医師「だけ」が問題だったのか | 医療とバレーボールとアメリカ留学記

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2016年5月9日からアメリカオハイオ州のオハイオ州立大学に留学することとなりました。日本では埼玉の大学病院でリウマチ膠原病内科医をしていました。冨永こよみ選手を中心に上尾メディックスを応援しております。これからは基本的には留学中の日記が主となります。

日本でまた医療に関連する大きなニュースがありました。

 

姫路の病院で内視鏡検査の際に、精製水を注入すべき所を、誤ってホルマリンを十二指腸内に投与したとのこと。

 

結果的に、小腸障害や全身痛などで約1年間入院。

 

この件を受けて、担当していた「医師」が「刑事告訴」されたそうです。

 

私がこのニュースを最初に聞いた時に、なぜ「医師」が「刑事告訴」されたのかが理解出来ませんでした。

 

色々とこのニュースを調べてみましたが、おそらくこちらの記事が最も詳しく書かれていると思います。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161013-00000005-kantelev-l28

 

この記事によれば、ホルマリンを誤投与した一番の原因は、精製水のボトルを再利用してホルマリンを希釈して使用していたことは明らかです。

 

精製水の所に×がつけられていても、誤投薬が絶対に許されない医療の現場において、このような管理方法は非常に問題であることは言うまでもありません。

 

そして、通常、内視鏡検査時に精製水をカップに入れた状態で準備するのは看護師または内視鏡検査技師の役割であり、医師はそれに対してシリンジで吸って内視鏡内に注入するのみです。

 

ホルマリンは確かに臭いはありますが、仮に内視鏡室内にホルマリンの臭いがしたとしても、その精製水がホルマリンだとは気づくのは、あまりにも想定外のことであり、相当難しいと思いますし、多分私もそんなこと思わないと思います。

 

では、なぜ「医師」が刑事告訴される形となったのでしょうか。

 

この記事と他の記事と照らし合わせると、色々と見えてきます。

 

まずは検査中に激痛を訴えていたにも関わらず、検査を強行したということ。

 

記事によれば、この検査は内視鏡と超音波を使った膵臓の検査らしいので、可能性として考えられるのは、消化管から膵臓腫瘍を超音波でみて、そこから針で生検を行う検査か、それに加えて逆行性胆管膵管造影という検査を行ったか。

 

詳しいことは定かではありませんが、これらの検査の場合、注意しなければならないのは膵炎や消化管穿孔であり、あまりに尋常ではない腹痛が生じたのであれば、それらを考える必要があります。

 

ただ、これらを発症していなくても、麻酔の効きが悪く腹痛を訴えることはありますので、その感覚で麻酔を追加して強行したということでしょうか。

 

気になるのは、その日のうちに帰宅したということ。

 

通常、これらの検査の場合は最低でも翌日まで入院させるのが一般的のように思いますが、いずれにせよ、検査中にここまで症状があったのであれば、念のため検査を行ったり入院させたり、というのは検討すべきであったように思います。

 

結果的にホルマリンの誤投与ということであったのだが、事の発端はこういったことがキッカケだったということのように思います。

 

そして、さらに気になったのは、入院期間が約1年間と非常に長期であること。

 

ここまでの入院治療を無償で受けていたこと。

 

腸管に関連した症状は回復したが、その他の症状が残存していたこと。

 

そして、その後の治療は無償で受けられる保証はないと言われたということ。

 

 

私はこれらの状況を見た時、刑事告訴された医師以外の病院関係者が、諸問題に対してどのくらい誠意を持って対応しようと考えたか、正直気になりました。

 

ホルマリンを本来手術室に持ってくる所を誤って内視鏡室に運搬したのは医師ではなく病院の社員です。

 

精製水と思って準備したのはおそらく内視鏡スタッフです。

 

医療事故に関連する問題に対応するのは病院責任者です。

 

そして、治療費に関する内容については事務方が対応すべきことです。

 

 

別の記事には、「誰も責任を問われないのはおかしいため、医師を刑事告訴した」という内容もありました。

 

ご理解いただきたいことは、この医師に対して責任はないとは言いません。

 

上記のような検査中およびその後の対応についても問題があった可能性はあるし、このように非常に難しい事情をかかえた患者さんに対して対応する過程で、何かしら問題が生じることはあり得ることだと思います。

 

しかし、この問題は非常に難しい問題であり、ただ一人の医師「だけ」に責任を抱え込ませるのは、あまりにも酷だと思います。

 

予想ですが、被害者はそういったことを考えて、あえて医師に刑事告訴したのかもしれません。

 

本当は医師個人ではなく、他に責任を取って欲しいと思っているようにも思えます。

 

 

私は断言します。

 

この問題は医師個人の責任だけ問われては、何も解決には至りません。

 

私は色んな病院で働いてきましたが、新しい場所で働いた時に一番恐れていたことは、病院管理体制の不備によって起こった不測の事態により、過度に自分に対して責任を負わされることです。

 

これは私だけではなく、おそらく全ての医師がそう感じています。

 

私自身、明らかに病院管理体制に欠陥のある病院で仕事をしたことがあります。

 

前にもチラっと書きましたが、それにより患者さんに不利益が生じるに自分が関わるのは納得がいかなかったので、改善出来なければ辞めることをハッキリ伝えて、結果的には改善させてきました。

 

では、この問題はどうすればよかったのか。

 

補償を「約束」したのであれば補償を続けるべきでしょう。

 

それが出来ないのであれば「約束」すべきではなかったのではないかと。

 

通常、こういうことは事務および病院長などの幹部の仕事です。

 

このようなケースの場合は看護師などの病棟スタッフも非常に大きな負担となります。

 

それに対して、病棟全体に諸問題に対して理解があったか。

 

長期入院して訴えが多くこのような背景を持つ患者さんに対して、担当看護師は担当医に対して不満を言っていなかったか。

 

このような不満を担当医が言われると、精神的プレッシャーから、患者さんに対して退院を急かしたり、患者さんの訴えに対して的確に対応が出来ない大きな要因となるのです。

 

実は、これは意外と世間で問題となっていない医療の大きな問題の一つだと私は考えています。

 

病院にとって医師が刑事告訴されるというのは、非常に大きな影響を与えます。

 

なぜなら、医師は他の患者さんも多く診療にあたり、そして一人の医師の存在が診療科の保持に欠かせないことが多いからです。

 

医師に過失があったとしても、医師以外の人達が被害者感情を逆撫でするような発言や対応をしなかったか。

 

 

思えば、群馬大学の問題についても、当初は医師個人の問題としてクローズアップされたが、結果的には組織の問題も十分にあったことが明るみになりました。

 

医療に関するネガティブなニュースは国民を不安にさせますので、本当は避けたいのですが、私自身医療の現場を知っている人間としては、やはり改善すべき所は改善していかなければならないと思うのです。