7月13日の朝日新聞朝刊は他のメディアに先駆けて「原発ゼロ社会」を提言していた。福島原発事故を考えると当然(人によってはやむを得ない)と思うが、遅きに失した感があるな。日本のメディアは原子力の平和利用を後押ししてきた経緯がある。原発は安全だと国民に思い込ませる役割を果たしてきたのは確か。本当はメディアがこの点をきちんと反省し、謝罪したうえで、原発ゼロ社会を提言してほしかったなあ。ほんと。

  でも人類が核分裂や核融合をコントロールすること自体、生命体の原理から逸脱していると思うから朝日新聞の主張には賛成だなあ。原発がなくたって、エネルギー供給はなんとかなるよ。エネルギー不変の原理とかあるしさ。どこからでもエネルギーを得ることは可能だよ。きっと。

  この日の夕方、菅首相が会見して、同じように原発ゼロ社会を目指す方針を明らかにした。菅さんはこれを言いたくて首相の座に固執し続けているのだなと思った。そういえば菅さんは若い時から反原発の立場だったような気がするな。この会見の内容を事前に察知した朝日新聞が予定していた原稿を急きょ掲載したと思えないでもないが、まあいいだろう。

 東日本大震災から40日以上が経った。まだ肉親や友人が行方不明の被災者がなんと多いことか。避難生活を余儀なくされている人も十数万人もいるという。これからの生活設計も立てられない人が多いのに、マスメディアは、もう被害者の様子は飽きたのか、復旧や復興の動きをメーンで伝えるようになっている。特に全国紙、東京のテレビキー局はひどい。NHKはさすがに、阪神淡路大震災の反省の上にたって報道しているようだ。他の全国メディアは反省と教訓が生かされているとは言い難い報道内容だ。

 朝のワイドショー的なテレビ番組でも司会者のあまりにも被災地軽視の発言が目立つ。情けない。未曾有の災害に遭遇した日本のメディアとして、東京中心のメディアであっても、とことん被災者に寄り添う報道に徹するべきだ。被災地の新聞や地方テレビの報道の視点「被災者に寄り添う」を忘れないでほしい。

 日本政府も目線が復興へばかりいっているようだ。被災者の心をもっとしっかり見つめてほしい。それができないなら政治家、官僚は自身の無能力を自覚し、自ら身を引いて「もらいたい。