フェラーリを生んだ国、ベンツを生んだ国 2 | イタリアデザインの深読み 竹下彬史

イタリアデザインの深読み 竹下彬史

海外進出を目指す方々は必見です!
イタリアデザインを中心に、イタリアの文化、歴史に触れていきます。
そこから見える今日の日本のデザイン、デザインにおける日本とイタリアの関係も解説していきます。


前回のブログでは、「フェラーリを生んだ国、ベンツを生んだ国」で、何故イタリア人がスピードカーを生み出したのかを見てきました。


今回は、ドイツで生まれた車を見ていきます。


メルセデスベンツは1926年スタートしました。
アウディは1901年に、BMWは1916年航空機エンジンメーカーとしてスタートしました。一般的にドイツ車は「重厚で丈夫」と言われています。

ドイツでスピードカーが発達せず、丈夫なボディーを持った車が発達して行った理由も、地理的環境が大きく左右していると私は考えます。

以下の地図を見て下さい。

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ドイツ北部から、デンマーク、さらにポーランド北部に「北ヨーロッパ平原」があり、このエリアも北イタリアのパダナ平野以上に巨大な平地が広がっています。ではなぜ、ドイツでフェラーリの様なスピードカーが発達しなかったのでしょう。


ドイツにはあって、イタリアには無いもの。。。何でしょうか?





それは、「深い森」と「長い冬」です。
建築をみてもそうですが、ゲルマン系の民族の生活の中には常にこれらの影響があると言えるでしょう。
当たり前ですが、豪雪地帯にはスピードカーはかえって不便です。
また、森の中に道を敷いた場合、平野に敷くように直線的な道路を整備するのも非常に困難で、カーブの多い道路であった事は明らかです。そんな過酷な地域でフェラーリの様な車は使いにくいですよね。
更に、まめにメンテナンスを必要とする車だと、極寒の大地では整備をするだけで体力が奪われ、場合に追っては凍死してしまうというケースもあったでしょう。


このような環境下での乗り物は、壊れず頑丈である事が優先されます。多少の雪やぬかるみは、はね除ける「重厚で丈夫」な乗り物の方が目的地に早く着くには都合が良かったのです。

これはイタリアとドイツで暮らす人々の「合理性の違い」と言えるでしょう。




では日本車はどうでしょうか?日本人にとっての合理性とは何なのでしょうか?

次回は日本について書いてみます。


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