ザ・コミュニケーション”達人への道”

コミュニケーションについて大切なコト。それはまず相手の方に心から関心を持って共感するコトです。これからご紹介するユニークな人物を、読んで、観て、聞いて、味わって見ては如何でしょうか。彼らの生き様がアナタの人生において素敵なスパイスになりますように。

☆ちょっとアナタ
お知らせします。

今回ご紹介する
ブルーズマンは

トミー・マクレナン
です。





アメリカン・デルタ・ブルーズ・
シンガーでギターリスト


1930年代のミシシッピ・
デルタ・ブルーズを代表する人物
と言われています。

ブルーバードに42曲の
録音を残しており、

代表作は
”Whiskey Head Woman”
でした。

◆最も猛烈な
     ブルーズ・シンガー♪
只今公開中!
どうぞご覧下さい!
 

テーマ:
<<ヤズー・シティにて・・・。>>




彼は1908年ミシシッピー州

ヤズー・シティ近くで生まれたと

されていましたが・・・。





「ハイ?」

「そのことについては

また複数の説がありそうですね。」







実はそうなのです。


Big Bill Broonzyの本

"Big Bill Blues" によると




(Big Bill Broonzyの"Big Bill Blues" )





1908年4月に

ヤズー・シティに

生まれたとあり・・・。






「ハイ」





それでも

彼の死亡診断書には、


彼の出身地を

ホームズ郡デュラントとして




(Mississippi Durant)




日付を1905年1月4日

としてあったそうなのです。






「なるほど」

「それで1905年1月4日生まれ

なのですね。」







そうです。



それから彼の名前が

よく知られたのが


ヤズー・シティだったので







生まれもそこではないか

と思われたのでしょう。







「なるほど」






それから彼は

1920年から1930年にかけて

Robert Petwayを

相棒に活動したそうです。





(Robert Petway)






「1920年としますと

彼は15歳くらいですね。」






そうなりますね。




そして


ブルーズ研究家の

Samuel Chartersが

1950年代に出版した本には





(Samuel Charter”TheCountryBlues”)






彼は

J. F. Slighプランテーションの傍に

住んでいて、



バーやプールバーで

ぶらぶらするのを

好んだ

と書かれてあるそうです。





「ウ~ン」


「これは当時の盛り場的な

イメージでしょうか?」






恐らくそうか

と思われますね。





そしてSamuel Chartersが

彼を調査している話を耳にして



当時の有名な

ブルーズ・スポット

Cotton Clubから




(Cotton Club)




彼を呼び戻した

とありますから・・・。






「ひょっとしますと

彼にとってはこのコトは

良い知らせなのでは・・・。」









<<トミー・マクレナン登場!>>



今回ご紹介するブルーズマンは

トミー・マクレナンです。





(今回ご紹介するブルーズマンは
トミー・マクレナンです。)






そうですね。


それから彼は

White Chicagoレコードの制作者

Lester Melroseに発見されて




(Lester Melrose)




1939年に彼の録音キャリアが

始まったそうです。






「 O H ! 」



「ここだけお話を聞きますと

まるで彼はシンデレラ・ボーイ

ですね。」







そうですね。


その彼がミシシッピーを

離れるコトになって・・・。






「ハイ」





詳しい行きさつは

不明なのですが




「ハイ」





彼が労働者を

雇い入れていると言う話が


地元民の中で拡がって

反発を受けてしまい・・・。





(地元民の中で拡がって反発を受けてしまい・・・。)






「ハイ」






慌てたメローズが

仲裁に入ったコトが

あったそうです。






「なるほど」


「降って湧いたお話なので

舞い上がる彼の気持ちも

分からないではありませんが・・・。」






「どうも彼が絡(から)むと

これからも

すんなりとはイキそうにない

その様な雰囲気ですね。」







そうですね。(^O^)



そのSamuel Chartersに

寄りますと

彼は・・・。



”マイクに近づくための

最も猛烈なブルーズ・

シンガーのひとり”


だったそうです。





(Tommy McClennan”Whiskey Head Woman”)





☆Tommy McClennan
”Whiskey Head Woman”♪







「 O H ! 」

「まさに荒削りな印象ですね。」






そうですね。


そして

”彼自身を駆り立てている

活発なコメントで

録音は更に

エネルギーを与えたのだ。”


だそうです。










「何も飾るコトのない

ストレートでパワフルな


彼の音楽のスタイルが

印象的な感じがします。」






そうですね。





「そうであるから・・・。」

「逆に、彼の曲は

聴く人を選ぶのでは

ないでしょうか?」







そうですね。



緊迫感漂う強靭な歌声と

叩きつけるような


異彩を放つ

荒っぽいギター・プレイ。




それが彼!

