ネット上のみならず、各種マスコミでも「麻生太郎の人権感覚の欠如」といった切り口で取り上げられるネタをまずご紹介します。

 『野中広務 差別と権力』 と題された本から、引用しましょう。

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 ちなみにこの本は、講談社から2004年に発行された本で、著者は魚住 昭なる人物です。ページ数は350ページを超え、それなりの厚さの本に仕上がっています。表紙の絵は、なかなか似ているといってよいレベル。
 注意しなければならない点は、例えば政治家同士の話し合いの場面など、著者本人がその場にいなかったであろう場面も「著者がその現場にいて、眼前で見ていた聞いていたかのように」描写されていることです。『小説吉田学校』風といえばおわかりいただけますでしょうか。
 それはさておき、具体的に描写を確認してみましょう。

344ページ 8行目から

 永田町ほど差別意識の強い世界はない。彼(※注:野中広務のこと)が政界の出世階段を上がるたびに、それを妬むものたちは陰で野中の出自を問題にした。総裁選の最中にある有力代議士は私に言った。
「野中というのは総理になれるような種類の人間じゃないんだ」
 自民党代議士の証言によると、総裁選に立候補した元経企庁長官の麻生太郎は党大会の前日に開かれた大勇会(河野グループ)の会合で野中の名前を挙げながら、
「あんな部落出身者を日本の総理にはできないわなあ」
と言い放った。


さらにこう続きます。

 麻生事務所は「地元・福岡の炭鉱にからむ被差別部落問題についての発言が誤解されて伝わったものだ」と弁明しているが、後に詳しく紹介する野中発言によると、大勇会の議員三人が麻生の差別発言を聞いたと証言しているという。

002

 この魚住記述「だけ」を根拠にすれば、「麻生は差別主義者だ!」といった言説にも一定の説得力が出てきます。
 しかし、まるっきり食い違う情報も存在します。

 『週刊文春 2008年3月27日号』 にて、「ポスト福田の「大本命」 麻生太郎が総理になれない理由」と題された記事です。この記事を書いているのは、政治ジャーナリスト 藤本 順一なる人物です。

53ページ3段目10行目から

 事の発端はこの一週間前、河野グループの例会で麻生が行った講演だった。この中に有力幹部を誹謗中傷する内容が含まれてたというのである。しかし、実際の講演内容は石炭六法の旧産炭地行政の歴史と現状に触れただけで、幹部を誹謗中傷した箇所はどこにもなかった。

さらにこう続きます。

 有力幹部はある通信社の宏池会担当記者からこのときの発言メモを入手していた。ところがこのメモは、麻生との後継者争いに敗れて河野グループを離脱したベテラン議員が、麻生憎しででっち上げたものだったことが、後に明らかになっている。


003

 魚住記述の内容と藤本記述の内容を照らし合わせれば、おそらく野中広務=有力幹部、なのでしょう。
 さて、魚住記述では

野中の名前を挙げながら、
「あんな部落出身者を日本の総理にはできないわなあ」
と言い放った。


とありますが、
藤本記述では

石炭六法の旧産炭地行政の歴史と現状に触れただけで、幹部を誹謗中傷した箇所はどこにもなかった。

とあります。はてさて、どちらが真実なのでしょうか。それとも、どちらも真実ではないのでしょうか。

 この2つの記述を並べて比較したとき、健全な思考力をもっている日本人ならば、片方が真実でもう片方は虚偽、などという結論は導きだせないでしょう。にもかかわらず、魚住記述「だけ」を根拠として「麻生太郎は差別主義者だ!」などという麻生太郎に対する誹謗中傷、罵詈雑言、人権侵害がネット上のみならず、日本の各種マスコミにおいてもまかり通っているのが現状です。情報を多面的に収集・検証することなしに商売を続けていけるのですから、マスコミとはなんと楽な商売なのでしょうか。

