ザ・コミュニケーション ”達人への道”(改)  今夜はブルーズ・ナイト♪

妙にブルーズが聴きたくなると言うときってありませんか?それでプレイしている彼らとは、一体、どの様な人物なのでしょうか?これからご紹介するユニークなアーティスト。彼らの生き様がアナタの人生において素敵なスパイスになりますように。

☆ちょっとアナタ
お知らせします。

今回ご紹介する
ブルーズマンは

チャーリー・スパンド
です。
 



アメリカン・ブルーズと
ブギウギ・ピアニストでシンガーです。

彼は
バレルハウス・スタイルで
有名で、

1920年代の
インストゥールメンタル・
ピアノプレイヤーの中で
最も有力なひとりだったのでした。

実は、
音楽以外の彼の人生は
ほとんど分かっていないのです。

そして
彼の総レコーディングは
33トラックのみだったのでした。

◆デルタ・スタイルを超えて・・・。♪
ただいま公開中!
どうぞご覧下さい!
 

テーマ:

<<性悪女のはなし♪>>




今回はまずはこの曲から

お聴き下さい。





☆EVIL WOMAN SPELL♪





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

EVIL WOMAN SPELL
(性悪女のはなし)


by Charlie Spand




A man who's born of a dark woman
(闇(やみ)の女が孕(はら)んだ子は

is bound to see dark days,
暗黒の日々を送るに違いない)



A man born of a dark woman
(闇(やみ)の女が孕(はら)んだ子は

is bound to see dark days;
暗黒の日々を送るに違いない)


'Cause a real dark woman
(真(しん)の闇(やみ)の女は

          is bound to have evil ways
 邪(よこしま)な思いでいるに違いないから)
     




I was born in Algiers at twelve o'clock at night,
(俺は夜12時にアルジェリアで生まれた)

I was born in Algiers twelve o'clock at night;
(俺は夜12時にアルジェリアで生まれた)

Now, the moon wasn't shining,
(その時、月は輝いていなかった

          and it wasn't a bit of light
    で、それは少しも輝いていなかった)









Lord, a hoodoo woman came in,
(主よ!疫病神の女がひとりやってきて、

sit by my mother's bed,
俺の母親のベッドに座りました)


Lord, a hoodoo woman came
(主よ!疫病神の女がひとりやってきて、

and sat right by my mother's bed;
そして、俺の母親のベッドの右に座りました)



Now, she said, "Before it's over,
(その時、彼女は言ったのさ。コトが終わる前に

          this poor child wish he was dead"
     貧しい子どもは彼の死を願う)




Lord, my poor mother, she cried,
(主よ!俺の貧しい母親、彼女は叫びました。

       "How can I keep this trouble from my child?"
 「どうしたらこの子からこのトラブルを隠せましょうか?」)


Lord, my poor mother, she cried,
(主よ!俺の貧しい母親、彼女は叫びました。

       "How can I keep this trouble from my child?"
 「どうしたらこの子からこのトラブルを隠せましょうか?」)



Lord, that hoodoo woman said,
(主よ!疫病神の女は言いました。

      "Don't let him go with other women in this world"
 「この世で彼を他の女たちと一緒にいかせないで下さい」)




But when I grew up,
(でも、俺は大きくなった時、

 I didn't listen to my mother's words,
俺は母親の言うことを聞かなかった)



Now, when I grew up,
(今!俺は大きくなった時

I didn't listen to my mother's words;
俺は母親の言うことを聞かなかった)


Lord, a no-good woman
(主よ!役立たずのひとりの女が

 is the cause of me sleeping outdoors with the birds
俺が鳥と一緒に外で眠っている理由です。)



(訳:宮下秀一)







