脳がどのようにして運動を制御しているかを知ることで、試合に生きるスキル獲得を目指す | コーチMのブログ

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バスケのコーチングに関して大学院やその他で学んだこと、アメリカ留学での日常をつらつら書いていました。今は日本でコーチをしています。

こんばんは!
今回のテーマは、「脳がどのようにして運動を制御しているかを知ることでスキル獲得、安定化を目指す」です。


(先に書いておきます。かなり長い記事です。1番最後に追記で要旨をまとめたので、ごちゃっとした時はそこをご覧ください。)

かなりタイトルが大きくなってしまいました。

より具体的にタイトルをつけるならば、「なぜポストムーブのジャンプフックはコンタクトをつけて練習する必要がるのか」です。ポストムーブやゴール下のシュートで、ディフェンス抜きやコンタクト抜きだけの練習ではなぜ不十分なのかという話になります。

デクステリティ 巧みさとその発達/ニコライ・アレクサンドロヴィッチ ベルンシュタイン

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今回参考にしたのは上記の本です。脳が身体運動をどのように制御しているか、脊椎動物の進化過程にそって運動制御がどのように発達してきたか。それに伴って脳の機能がどのように「足されて」きたか。現在のヒトはどのように運動を獲得し、安定化させているのか。

かなり深いところまで書いてくれています。難解ではありますが、時間をかけて読む価値はありました。

「そもそも正確な運動はどのように制御されているか?」という問いに対するよくある誤解としては、次のようなものではないでしょうか?

「脳が「この運動をやって!」という信号を正確に送ると、正確にできるんだよ!例えば、肘を曲げ伸ばししてっていいう運動を曲げ伸ばしする。バスケのシュートをしてって筋肉に命令をおくればシュートを打つ。当たり前でしょう?」

これは実は不正解です。なぜなら「脳がどれだけ正確に筋へ神経インパルスを送っても、意志に対応した正確な動作を保証し得ない」(p217 l.10)からです。

試しに肘を10回曲げ伸ばししてみてください。全く同じ軌道を通ることなどほとんどありません。また、もし「脳が正確に指令するだけで正確な動きができる」ならば、「バスケのシュート(例えばフリースロー)も100%入ら」なければおかしいはずです。

というわけで、「脳が筋にいつも正確な指令を送る」のは不正解なのですが、この理由は

「人間の関節は自由度が高く、また筋肉はゴムのように弾性があるため、同じ信号を送っても同じ運動の結果にならない」

ことが大きな理由です。例えばお祭りで取れるゴムヨーヨー



こういうやつですね。これに全く同じ力で10回引いたとして、全く同じ軌道を10回描くことはありません。これはゴムの弾性のせいです。これは肘を10回振っても全く同じ軌道を描くことがないのと同じで、

人間の体の構造上、関節の自由度も筋肉の弾性も高いので、正確に信号を送ったところで全く違う運動になってしまうことが原因です。

じゃあどうやって制御しているか。それは

「動作が始まった瞬間から、脳が継続的に注意深く感覚器からの報告にもとづいて動作を監視し、その場に応じた調整をしながら動作を操る」(p217 l.15~16)という方法です。

つまり運動、例えばバスケのシュートであれば手のひらはどうなっているか?肘の伸ばし具合はいまどのくらいか?肩関節は?膝は?肘の伸展とジャンプのタイミングは?などなど

「数え切れないほどの感覚情報を、常に脳がフィードバックとして受け取り、その感覚を元に「常に」調整を加えている」ということです。

著者ベルンシュタインによれば、単純な「走る」動作でさえ、「筋が全く同じ運動インパルスを続けて受け取ったとしても、最高にうまくいったときでさえランニングとは似ても似つかぬばらばらでみっともない10歩のステップが刻まれるだけ」(p218 l2) ということです。

目をつぶって紙の上に丸を、同じように10回やろうとしても、全く同じに書くのは不可能でしょう。
普段それがある程度できているのは、「目で見た情報を元に常に「書く」という運動を調整しているから」なのです。


長くなりましたがここまでが前置きです。笑


運動で解決したい課題(上の例で言えば「正確に丸を10回書く」や「転ばずに走る」、「シュートを決める」)のことを「運動課題」と言います。

この運動課題が似ていれば似ているほど、習得したスキルは転移(応用)しやすいです。


面白いのが、この転移のしやすさは運動の見かけによらないことも多い、ということです。

「互いによく似た2種類の動作でもわずかなトレーニングの転移しか示さないこともあるのに対して、一見互いに大きく異なる動作、たとえばフィギュアスケートとサイクリング、短距離走と走り幅跳び、あるいはフィギュアスケートと射撃といった種目のあいだにさえ明らかに強い転移の影響が認められる」(p231 l.19~p232 l.1)

このことからわかるのは、「動作の構成や動作の外見上の類似性に転移を原因を求めるのは誤りだ」ということです。
運動の見かけが似ているからと言って、練習して得たスキルが応用されるとは限らないわけです。

