• 02 Feb
    • 日本の神々51 さほひめ 

      名称:佐保姫 系譜:佐保山の神霊 神格:春の女神 神社:佐保姫神社(奈良県)など 日本には四季をつかさどる神がいる。 中国では青竜・朱雀・白虎・玄武という迫力満点、コワモテな四神ががっつり四季(東西南北)を守っているが、日本では優雅な女神たちが四季を守る。 五行説では春は東の方角にあたることから、奈良時代、平城京の東に位置する佐保山が春の象徴とされた。そして、佐保山の神霊を「佐保姫」とよび、春の女神として崇めるようになったといわれている。 佐保姫は、白く柔らかな春霞の衣をまとう若々しい女性の姿でイメージされる。梅にはじまり桜で終わる、薄紅色の軽やかな日本の春のイメージである。

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  • 18 Dec
    • 日本の神々50 おおとしのかみ 

      名称:大年神・大歳神・歳徳神・年神 系譜:スサノオ尊の子 神格:穀物神。祖神。年徳神。来方神。 神社:葛木御歳神社(奈良県)大和神社(奈良県)など。 スサノオ尊とカムオオイチヒメの間に生まれた子。 もともと穀物の守護神であったが、のちに五穀豊穣を祈る神となった。 いつから日本で正月行事がおこなわれ始めたかは定かではないとされるが、農業が発達するにつれ、豊作を祈願して大年神を祀る行事が正月の中心となっていったことは、想像に難くない。 各家で準備する正月飾りは、もともと年神を迎えるためのものであった。 門松は年神が来訪するための依代(よりしろ)、鏡餅は年神への供え物である。 室町後期以降、年神は陰陽道の歳徳神と習合し、歳徳神のいる方位=「恵方」として、縁起をかつぐようになった。 来方神としての年神は、子どもたちにとっては、羽子板や独楽、凧、餅などをもってやってくる神と考えられていた。西洋のサンタクロースと似ているのが面白い。 そのせいで、現代日本の子どもたちは、クリスマスとお正月、冬休みに2回もプレゼントがもらえる、世界屈指のラッキーキッズになった(苦笑)。

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  • 25 Nov
    • 日本の神々49 どうそじん

      名称:道祖神 系譜:民間信仰の神 神格:路傍の神。子孫繁栄の神。旅行の神。 神社:洲崎神社(愛知県)など 道祖神は、厄災の侵入防止や子孫繁栄等を祈願するために、村の守り神として、集落のはずれや道の辻に祀られた民間信仰の石神である。甲信越地方や関東地方に多い。 神像、僧像、男女神抱擁像、祠形、丸石、積石、「道祖神」「道陸神」などの文字を刻んだものなど、様々な形態がある。 起源は不明で、一説には、古代中国「黄」の皇帝の旅行好きな息子が旅先で亡くなり、皇帝がその死を悼んで「道祖」と名づけて祀ったという道祖神信仰に関連しているとも言われる。 また、道祖神を「さいの神」と呼ぶ地域もあり、これは古事記に記されたイザナギ神の黄泉の国脱出劇のよもつひらさかの下りに登場する「賽坐黄泉戸大神」という大石を祀る「賽の神」信仰と習合したものと考えられている。 また、「せいの神」と呼ぶ地域もある。これは文字通り、性病、安産、妊娠、良縁などの祈願の対象となっており、道祖神の「性の神」としての信仰が、庶民レベルで根強くあった名残だと考えられている。

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  • 17 Oct
    • 日本の神々48 やたがらす(やたのからす) 

      名称:八咫烏 系譜:神武天皇を大和の橿原まで案内したカラス。 神格:先導神。太陽の化身。 神社:八咫烏神社(奈良県)下鴨神社(京都府)熊野本宮大社(和歌山県)など 名称の「咫(あた)」は長さの単位で、親指と中指を広げた長さ(約18cm)のことである。「八咫」は厳密に言うと144cmになるが、この場合は、単に「大きい」という意味であると言われている。 日本神話では、神武天皇が紀伊半島の新宮から大和国を目指して進軍していたとき、アマテラス大神が遣わしたヤタガラスの導きによって、無事に大和国に入ったとされている。 もともと、熊野三山においてカラスはミサキ神(死霊が鎮められたもの。神使)とされ、八咫烏は熊野大神(スサノオ尊)に仕える存在として信仰されていた。現在でも熊野のシンボルとされている。 また、『新撰姓氏録』では、ヤタガラスはタカミムスビ神の曾孫であるカモタケツヌミ神の化身であるとされる。奈良県の八咫烏神社や京都市の下鴨神社はカモタケツヌミ神を祀っている。 ヤタガラスは、通常、3本足のカラスとして描かれる。 3本足のカラスの伝承は、中国から朝鮮半島を経由して日本に伝わったと考えられているが、この3本の足の意味は何だろうか。 いわゆる「天・地・人」の三位一体説、太陽神との関係から「日の出」「昼光」「夕日」という太陽の三態、また、数字の象意として、偶数2=陰、奇数3=陽ということから、太陽には奇数がふさわしいなど、様々な意味が考えられている。 八咫烏の意匠は、日本サッカー協会だけでなく、自衛隊やバス会社のシンボルとしても使われている。 また、2004年には、火星と木星の間の軌道を公転している小惑星の名称として命名登録された。

