事ばかりにとらわれ音楽をする事と論点がずれている意味のない演奏は僕も良くないと思う。

しかしそれにしても・・・


僕は

昔から使っていた楽譜を変えるとやっぱり弾きにくいですか?という言葉はかろうじて飲み込んだ、、、


夏に一緒に松本で馬のすき焼きを食べに行ったらご機嫌で馬の物マネをやってくれていた禎夫さんと同じ人は思えない。
ひひーん!と言いながらモノマネ中の原田氏↓


世界の原田は心は柔らかいが頭は硬かった?!(笑)