じゃあスキルの応用、トレーニングの転移にとって何が重要な要素かというと、

「トレーニングの転移は、以前に精緻化された自動性を利用することによって生じる。ただし、自動性は動作そのものではない。自動性は、動作及び動作の構成要素を制御する調整である」(p232 l.7~8)

ここでいうように自動性とは、「動作及び動作の構成要素を制御する調整」のことになります


例えばサイクリングとスケートにははっきりとしたトレーニングの転移が認められるのですが、この二つはどちらも「狭い支持面の上で動的なバランスを保持する」という共通点があります。

フィギュアスケートと射撃のような大幅に見かけの異なるスキルのあいだにも、「目で見て判断し、姿勢を制御し、バランス良く安定した正確な動作を行い、完璧に特別なタイミングを検出しなければならない」という「調整」の部分が共通しているのです。

つまりこの「調整」が似てればスキルの転移、応用は効きやすいが、反対に見た目は似ていてもこの「調整」の部分が似ていなければ応用は難しいのです。そしてこの「調整が似ていれ」ば、「運動課題が似ている」と言い換えられます。



ここでバスケに話を戻しましょう。
ここまでの話の通り、「運動課題が似ていれば、習得したスキルの応用ができ」ます。

つまり試合の状況でスキルを発揮したければ、「試合で発生する運動課題」と「練習で取り組む運動課題」が似ている必要があります。もし似ていなければ練習でテクニックを培っても試合で応用できません。

つまりドリルを組む際は「そのドリルの運動課題が試合で発生する運動課題に似ているか?」が最大の焦点になるはずです。

ゲームでポストムーブ、特にジャンプフックが発生する場合は、必ずコンタクトが発生しているはずです。ゲームではコンタクトが起こらないほどノーマークであればジャンプフックを行う必要がないためです。

つまりゲームで発生する運動課題は、「コンタクトを受けながらボディーバランスを保ち、そのバランス調整を行いながら、相手にブロックされないよう、シュートを決めきる」になります。

この運動課題がただ「ノーマーク、ノーコンタクトでジャンプフックを決める」のと明らかに違うのは明らかでしょう。
例えれば、ただ「ホワイトボードに自分の名前を書く」のと、「横から全力で押されるのをこらえながらホワイトボードに名前を書く」のくらい違います。

見かけは同じジャンプフックですが、上で書いたように運動の見かけとスキルの転移しやすさは関係ありません。

「コンタクトを受けながらもボディーバランスを保つ」という要素があるかないかで運動課題は大きく変わります。

運動課題が変わるとういうことは、練習しようがスキルが転移、応用されないということです。

つまりコンタクトがない状況でいくら練習、スキル習得をしても、試合ではそのスキルが発揮されないということになります。試合で発揮できないならば、練習する意味が薄いのは明らかでしょう。


もちろんその前の段階、コンタクトなしでもジャンプフックの動きそのものができないならばコンタクトなしの練習をします。熟練者でもシュートタッチの確認の意味で取り組むのもアリでしょう。絶対にコンタクトなしの練習がダメというわけではありません。ただそれだけやっていてもダメです。

肝は、いかに「試合で発生する運動課題」に取り組むことができるか、そういうドリル設定ができるか、です。

「コンタクトを受けながらのスキル発揮」や、「状況読んでのスキル発揮」は特に見逃されがちな要素ですので、ドリルを組む際には要素として取り入れるよう気をつけたいポイントでもあります。


皆さんが練習を組み立てる際の参考になったり、今やっているドリルを見直すきっかけになれば嬉しいです。


[追記]
できるだけ丁寧に書こうとした結果非常に長くなってしまったので、要旨を追記します。
ごちゃっとしてしまった方はここを読んでみてください。


実は脳は運動をしている時も常に感覚器官から情報を受け、動きを調整し続けている。(バスケのシュートモーション中にも常に動きを調整しながら動きを行っている)

なぜなら全く同じ信号を筋肉に送っても、関節の自由度が高いのと、筋肉がゴムのようにビヨンビヨンするため同じ動きにならないからだ。

バスケの練習では練習で習得したスキルを試合で応用することが必要だ。(スキルの転移)
運動で解決したい課題を「運動課題」と呼ぶが、これが似ていると試合でスキルを応用しやすい。つまり試合と同じような「運動課題」に練習で取り組むことで、試合に生きるスキルが習得できる。

運動の見かけが似ていても、「運動課題」が似ているとは限らない。
「運動課題」を似せるためには、運動の最中に脳が行っている「調整」が似ていることが大事。

ジャンプフックについては「コンタクトを受けながらボディーバランスを調整しつつシュートを決めなければいけない」という試合中の運動課題と

「コンタクトに対する調整は必要なくただシュートを決めればいい」という練習中の運動課題は全然似ていない。これだけやっていても不十分。

だから試合での運動課題と同じく、練習でもコンタクトをつける必要がある。




以上が要旨です!少しでもわかりやすくなっていれば幸いです。
それでは!