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  • 04 Oct
    • 日本の神々47 わたつみさんじん 

      名称:綿津見三神(底津綿津見神・中津綿津見神・上津綿津見神) 系譜:黄泉から帰ったイザナギ神が禊をした時に生まれた神々 神格:海神。航海の神。漁業神。阿曇氏の祖神。 神社:志賀海神社(福岡県)、全国の綿津見神社・海神社 イザナミ神を追って黄泉の国へ行ったイザナギ神が帰り、橘小門の阿波岐原で禊をおこなったとき、水底で底津綿津見神、中ほどで中津綿津見神、水の上で上津綿津見神が化生した。この三神を綿津見三神という。 綿津見神の名前の「綿」は「海」を意味し、「津見」は「住む」と同じで、海に住む神=海神である。 『古事記』では、綿津見神の子のウツシヒカナサク命(宇都志日金析命)が阿曇連(阿曇氏)の祖神であると記している。阿曇氏は、筑紫地方で航海や漁業に従事した海人(あま)の部族を率いる豪族であったと考えられている。 志賀海神社は阿曇氏ゆかりの神社で、全国の綿津見神社・海神社の総本社である。 ワタツミ(綿津見三神)以外のおもな海の神としては、スミヨシ(住吉三神:住吉族が奉斎)・ムナカタ(宗像三女神:宗像族が奉斎)が知られ、九州北部にはそれぞれを祀る住吉神社・宗像大社が鎮座する。 日本の神々35 すみよしさんじん http://ameblo.jp/tarotsakurako/entry-11891263394.html 日本の神々16 むなかたさんじょしん http://ameblo.jp/tarotsakurako/entry-11855657879.html

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  • 28 Sep
    • 日本の神々46 ひとことぬしのかみ

      名称:一言主神・葛城神・一言さん 系譜:葛城山の神 神格:託宣神 神社:一言主神社(奈良県)土佐神社(高知県)など 一言主神は葛城山の神で、吉凶を一言で言い放つ託宣神といわれている。 『古事記』には、このように記されている。 あるとき、雄略天皇が葛城山へ鹿狩りをしに行ったとき、天皇一行とまったく同じかっこうの一行が、向かいの尾根を歩いているのをみつけた。天皇が名を問うと「われは悪事も一言、善事も一言、言い離つ神。葛城の一言主の大神なり」と答えた。天皇はおそれいり、弓や矢のほか、官吏たちの着ている衣服を脱がせて一言主神にさしあげた。 『日本書紀』には、天皇と張り合いつつ、ともに狩りを楽しんだ記述がみられる。 平安時代に著された『日本霊異記』では、役行者に駆使される精霊的存在、呪縛される存在として描かれ、修験者である役行者のパワーが、一言主神より勝っているのがみてとれる。仏教の隆盛により、日本古来の神々への信仰が衰退していったのを物語っているようだ。 しかし、役行者を祖とする修験道が衰退するとともに、一言主信仰はふたたび盛り返し、一言の願いであれば何でも聞き届ける神として篤い信仰を集め、現在に至っている。

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  • 25 Sep
    • 日本の神々45 すがわらのみちざね(てんじんさま)

