1 | 2 | 3 | 4 |最初 次ページ >> ▼ /
2005年05月29日

埼玉県本庄市長選~市長が大変な時代にリスクを背負って手を挙げた仲間へ

テーマ:行政・地方自治

本庄市長選で、県内若手議員仲間の中核だった、吉田信解さんが無投票当選しました。

今日は出陣式から街頭演説までを手伝ってきました。



無投票当選というといかがなものか、というご意見は多いのですが、初回から無投票になるというのはそれだけ候補者が突出しているということでもあります。吉田さんとほとんど年齢の同じ私が市長選に出ればどうなんだろう、といろいろ考えてみましたが、絶対に対抗馬は出てくるでしょうね。そういう意味で、37歳にしてそれだけのブランドを作り上げた吉田さんはたいしたもんだと素直に思いました。



市長というのは以前なら、「おいしい仕事」。国から資金を引っ張り、引っ張った潤沢な資金の配分をするだけの仕事でした。ただ、現在は分けるお金もなく、市長は知恵を出し、市民に頭を下げながら理解を得る、という大変な仕事です。37歳の若手市議に対抗馬が出ないというのは、この市長が大変な、「おいしくない」時代を象徴しているという面もあるでしょうね。



今後は金目当てなら政治家はやらない方がいい、というコンセンサスができてくるでしょう。これは、いい傾向です。本当にやる気のある人だけが政治家を目指す、そういう傾向に(多分少しずつ)なってくるからです。

私も市議になって収入が激減しました。でも、やりがいはありますし、悪くないな、と思います。この、政治家がおいしくない時代というのは、本当に地域や国のために働くことが楽しい、面白いという人間にとってはいい時代かもしれません。



もっとも、ボランタリーの心だけでは首長はつとまりません。

当然、本人に覚悟はあるでしょうが、何かやってもやらなくても批判されるのが市長です。どう能力を生かしていくのか、どう市民に伝えていくのか、私の数歩先を行く彼は我々若手議員にとり、よいロールモデルです。普段は見守りつつ時には意見をし、今後の活動にその成果を取り込んで行きたいな、と思っています。

今日の彼の姿、本当にすばらしい若武者、という感じでした(彼は僧侶なのですが)。それに自分の姿を重ねてみていた、というと地元でいろいろ物議をかもしそうですが、燃えに燃えた一日でした。











いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2005年05月27日

クールビズ、細田官房長官のノータイはお見事

テーマ:ニュース

先日の記者会見における細田官房長官のノータイ姿、いい感じでした。

おっさんのノータイというと、「宴会で盛り上がったからネクタイを移動しました」という感じの、さえない姿が多いのですが、ノータイの基本である襟の管理が行き届いていて、本人が選んだシャツというコメントがむなしい仕上がりでした。


私は出版社にいたこともあり、会社員時代から「カジュアルエブリディ」を基本に、カジュアル中心でうろうろしているのですが、30代も半ばになると、「普段着におけるおっさん臭さの払底」に必死になります。


とはいえ、私がせいぜい分かっているのは、比較的かっちりした格好の場合は襟がだらしなく開いたりしてしまうシャツはダメ、そして、ゴルフ系のファッションはおっさんの典型であるから避ける、という程度のものです。


でも、意外におっさんはそれが理解できていないケースが多いですね。

白の普通のビジネスワイシャツにノータイという最悪の格好をしている人がいたら、何がどうダメなのか注意してあげてください。


それにしても、細田さん、お見事でした。(あの程度だと絶賛に値するのが政治家の服装センスですよね)