「ウ~ン」


「何とも!そのご家庭の

環境や背景が想像出来て、

言い様のない

閉塞感が

醸し出されていますね。」








そうですね。





主人公の子供は

自分が

女運(おんなうん)がないのは

母親のせいにしていますが、




その母親から

離れて暮らしても

恐らくは母親と同じ様な



心を通わせるコトが

苦手な女性と一緒に

暮らしてしまうのでしょう。







「そんな寂しげな状況は

日常の出来事として、


さらりと表現するアタリが

彼の個性でしょうか!」








<<チャーリー・スパンド登場!>>




今回ご紹介するブルーズマンは

チャーリー・スパンドです。



(今回ご紹介するブルーズマンは
チャーリー・スパンドです。)





彼の出身地は

ハッキリしていません!





「あぁ!」

「ハイ」

「それはよくあるコトです。」






そうですね。


それでも研究家などからは

彼の初期の作品から


それは

彼の出身を反映したので、



ジョージア州エリジェイでは?

と、そう伝えられているそうです。






「なるほど」

「数く少ない

彼への手がかりですからネ!」






そうですね。



その初期の作品のひとつ

"Mississippi Blues"

"Levee Camp Man"らは




("Levee Camp Man")




デルタとの

つながりの強い証拠だ。


と、されている

そうなのですが・・・。










「ハイ」


「あぁ!確かに!

まるで当時のバレルハウスの

雰囲気が漂ってくる様です。」







そうですね。



しかしながら彼は

1920年代の

デトロイト・

ブーギウーギ・シーンで

最も有名にしたのでした。






☆Back to the Woods_
Charlie Spand.wmv ♪






「 O H ! 」

「これは!

軽快なリズムで

実に、ノリがいいですネ!」






そうですね。


そして1929年には

シカゴに移り、

そこでBlind Blake出会い

一緒にプレイしたのです。




(Blind Blake)











☆Charlie Spand-
Soon This Morning Blues♪


☆Charlie Spand -
Rock And Rye ♪


☆Charlie Spand-
Hard Time Blues ♪


☆Charlie Spand-
Big Fat Mama Blues ♪











☆チャーリー・スパンド

Charlie Spand


(1893年5月8日)




アメリカン・ブルーズと

ブギウギ・ピアニストでシンガー。


バレルハウス・スタイルで有名。




スパンドは1920年代の

インストゥールメンタル・

ピアノプレイヤーの中で

最も有力なひとりだった。



音楽以外の彼の人生は

ほとんど分かっていない。


そして

彼の総レコーディングは

33トラックのみだ。






<< 履 歴  >>



彼の出身地には憶測がある。



すべての音楽は

幾らかのスパンドの主張は、




彼が自身を書いたトラック

"Alabama Blues" が



("Alabama Blues")



国の地域の中で

彼の出身を反映したので、


ジョージア州エリジェイに

到着したと述べた。





いろいろなブルーズ歴史家も


スパンドの曲

"Levee Camp Man"

"Mississippi Blues"

そこへつなぐ証拠として

引用した。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
彼の正確な起源は不明だが、

彼の1940年の録音

"Alabama Blues"は

彼の出生への言及を含んだ。




研究者も、デルタとの

つながりの強い証拠として

"Mississippi Blues"と

"Levee Camp Man" の




("Levee Camp Man")




彼の初期の

パフォーマンスとして

提供している。



しかしながら

スパンドは1920年代の

実り豊かな

デトロイト・ブーギウーギ・

シーンの製品として、

最初に有名になった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








William Ezellの様な





(William Ezell)




他に比べて

スパンドは明らかだ。




Ezellは

ミシガン州デトロイトで

Brady Streetと

 Hastings Streetで

パフォーマンスを披露した、

1920年代の

ブギウギ・ピアニストたちの

ひとりだ。




1929年にスパンドは

イリノイ州シカゴに移った。

そこでBlind Blakeと出会い、

並んでプレイし始めた。



(Blind Blake)





                   (ウィキペディアより抜粋)

―――――――――――――――――――――――

◆編集後記はこちら
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