      名称:菅原道眞(天神様)・天満大自在天・日本大政威徳天 系譜:平安時代の公家で学者・文人・政治家 神格:文神。学問の神 神社:北野天満宮(京都府)太宰府天満宮(福岡県)湯島天神(東京都)など 人間の霊が神となった代表例として、あまりにも有名な菅原道真公。 道真公を祭神とする天満宮・天神社系の神社は、全国10441社と言われ、日本の神々の中でも分社の多さでは第4位である。そのほとんどが、京都の北野天満宮と福岡の太宰府天満宮から勧請されたものである。 道真公は、代々学者だった家に生まれ、長じて学者、文人、政治家として卓越した能力を発揮した。幼少期から文才に優れ、醍醐天皇のときに、55歳で右大臣に上りつめた。ところが、そこで政治的な暗闘、学閥の抗争に巻き込まれ、藤原氏の讒言により失脚し、九州太宰府に左遷されてしまう。都を去るときの有名な和歌は次の通り。 「東風吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」 その道真の愛した梅が、一夜にして京都から太宰府に飛んできたのが、大宰府天満宮拝殿横に今も咲き続ける「飛梅」である。春、境内のほかの梅に先駆けて、真っ先に、華やかに花開く。 道真は、太宰府に左遷されて2年後に、無念の思いを残しつつ死んだ。その後、門弟らによって建てられたのが太宰府天満宮である。 道真が太宰府で死んだ頃から、都では天変地異(落雷や火災、疫病)がつづくようになった。人々はそれを菅公の祟りとして怖れた。もちろん、最も恐怖したのは、道真を陥れた貴族たちだったにちがいない。 人々の恐怖は時の天皇を動かし、北野にあった天神廟の傍らに霊廟を建て、天満大自在天と呼んで、その霊を慰めたのが、道真公の神界デビューの始まりであった。 怨念を残して死に、祟りをなす死者の霊を「御霊(ごりょう)」といい、その御霊を神に祀り上げて怒りを鎮めようと生まれたのが「御霊信仰」である。道真も最初は、そうした御霊信仰のなかで、神様としてスタートした。 しかし、おそろしい「御霊」としての信仰が落ち着くにつれ、学問や文芸に秀でた道真公の人物や業績に目が向けられるようになり、次第に、今見るような「学問の神様」として崇敬を集めるようになっていった。 ちなみに、「学問の神様」というと品行方正を絵に描いたような堅物な人物像がイメージされるかもしれないが、道真公には、正室が生んだ一男一女の嫡子以外に、生母不明とされる十男三女の子どもがおり、子沢山な艶福家でもあったらしい。

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  • 27 Aug
    • 日本の神々44 かもわけいかづちのかみ

      名称:賀茂別雷神・賀茂大神・賀茂別雷命 系譜:ホノイカズチ神(またはオオヤマクイ神)とタマヨリヒメ神の子 神格:治水神。農業神。 神社:賀茂別雷神社(京都府)など カモワケイカヅチ神は、賀茂別雷神社(通称・上賀茂神社)の祭神である。 字の通り雷神であるが、そもそも「雷」とは「神鳴り」で、「別雷」は「若雷」を意味する。つまり若いエネルギーを備えた「神鳴り」ということである。 雷は龍神としてもイメージされてきたように、降雨をもたらす力をもっており、若々しいエネルギーを秘めた雷神は、大切な作物をすくすく成長させる霊力を発揮する存在と考えられた。雷光=イナズマは、稲を実らす「稲妻」である。 カモワケイカヅチ神は、乙訓神社のホノイカズチ神が丹塗矢となって川を下り、鴨川の水の神を祀る巫女タマヨリヒメ神と婚姻して生まれた神であると『山城国風土記』逸文に伝えられている。丹塗矢は、神霊の占有をあらわす斎串と同等と考えられていたらしい。 カモワケイカヅチ神は、記紀神話には登場しないことから、山城国(京都)のローカル神(産土神)と考えられている。 地域のローカル神が、特にその神威を高めることになったのは、桓武天皇の平安遷都以後のことである。新たに平安京を造った桓武天皇は、古くから山城国をまもってきた産土神に、都の安全を保障してもらおうと、鎮護神として祀るようになった。そうした朝廷による祭祀の様子を今にとどめているのが、毎年5月におこなわれる葵祭(賀茂祭)である。 ちなみに、賀茂御祖神社(通称・下鴨神社)の祭神カモタケツヌミ神は、タマヨリヒメ神の父で、カモワケイカヅチ神の祖父にあたる。 賀茂別雷神社と賀茂御祖神社は、ともに賀茂氏の氏神を祀る神社で、賀茂神社(賀茂社)と総称される。

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  • 19 Aug
    • 日本の神々43 ことしろぬしのかみ