 別の面からも検証してみましょう。再び上記魚住本から引用します。

352ページ 3行目から

 立ち上がった野中は、
「総務会長、この発言は、私の最後の発言と肝に銘じて申し上げます」
と断って、山崎拓の女性スキャンダルに触れた後で、政調会長の麻生のほうに顔を向けた。
「総務大臣に予定されておる麻生政調会長。あなたは大勇会の会合で『野中のような部落出身者を日本の総理にはできないわなあ』とおっしゃった。そのことを、私は大勇会の三人のメンバーに確認しました。君のような人間がわが党の政策をやり、これから大臣ポストについていく。こんなことで人権啓発なんてできようはずがないんだ。私は絶対に許さん!」
 野中の激しい言葉に総務会の空気は凍りついた。麻生は何も答えず、顔を真っ赤にしてうつむいたままだった。


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 自民党の総務会の現場に著者本人がいたのかどうか明記されていませんが、前後のくだりを読むとおそらくその場にはいなかったものと考えられます。ですので、一言一句の違いも無くこのような発言がなされたのか、本当に空気が凍りついたのか、目視で確認できるほど麻生太郎の顔が真っ赤になったのか、真実はその場にいた人間にしかわかりません。

 この件に関する麻生太郎の発言はこうです。

第162国会 総務委員会 第3号 2005年2月22日 の国会での総務大臣としての答弁です。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/162/0094/16202220094003c.html

○中村(哲)委員
 民主党・無所属クラブの中村哲治でございます。
(中略)
 まず、野中広務前衆議院議員の発言に基づく案件でございます。
(中略)
 そこで、麻生総務大臣に伺います。この大勇会の会合で、野中のような部落出身者を日本の総理にはできないわなとおっしゃったことは事実でしょうか。

○麻生国務大臣
 私、ちょっとその本(※注:『野中広務 差別と権力』のこと)を読んでいないし、何という人が書かれたか知りませんけれども、その方の取材も受けたこともないし、面識もない、それをまず第一に申し上げておきたいと思います。
 それから、野中先生の発言は、私、その場にいましたから、総務大臣に予定されていると言われましたけれども、私は、総務大臣に予定されていたのはその次の日でありまして、前の日に自分が何大臣になるかということを知っていた大臣はゼロです。したがって、下を向いて赤くなりもしませんでしたから。正直申し上げて、今の記述はかなり違っていると思いますが、私は、その発言については事実とは全く違っていると思っております。
 大勇会の中でその種の話があったという三人というのが、どなたを指して三人と言っておられるのかは存じませんが、私どもの席では、昼食会の席だったので、かなりな数がいたという記憶がありますので、いずれにいたしましても、大勇会の席でその種の発言をしたことはありません。


 野中広務は、三人のメンバーに確認したと言い、麻生太郎はその種の発言をしたことはないと言う。さて、どちらの言っていることが真実なのでしょうか。それとも、どちらも真実ではないのでしょうか。

 コピペします。
 この2つの記述を並べて比較したとき、健全な思考力をもっている日本人ならば、片方が真実でもう片方は虚偽、などという結論は導きだせないでしょう。

 以下一部改変。
 にもかかわらず、野中発言とされるもの「だけ」を根拠として「麻生太郎は差別主義者だ!」などという麻生太郎に対する誹謗中傷、罵詈雑言、人権侵害がネット上のみならず、日本の各種マスコミにおいてもまかり通っているのが現状です。

 再びコピペ。
 情報を多面的に収集・検証することなしに商売を続けていけるのですから、マスコミとはなんと楽な商売なのでしょうか。

 魚住記述と野中発言、藤本記述と麻生発言、真っ向から内容が食い違っています。そのうち一方の情報「だけ」を根拠として、「麻生太郎は差別主義者だ!」と喧伝する。この手の行為は「報道」や「事実の再確認」などと呼ぶには値しないもので、品性下劣な「ネガティブキャンペーン」とか「プロパガンダ」と呼称すべきものではないでしょうか。

 紀元前ローマの軍人、カエサルの『ガリア戦記』には以下のようなくだりがあるそうです。
 Homines id quod volunt credunt.
 邦訳 : 人間は、自分が信じたいと望むことを喜んで信じるものである。

 あなたはどちらを信じたいですか?(笑)

 あなたがマスコミ業界の人間でなければ、自らジャーナリストなどと名乗っている人間でなければ、信じたい情報を信じればいい。もしそうでないのであれば、自分が、自分達が信じたい情報「だけ」を喧伝するなど恥知らずにも程がある。

 それとも、恥知らずでなければマスコミ業界で食っていくことはできないんでしょうかね?