まあ、私は貧乏なので、予算の範囲内でがんばります。






いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2005年05月26日

祖父が亡くなって感じた、大家族的な子育ての大切さ~家族・地域の解体から、再構築へ

テーマ:出産・育児

①前置き

読売新聞が「長男の嫁」という特集記事をやっていました。

全体を覆うのは家の解体を叫び続けた戦後の風潮であり、読む前と読んだ後で気持ちの誤差の少ない記事でした。

もちろん、非人道的な嫁いじめとかは×ですが、先のビジョンを示せないままに核家族化を煽ってきた戦後そのままの論調に「所詮読売も朝日や岩波と大差ないな」と感じさせられました(素朴に、記者の年齢を知りたいと思いました)。

いま、役所は家族や地域社会の解体で外部化されたコストにあえいでいます。急いで日本社会を解体して知らん振りの連中に「責任取れ~」と叫びたいですね。

まあ、謝ってもらっても仕方がないのですが。

読売の記事でも、家制度の代替案については必要、と言う認識です。ただ、方向性すら示していないので、私なりの考えをとりとめもなく書いてみたいと思います。


②現状認識

いま、地域づくりとか、子育て支援とか言われていますが、基本としているのは核家族だったり父子家庭、母子家庭だったりします。それを一概に否定するわけではないですが、核家族などの2世代だけの家族は子育てで大きなハンデを背負っている思います。

私は祖父母と同居していたわけではないのですが、ごく近所に祖父母がいたため、常に祖父母との付き合いがありました。また、私の子供も私の家内の両親と密接に係わりあって育っています。また、私の祖父母ともかなり遊んだりしていました。


③本論

先日、私の祖父が亡くなりました。もう寿命で、老衰だったのですが、子供たちはこの間まで一緒に遊んでもらった「ひいじいちやん」が冷たくなってしまった様子を肌で感じ、死について考えていました


最近、命の大切さとかへの理解の薄い若者の違和感のある犯罪をよくニュースで見ますが、核家族化も原因なのかな、と思います。死とか老いとかが昔の大家族では身近でしたね。私は相撲の相手をしてもらったこともある曾祖母が亡くなったとき、本当に曾祖母の温かみ、手の感触を覚えていただけに悲しかったことを覚えています。


そうそう、自由主義の基本は相手の自由を認めること、というのが私の決まり文句なのですが、大家族のストレスは、これをしっかり学ばせてくれるともいます。まあ、辛い場面、立場も多いわけですが。


④結論みたいなもの

大家族に戻せと断言はできませんが、現代の日本社会の問題に直面して思うに、家族を大切にするとか、その延長で地域や国や環境を大切にするとか、あるいは他人の自由を踏みにじることに不感症な個人主義の行き過ぎはまずいとか、そういう程度のことの必要性ははっきりしている思います。

家族、地域社会は消し去るべきものと言うより、再構築すべきものなのだと思いますが、いかがですか。

いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2005年05月25日

ポンコツ車に乗って~来年から税金が割り増し

テーマ:ビジネス・経営

私の車はネットオークションで買った数万円のポンコツ(表現古いですね)です。

10年選手なのですが、ほとんど故障もなく、市内をうろうろするのに使っています。

先日、自動車税の支払いをしてきました。

ふと書類を見ると、なんと私のポンコツは来年から税金が割り増しになるのです。


正直やりきれないですね。この車を解体して捨てることを考えれば、環境へのダメージはその方が高い気がします。

むしろ、環境を破壊しているのは中途半端な古さの小型車よりも旧型のトラックなどじゃないでしょうか。


「本当は環境のためではなくて、車を売るためなんじゃないの?」と本気で思います。

そんなドーピングをしなくても、自動車メーカーは十分儲かっているじゃないですか。


それにしても、毎年いろいろと税制を複雑にして誰も理解できないようにしていますね。

「税金を取りやすくするために一番の方法、それは税制を難しくて誰も分からないものにして、税について考えさせないようにすることだ」とは、千葉商科大学の吉田寛教授の言葉です。

国が確信犯でそうやっているかは別として、結果的にそうなっていますね。


私のポンコツ車、どうなるのでしょうか。




追記:今も凄く好調です。平成7年のホンダ車。(2005/9/25)