      名称: 事代主神・八重言代主神・八重事代主神・積羽八重事代主神 系譜:オオクニヌシ神の子。奈良鴨氏の氏神。 神格:海の神。託宣神。商業神。 神社:美保神社(島根県)三輪惠比須神社(奈良県)長田神社(兵庫県)事代主神社(徳島県)など 名前の「コトシロ」は「言/事知る」の意で、託宣を司る神である。 「言」とも「事」とも書くのは、古代においては「言(言葉)」と「事(出来事)」とを区別していなかったためと考えられる。 コトシロヌシ神は、神話の中では出雲のオオクニヌシ神の息子として「国譲り」の話に登場する。 ※関連過去記事「たけみなかたのかみ」 http://ameblo.jp/tarotsakurako/entry-11899440479.html この神話の中で、オオクニヌシ神はコトシロヌシ神に、出雲の大地母神カミムスビ神の意志をうかがわせて、返事をさせている。このような「託宣」機能が、コトシロヌシ神の特徴である。 「事を知る」という神名は、もともと固有名詞ではなく一種の役職名で、神懸かりして託宣する呪術の専門家(神主や巫女)に対する称号だったと考えられる。日本の神は、神自身は語らず言わず、神と人を媒介する人間によって神の意志が伝えられる。このようなことから、コトシロヌシ神は、神の意志を伝える神主や巫女の「機能の神格化」とも考えられる。 コトシロヌシ神の出自に関しては、ふたつの説があるようだ。 1.もともと海から寄り来る来訪神で、出雲の美保神社周辺の土着の神であった。 2.もともとはヤマトの葛城の田の神であった。国譲り神話の中で、出雲のオオクニヌシ神の子とされるようになった。葛城王朝において、コトシロヌシ神は重要な地位を占めており、現在でも宮中の御巫八神の一つになっている。葛城には、コトシロヌシ神を祀る鴨都波神社(奈良県)があり、全国の鴨(賀茂・加茂など)と名の付く神社の名前の由来となっている。 さらに、美保で引き籠ったコトシロヌシ神が、伊豆の三宅島で三島明神になったとする伝承もある。富士山の神とともに10の島を生み、現在の三嶋大社(静岡県)に鎮座したとされる。 託宣神のほか、国譲り神話において釣りをしていたことから釣り好きとされ、海と関係の深いエビス神と同一視され、海の神、商業の神としても信仰されている。七福神の中のエビス神が大鯛を小脇にかかえ、釣竿をもっているのは、国譲り神話におけるエピソードによるものである。 ※関連過去記事「えびすのかみ」 http://ameblo.jp/tarotsakurako/entry-11906610339.html

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  • 12 Aug
    • 日本の神々42 ひるこのかみ

      名称:蛭子神・恵比須神 系譜:イザナギ神とイザナミ神の間に生まれた第1子 神格:海の神。福の神。商業神。 神社:西宮神社(兵庫県)蛭子神社(神奈川県)岩樟神社(兵庫県)など 『古事記』によると、ヒルコ神は、国生みの際、イザナギ神とイザナミ神との間に生まれた最初の神。しかし、子作りのさいに、女神であるイザナミから先に声をかけたのが原因で、身体の不自由な子に生まれたため、葦の舟に入れられオノゴロ島から流されてしまう。 『日本書紀』では必ずしも最初に生まれた神ではないが、不自由な身体に生まれるのも、後で流されるのも同じである。 流されたヒルコ神が流れ着いたという伝説は、日本各地に残っている。 日本の沿岸地域では、海からの漂着物をエビス神として信仰するところが多く、ヒルコ神がエビス(恵比寿・戎)と習合・同一視されるようになったと考えられる。 ヒルコ神=エビス神を祭神とする神社は多く、なかでも西宮神社(兵庫県)はエビス神の総本社として知られている。 ※関連過去記事「えびすのかみ」 http://ameblo.jp/tarotsakurako/entry-11906610339.html

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  • 08 Aug
    • 日本の神々41 えびすのかみ

      名称:恵比須神・夷三郎大明神 系譜:七福神の一柱 神格:海の神。福の神。商業の神。 神社:西宮神社(兵庫県)今宮戎神社(大阪府)など エビス神は七福神の一員として馴染み深い。七福神はインドや中国由来の福の神で構成されているが、その中で唯一の日本古来の神がエビス神である。古くから漁業の神であった。 「えびす」そのものは異邦人を意味する言葉で、もともと、異郷から来て幸をもたらす来訪神、客神(まれびとがみ)を指し、人々の前にときたまあらわれる外来物に対する信仰をあらわしている。 地方によっては、クジラやサメ、イルカをエビス神というところもある。これはクジラ等に追われて、大量の魚群が浜辺ちかくに現れることから、霊力のある神と考えられたものである。 鎌倉時代以降は、市の発展や商業の発達にともなって、商業守護の神として商人たちの信仰を集めるようになり、市の神、市場の守護神としての信仰も盛んになった。 恵比須信仰が拡大するさい、西宮神社の「戎まわし」という神事芸能が大きな力になった。西宮の戎神社が、商都大阪、堺を中心として庶民の信仰を集め、勢力を増していくと同時に、「戎まわし」の下級神人やクグツ師らが、エビス神の御札と人形をもって諸国を旅した結果、広範囲にエビス信仰が布教されていった。 エビス神は記紀神話に登場しない神であることから、該当する神として諸神が考えられた。蛭子、事代主神、少名比古那神、彦火火出見尊(山幸彦)等である。現在では、蛭子神と事代主神を祀る神社が圧倒的に多い。 蛭子神と事代主神については、次回以降で詳述する。

