南海部品をでかく見る

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 この辺りをこうしてゆっくり歩くのは何年ぶり、いや何十年ぶりだろう。大阪中之島、今から三十年前、社会人になったときの会社があった場所だ。当時に比べるとこの辺りの風景も随分変わった。まあ、ふた昔以上の年月が経っているのだから当然と言えば当然だが、私鉄が延伸してすぐそばに駅ができ、それに伴い商業施設ができた結果、単にオフィス街だけだった街が少し変わった。また当時ランドマークだった新聞社のビルは、道路を挟んで向かいのホール併設のホテルだったビルと合わせ、ツインタワーとして新たなランドマークに生まれ変わったのをはじめ、辺りのビルというビルが高層化した。

 そんな中、小生がいたビルだけは、ほぼ昔のままだ。多少エントランスはリフォームされているが外観はほとんど変わっておらず、川を挟んで少し遠目から眺めてみると、周囲のビルが揃って超高層ビルになった分、14階建てのビルの高さは周囲の四分の一にも満たず、ものすごく小さく見える。まるで、そこだけが当時のままポツンと取り残されているみたいだ。が、逆に形として残っている分、当時の記憶が引き出されやすいのか、思いがけずどうでもいいような光景が頭に浮かんできた。

 当時、小生が所属していた部署はそのビルの10階にあった。ビルの高さは高くなくともフロア自体はかなり広く、おまけに小生のいたフロアは仕切りがなく1枚ものだったから、フロアの端から反対側を眺めると、結構壮観だったものだ。さらにその先に見えていたのが、窓いっぱいに広がる黄色地に赤文字の『南海部品』。この存在感がかなりのもので、この印象は同僚や先輩や上司も含め、当時同じフロアにいた人は同じような思いを持っていたと思う。単に南海部品本社ビルの看板が見えていただけなのだが、あまりにもピッタリとはまり過ぎているからなのか、それとも目の錯覚なのか、どうみてもすぐ隣のビルとしか思えないのに、実際には直線距離にして約400メートルくらい離れていたのだから、いつも不思議に思っていたものだった。

「やっぱり、でかいなぁ」
「ほんま不思議やわ」

 今の時代なら、恐らく誰かが写真を撮って、SNSなどにUPしているに違いないが、当時はスマホどころかデジカメさえない時代だったから、カメラは旅行などに持っていくものであって、カメラマンや写真を趣味にする人以外、普段の日常で写真を撮る習慣もなく、そのため「こんな状況だったのよ」とお見せすることができないのが少しもどかしかったりする。かと言って、同じく健在の南海部品の看板を見ようと当時のフロアに行けたとしても、この数百メートルの間に建ったビル群により、当時の光景を改めて見ることができないと思うと残念でならない。

 そんな思いを抱きつつ、また、少し前からいろいろと考えた末に少しだけ大きな決断をした結果に書いた久しぶりの雑記は、どことなくセンチメンタルな雰囲気になってしまった感じだが、まあ、さもありなんというところか。

 

 今年最初の雑記をしたためる。

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