追記:中古家電を使わせないための謀略的な規制が間もなく発効します。世も末ですね。今でも「捨てさせろ」ですか。(2006/2/21)






いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2005年05月23日

市民参加の正当性を誰が担保するのか? ~市民参加って意外に胡散臭いぞ

テーマ:行政・地方自治

最近、市民参加という言葉が正義としてごくごく当たり前に使われています。

しかし、議論を見ていると本当に荒っぽい話で心配になります。ぱっと見た目は正義っぽい話なので、受け入れられやすく、しかしながら大きな問題をはらむ概念なのではないかと個人的に思います。


◎市民参加の議論に蔓延する問題点

とりあえず、問題点を思いつくままに列挙してみたいと思います。


①市民参加は権力の市民への移譲という側面があるが、その正当性を誰が担保するのか

市民全員が常識的と言うわけではない、参加して大丈夫な市民とダメな市民の基準は決めるのか、また、誰が決めるのか

直接参加の機会に参加してくる人はいつもほとんど同じなのだが、そんなことに税金を投入する価値があるのか、十分議論されていないのではないか

④結局市民参加の基準を引く行政に権限が集中するのではないか

⑤実務レベルの話なので、行政が判断するといってもその実は選挙で選ばれる首長ではなく、行政担当者となる。そのコントロールはそう簡単ではないのだが、暴走や一部議員との結託をどう監視するのか

市民の意見は行政の意見より正しいという決め付けが氾濫しているのではない

⑦今議論されている市民参加の中心は直接参加だが、直接参加できない人々の意見集約が脆弱ではないか

政治的な勢力(政党、議員、首長など)が市民参加の機会を利用して自己の主張を広げようとするのではないか


◎市民参加は絶対善か???

とりあえず、「市民参加=絶対善」という迷信が蔓延していることに危機感を持っています。市民だっていろいろな人がいるし、市民にはいわゆる「プロ市民」的な方が紛れ込んでいるわけです

たとえば、男女共同参画の議論でフェミニストが各地の審議会にプロを送り込んだ、と主張する学者もいます。


◎パブコメの充実のほうが優先度が高いのではないか

直接参加は結局のところ、効果があいまいなのに高価な「贅沢品」だと思います。

むしろ、自治体の情報が基本的に全てオープンになることと、パブリックコメント制度(役所が政策を提案し、市民が直接コメントを寄せ、その検討結果を公表する制度と考えるのが分かりやすいでしょうね)の充実が先ではないでしょうか。

市民参加の時間が無い人を救済する議論が置き去りのまま、今のような「一部市民の参加」が進んでいくことを恐れます。


◎負担者と受益者が違う

もう一つ、実は参加したい市民はほとんどいない、というのが現実です。特に納税者として担税力のある働き盛りの人々は市民参加などには興味がないのです。実は行政に関する議論でいちばん問題になるのは受益者と負担者の間のずれなのですが、市民参加はそれが顕著です。


結局、市民参加、特に直接参加は耳ざわりはいいもののかなり根拠があいまい、運用においては慎重さを要する制度であるといえるのではないでしょうか。


ちなみに、ある雑誌(雑誌名を明らかにすると先入観を持つ人がいると思われるため、エチケット違反ですが、あえて省きます)の記事には選挙で退勢が続く左翼の権力奪取のための新しい方便という指摘があったので、一応、挙げておきます。



追記:もちろん、多くの人が積極的に参加する市民参加であれば、私の上記の記述の根拠のうち、一部は崩れてきますし、その方向性がどちらかというと望ましいのは言うまでもありません。

いいね!した人  |  コメント(5)  |  リブログ(0)
1 | 2 | 3 | 4 |最初 次ページ >> ▼ /
facebook

Ameba芸能人・有名人ブログ

芸能ブログニュース

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。

      Ameba芸能人・有名人ブログ 健全運営のための取り組み