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  • 02 Aug
    • 日本の神々40 あつたのおおかみ

      名称:熱田大神・熱田大明神 系譜:三種の神器の1つ・草薙神剣(天叢雲剣)の神霊 神格:剣神。戦神。 神社:熱田神宮(愛知県)など 熱田大神は、三種の神器のひとつ草薙剣を祀る熱田神宮の祭神である。 熱田神宮は伊勢神宮につぐ由緒をもつ古社で、熱田神宮に草薙剣が祀られるようになった経緯について、『古事記』では次のように語られている。 ヤマトタケル尊が父景行天皇の命をうけて、東国征伐に行く前、伊勢神宮に参拝した。そのとき、伊勢の斎王となっていた叔母のヤマトヒメから草薙剣を授かる。 その後、無事に東国平定を終え、尾張まで戻ってきたヤマトタケル尊は、尾張国造の娘ミヤズヒメと結婚する。 伊吹山の邪神退治に出かける際、ミヤズヒメに剣を預けてでかけたが、邪神の毒気に当たり、無念の死を迎える。 夫の死を悲しんだミヤズヒメは、尾張一族の祭場だった熱田の地に社を建て神剣を祀ったという。 そもそも草薙剣は、スサノオ尊がヤマタノオロチ退治の際に、オロチの尾の中から発見した神剣「天叢雲剣」である。スサオノ尊はそれをアマテラス大神に献上した。アマテラス大神は、それを天孫降臨のさいにニニギ神にさずけた。そして、その神剣は伊勢のヤマトヒメからヤマトタケルに授けられ、その後、妃のミヤズヒメのもとに預けられたということになる。 ミヤズヒメは尾張氏の祖とされており、草薙剣が太陽を表すアマテラス大神を象徴するとすれば、一連の物語は太陽神と一族の巫女との神婚譚とみることもできる。もともと熱田の地で祀られていたのは、伊勢と並ぶ有力な太陽神だったという説もあり、いずれにせよ、熱田大神とは、豊穣をもたらす太陽神と戦神である霊剣、この両方のパワーをもった強大な神ということができる。

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  • 25 Jul
    • 日本の神々39 たけみなかたのかみ(すわのかみ) 

      名称:建御名方神・武南方神・諏訪神 系譜:オオクニヌシ神の子。兄はコトシロヌシ神。 神格:軍神。狩猟神(山の神)。農耕神(風の神)。 神社:諏訪大社(長野県)など タケミカヅチ神とフツヌシ神が、国譲りの交渉のため出雲に天下ったとき、オオクニヌシ神の子コトシロヌシ神は、国譲りの意志を示したが、力自慢の弟のタケミナカタ神は「力比べをして決めよう」と言い、タケミカヅチ神に挑んだ。しかし、あっさり負けてしまう。敗れたタケミナカタ神は信濃国に逃れ、諏訪湖のほとりに隠棲した、と『古事記』には語られている。 名前の「タケ」は、ヤマトタケルやタケミカヅチなどと同様「猛々しい」ことを表し、「ミナカタ」は「水潟」を表しているという説がある。本来、諏訪神は諏訪地方のローカル神で、諏訪湖に宿る龍神や山の神の一種である狩猟神だったのが、そのパワーの強さから、武威に優れた神のイメージが発展し、全国的な軍神、武神として活躍するようになったとも言われている。 元寇の際、龍神として神風を吹かせたり、坂上田村麻呂の東征をサポートしたりする等、軍神としての活躍の伝承は数多く、鹿島神、香取神とともに、東の武神として、西の八幡神に匹敵する崇敬を集めている。

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  • 21 Jul
    • 日本の神々38 ふつぬしのかみ(かとりのかみ) 