トミー・マクレナンの個性だとも

言えるのではないでしょうか!!












☆Tommy McClennan -
Bottle It up and Go♪


☆Tommy McClennan-
 Baby Don't You Want To Go? ♪


☆'Cross Cut Saw Blues'
TOMMY McCLENNAN (1941) ♪


☆'Deep Blue Sea Blues'
TOMMY McCLENNAN (1941)♪


☆'My Baby's Gone'
TOMMY McCLENNAN (1940)♪














☆トミー・マクレナン

Tommy McClennan

(1905年1月4日~1961年5月9日)



アメリカン・デルタ・ブルーズ・シンガー、

ギターリスト。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1930年代のミシシッピ・

デルタ・ブルーズを代表する人物。



ブルーバードに42曲の

録音を残している。

ロバート・ペットウェイとも

しばしば行動を共にした。


代表作は”Whiskey Head Woman”




(”Whiskey Head Woman”)




たたきつけるような

荒っぽいギターと


投げやりな歌い方が

何とも言えない。




よくYeah!という

合いの手を入れるが、

それががなんともいやらしい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







<<人生とキャリア>>


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1908年ミシシッピー州

ヤズー・シティ近くで生まれました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
トミー・マクレナンは

Big Bill Broonzyの本

"Big Bill Blues" によると




(Big Bill Broonzy"Big Bill Blues")





1908年4月にヤズー・シティに生まれた。



しかし彼の死亡診断書には

彼の出身地を

ホームズ郡デュラントとして

日付を1905年1月4日としてある。





(Mississippi Durant)






彼はキャロル郡で

1910年の国勢調査では

母キャシーと

彼の兄弟とが示された。



そして、1920年に、

家族はLeflore郡でSidonの近くで

プランテーションに住んでいた。




マクレナンと

彼の妻のオフィーリアは

彼の仕事は運転手とされ、


1930年のLeflore郡の国勢調査でも

挙げられた。





彼の名前はこれらの書類上

 McClinton, McLindon,

McCleland,

そしてMcClenan

と綴られ、



だが、McClennanの綴りが

彼の録音のすべてに使われたのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






マクレナンはミシシッピー州

デュラントで生まれて

街で育った。



彼はラフで

エネルギッシュなスタイルの

ブルーズをプレイして、歌った。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
マクレナンは彼が

 J. F. Slighプランテーションの傍に

住んでいたとき


Yazoo Cityのこの地域に

精通しており、










彼の耳障りで、

とらわれない歌いっぷり、

そして

ギタープレイで有名だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1920年から1930年にかけて

Robert Petwayを

相棒に活動しました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




(Robert Petway)




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
グリーンウッド地域では

マクレナンのパフォーマンスは

Robert Petwayと

Honeyboy Edwardsなどが

パートナーだった。





(Honeyboy Edwards)





Samuel Chartersが

1950年代に彼の本

"The Country Blues"の調査で

ヤズーシティを旅行したとき、




(Samuel Charters"The Country Blues")





彼はマクレナンが

Slighプランテーションに

住んでいて、



彼が Ren TheaterのWater Street、

隣接したバーやプールバーで

ぶらぶらするのを

好んだということを知った。




Bennettもまた

Champlin Avenueの

有名なブルーズ・スポット

Cotton Clubから彼を呼び戻した。





(Cotton Club)




White Chicagoレコードの制作者

Lester Melroseが彼を探した後、




(Lester Melrose)




マクレナンは

1939年に彼の録音キャリアを始めた。





Big Bill Broonzyは

彼がミシシッピーを

離れるために


労働者を雇っている

と思った地元民を

怒らせたとき、


メルローズが慌てて

逃げ場を

作らなくてはならなかった

と語った。






シカゴにて

マクレナンは

スタジオでは

乱暴なブルーズで、


彼の荒々しさを放っており、




チャーターズのセリフで

”マイクに近づくための

最も猛烈なブルーズ・

シンガーのひとり”

だった。




そして

彼自身を駆り立てている

活発なコメントで

録音は更に

エネルギーを与えたのだ。”

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
緊迫感漂う強靭な歌声と

叩きつけるような

荒っぽいギター奏法は

異彩を放っています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


                      (ウィキペディアより抜粋)

―――――――――――――――――――――――

◆編集後記はこちら
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