      名称:経津主神・香取神・斎主神・伊波比主神・布都怒志命 系譜:イザナギ神が斬った火の神カグツチの血から生まれたイワツツヒメの子 神格:剣神。武神。軍神。 神社:香取神宮(千葉県)春日大社(奈良県)石上神宮(奈良県)塩釜神社(宮城県)など フツヌシ神は香取神宮の祭神である。 利根川をはさんで、香取神宮の向かいには鹿島神宮があり、鹿島の祭神タケミカヅチ神と香取の祭神フツヌシ神は、対で扱われることが多い。『古事記』では同神らしく書かれている。これには種々の事情があるようだ。 まず、「フツ」というのは、剣の斬れる音をあらわし、刀剣の威力を意味する。タケミカヅチ神が用いたとされる十柄剣である霊剣フツノミタマを神格化したものがフツヌシ神とも言われているが、ある意味、タケミカヅチ神自身もフツノミタマ剣の神格化と言われている。 双子のようにつかず離れず、フツヌシ神とタケミカヅチ神は常に行動をともにし、出雲に天下って国譲りの交渉をしたり、神武天皇を助けて東征を成功させたりしている。 ひとつの霊剣の神がなぜふたつに分かれたかということに関して様々な説があるが、一説には、同じ神霊を別々の有力な氏族が守護神として信仰していたからというのがある。 最初に大和朝廷を支えて権力をふるった物部氏が祖神としていたのがフツヌシ神。物部氏が衰退したあと、変わって権力をにぎったのが中臣氏(のちの藤原氏)が祖神としたのがタケミカヅチ神だった。 フツヌシ神を最初に祖神として祀ったのは物部氏であるが、中臣氏(藤原氏)も氏神神社である春日大社に、タケミカヅチ神とともにフツヌシ神を祀っている。霊剣の神格化した神(軍神・武神)は、常総地方の有力な地方神だったのだろう。 現在、霊剣フツノミタマとされる剣は2フリあり、鹿島神宮と石上神宮に保管されている。

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  • 15 Jul
    • 日本の神々37 たけみかづちのかみ(かしまのかみ)

      名称:武甕槌神・鹿島神・建御雷之男神・建御雷神・武甕雷男神・建布都神・豊布都神 系譜:イザナギ神が火の神カグツチ神を斬ったときの血から生まれた神。藤原氏の祖神。 神格:刀剣神。武神。軍神。雷神。 神社:鹿島神宮(茨城県)春日大社(奈良県)石上神宮(奈良県)など タケミカヅチ神は、鹿島神宮、春日大社の祭神である。 タケミカヅチ神は、イザナギ神がカグツチ神の首を斬ったとき、その剣のつば先にほとばしった血から生まれたとされる。この誕生譚に象徴されるように、剣の霊力を体現した神で、霊剣十握剣(とつかのつるぎ・フツノミタマ)の神格化と考えられる。 タケミカヅチ神の主な業績は、以下のとおり。 ・天鳥船(あめのとりふね)で出雲国に降り立ち、十握剣を波のうえに逆さに立て、剣の切っ先にあぐらをかいて、オオクニヌシ神に国譲りを迫った。 ・オオクニヌシ神の子のタケミナカタ神(諏訪神)と力くらべをして勝った。(相撲の起源) ・神武天皇の東征のおり、高倉下(たかくらじ)の夢に現れて、天皇の危機を救った、等々 もともと、鹿島神は、常総(千葉北部・茨城南部)の地方神だった。 大和と異界(=関東以北の地)の境界に宿る鹿島神は、異界の悪霊をふせぐ強い霊力を持つ神と考えられていた。 大和朝廷が東北に遠征するさい、鹿島の地は重要な拠点として機能し、鹿島神は、東北へ進軍する朝廷軍を守護する軍神として霊威を発揮した。 有力氏族の中臣氏(藤原氏)は鹿島をふくむ常総地方の出身で、古くから鹿島神を信奉していたことから、平城京に春日大社が作られると鹿島神を勧請し、一族の氏神とした。これにより、鹿島神は、一躍中央の舞台に進出し、日本の有力な神としての地位を獲得したと言われている。 ナマズ(地震)を制するタケミカヅチ神

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  • 11 Jul
    • 日本の神々36 こんぴらのかみ

      名称:金毘羅神・金刀比羅神・琴平神・金毘羅大権現 系譜:オオモノヌシ神。宮毘羅大将。 神格:海の神。航海の神。水の神。 神社:金刀比羅宮(香川県)など全国約600社の金刀比羅神社 金毘羅神、あるいは金毘羅大権現は、香川県の琴平山(象頭山)の山岳信仰と修験道が融合した神仏習合の神である。 金毘羅の名前は、サンスクリット語のクンビーラに由来する。クンビーラとは、ガンジス川に生息するワニが神格化したもので、仏法の守護者、薬師如来12神将のひとり宮毘羅大将のことである。クンビーラは、また、マカラともいう。名古屋城の金のシャチホコは、マカラであるといわれている。 鰐神は、龍王あるいは海神として、海難祈願や雨乞いなど水に縁ある善神とされ、我が国に垂迹して金毘羅大権現となった。 明治元年の神仏分離令によって、それまで社務を兼務していた真言宗の松尾寺は廃止され、琴平神社(同年7月に金刀比羅宮と改称)に改組され、主祭神の名はオオモノヌシと定められた。また、相殿には崇徳上皇を祀っている。崇徳上皇は、保元の乱で讃岐に流刑され、ここで亡くなり、天狗に化されたと伝えられている。 金毘羅大権現は完全には消失しておらず、少数ではあるが廃仏毀釈を免れた真言宗の寺院で祀られている。真言は「オン・クビラヤ・ソワカ」 マカラ

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  • 09 Jul
    • 日本の神々35 すみよしさんじん

      名称:住吉三神・墨江三神・住吉大神・底筒之男命、中筒之男命、表筒之男命の総称 系譜:イザナギ神が海で禊をしたとき生まれた神 神格:海の神。航海の神。漁業の神。軍神。和歌の神。 神社:住吉大社(大阪府)住吉神社(福岡県)住吉神社(山口県)住吉神社(長崎県)など全国の住吉神社 イザナギ神が黄泉の国から帰還したとき、ケガレを落とすため海で禊をした。そのとき、水底で底筒之男命、なかほどで中筒之男命、水の上で表筒之男命が生まれたとされる。この禊では、同時に、綿津見の三柱の神(底津綿津見神、中津綿津見神、上津綿津見神)も、水底、なかほど、水上で生まれている。 宗像三女神とおなじように、地方の豪族の氏神だったものが、全国に広まったという説がある。 綿津見三神などを祖神とする筑紫の海の豪族・安曇氏が祀っていた海神とされ、神功皇后の三韓征伐のときに華々しい霊威を発揮し、その後、中央にまで信仰が拡大した。これは、三韓征伐のおり、神功皇后を背後からささえたであろう安曇氏の勢力が、一気に全国に拡大したことを意味している。 ※関連過去記事「日本の神々33 じんぐうこうごう(おきながたらしひめのみこと)」 http://ameblo.jp/tarotsakurako/entry-11888225007.html 住吉三神を祀る住吉神社は、日本全国に約600社ある。 歴史書等に残るもっとも古い記述で、「日本第一の住吉」とされるのは、博多の住吉神社、壱岐市の住吉神社、神戸市の本住吉神社というのが有力。 住吉大社は、和歌三神の一社としても崇敬を集めている。 これは、平城天皇が行幸のおり、「我みても 久しくなりぬ 住の江の 岸の姫松 幾代経らむ」という歌を、住吉大明神の示現によって詠まれた、という故事に由来しているといわれる。

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  • 07 Jul
    • 日本の神々34 たけうちのすくね

      名称:武内宿禰・建内宿禰・高良玉垂神 系譜:第8代孝元天皇の孫 神格:長寿の神 神社:宇倍神社(鳥取県)気比神宮(福井県)高良大社(福岡県)など 古代史上、もっとも謎めいた人物として知られる武内宿禰。 景行天皇から成務、仲哀、応神、仁徳まで五代の天皇に仕え、 300歳を超える長寿を誇ったと言われている。 この破天荒な長寿を説明するため、二方向からの試みがなされている。 ・天皇の在位 (計算が違う・複数の在位を合計しているetc) ・武内宿禰という存在 (1人の人物ではなく、役職をさす、同名の子孫をさすetc) もしくは、古代、半神半人が実在し、彼らは巨大にして長寿であった等々。 謎は果てしないが、長期間、第一線で国王を補佐してきた政治力(と神霊力)に、篤い信仰がよせられている。 おもな業績は以下の通り。 ・景行天皇時代の蝦夷地視察 ・神功皇后の三韓征伐への参加 ・応神天皇誕生後のカゴサカ、オシクマ皇子の反乱討伐 高良大社に祀られている、八幡神(応神天皇)の第一の随神とされるコウラタマタレ神は、竹内宿禰だと考えられている。 五円札に描かれた竹内宿禰

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  • 03 Jul
    • 日本の神々33 じんぐうこうごう(おきながたらしひめのみこと)

      名称:神功皇后・気長足姫尊・息長帯比売命 系譜:第14代仲哀天皇の后。第15代応神天皇の母。 神格:聖母神。武芸の神。 神社:香椎宮(福岡県)住吉大社(大阪府)宇佐神宮(大分県)全国の八幡社など 神功皇后は、自ら兵を率いて朝鮮半島に遠征し新羅を征討した英雄的支配者、神秘的霊威力を示す巫女として知られている。 夫の仲哀天皇が南九州のクマソ族を征伐しようとしたとき、神功皇后が神がかりして占うと、「西方に金銀財宝の豊かな国がある。それを服属させて与えよう」という神の託宣を得た。それを信じずクマソ征伐をおこなった仲哀天皇は、神の怒りにふれて急死する。 葬儀後、ふたたび神意を問うと、「この国は御腹に宿る御子が治めるべし」という託宣があった。このときサニワした竹内宿禰が、託宣する神の名を問うと、住吉三神であると告げられた。 この住吉大神の託宣により、皇后は、お腹に子ども(のちの応神天皇)を宿したまま、筑紫から玄界灘を渡って朝鮮半島に出兵し、新羅を攻めた。新羅は戦わずして降服し、朝貢を誓い、高句麗・百済も朝貢を約したという(三韓征伐)。 遠征中は、お腹に月延石(鎮懐石とも)と呼ばれる石を当てて、さらしを巻き、冷やすことによって出産を遅らせたとされる。月延石は3つあったとされ、それぞれ長崎県壱岐市の月讀神社、京都市西京区の月読神社、福岡県糸島市の鎮懐石八幡宮に奉納されたと言われている。 祭政一致の古代国家においては、女性が神主となり、神意により政治をおこなっていた。その代表格が卑弥呼であるが、神功皇后のイメージはそんな卑弥呼と重ね合わせることができる。また、自ら軍を率いて功績をあげるという伝説は、単に女傑というだけにとどまらない、神懸かりした女性の強い霊力をも感じさせる。 今日では、本来の聖母神としての信仰があつい神功皇后であるが、戦前は朝鮮侵略という軍国主義政策をささえる大きな役割を果たした。 イタリア人画家による明治期の紙幣(西洋風の肖像画)

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  • 01 Jul
    • 日本の神々32 はちまんのかみ(やはたのかみ)

      名称:八幡神・誉田別命・応神天皇・八幡大菩薩 系譜:宇佐氏の氏神。奈良時代以降、応神天皇と習合。 神格:武神。軍神。鍛冶の守護神。農業神。 神社:宇佐神宮(大分県)石清水八幡宮(京都府)鶴岡八幡宮(神奈川県)箱崎宮(福岡県)など 八百万の神々の中でも、とりわけ広く信仰されているのが、この八幡神である。 全国に分布する社の多さは、稲荷社に次いで第二位にランクされている。 現在、八幡神=応神天皇とされているが、応神天皇との関係は記紀の記録にもないことから、八幡神の由来は応神天皇とは無関係であったと考えられている。 もともと宇佐八幡宮(宇佐神宮)は、地元の大神氏(宇佐氏)の氏神をお祀りしていた。それが奈良時代以降、応神天皇と習合し、八幡三神=応神天皇・比売神(宗像三女神)・神功皇后(応神天皇の母)となったと考えられている。 八幡神は、託宣をよくする神として知られており、東大寺大仏建立のおりも、「八幡神が天地地祇を従えて、銅の湯を水とし、我が身を草木土に交えて、大仏鋳造しよう」と託宣し、大仏建立に助力したと伝えられている。このように、真っ先に仏教と習合・提携した八幡神は、781年に八幡大菩薩の号を奉られ、以後、寺院の鎮守に勧請されることが多くなり、一躍、全国に広まった。 ヤマトの西端にあるローカル神だった八幡神は、このように全国に広まり、数々の奇端を現して大和朝廷の守護神となった。また皇室の祖神として、伊勢神宮とともに尊崇されるようになった。皇室を祖とする源氏一族も、氏神として崇めたので、その人気はますます拡大した。 八幡神の巴紋は、武将紋であるとともに、水の渦巻き状態をも表し、このことから防火の霊力をも持つと信じられている。屋根の四方に巴紋を配置するのは、悪霊防御とともに防火を狙ったものであると言われている。

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