『竹取物語の謎を「うら」読みで解く』 since 2013 ~ Weekly KAGUYA
☆ ざっくりと このブログをご理解いただくために
竹取物語 あらすじ *
「うら」読みとは? *
☆ 登場人物の名前から解く
竹取物語の登場人物、名前一覧 *
かぐや姫は、なぜかぐやという名前か 考察 *
かぐや姫はアマテラスに対応 *
☆ 竹取物語と陰陽五行説
ぜひ、応援お願いします。
☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆ 前回まで ☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆
かぐや姫は、5人の求婚者を不幸にした上に、帝までを虜にして後宮を乱しました。中国の史書にも、君主を夢中にさせて政務が疎かになり、国を傾ける「傾国の美女」が登場します。このブログでは、唐の楊貴妃、漢の李夫人、殷の妲己(ダッキ)を紹介してきましたが、さらに、呉の西施(セイシ)を取り上げます。
☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆
妲己に溺れた紂王は、殷王朝の最後の王となってしまいました。
一方、呉の傾国として有名なのが、西施(セイシ)です。
呉王・夫差(フサ)と越王・句践(コウセン)の争いに登場します。
現代の上海(シャンハイ)のあたりが、春秋時代の呉(ゴ)の国です。
越(エツ)はそのさらに南。
隣国同士、争っていました。紀元前500年ころのことです。
…
越の王、句践(コウセン)の軍は、呉を破り、呉王はそのときの傷がもとで亡くなりました。
臨終にあたって、呉王は太子の夫差(フサ)を立てて王とし、いいました。
「なんじは、句践が父を殺したことを忘れるか」
夫差は答えました。
「どうして忘れましょう。三年以内に、きっと越王に復讐します」
夫差は、薪に臥して寝て、復讐を忘れませんでした。
軍を訓練して二年後に越を攻め、勝利をおさめます。
越王句践は会稽(カイケイ)山に籠って和平を求めました。
夫差は、諫める家来のいうことを容れずに、越王に和睦を許しました。
句践は三年間、呉で奴隷として働きました。
帰国すると、我が身を苦しめて復讐を思い出し、
苦い胆を嘗めて「会稽の恥を忘れるか」と言っていました。
自ら耕作し、人民と苦労をともにして、国力を増強します。
越王句践は賢臣を求め、呉を滅ぼす方策を献策させました。
そのなかの一つが、
「美女を贈って、夫差の頭と計略をかき乱す」
という計です。
句践は、ただちに実行に移すように命じ、国中で美女が探されました。
(続きます)…
…画像:Pixabay様よりロイヤリティーフリーの写真をお借りしました…
臥薪嘗胆(ガシンショウタン)という四字熟語のもとになった故事です。
負け戦の恨みを忘れずに、苦労に耐えることですね。
この有名な呉越の争いに、美女が登場してくるわけですが… ☪
● お読みいただき、ありがとうございます。
● ぜひ、応援クリックお願いします
☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆ 次回 ☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚* ☆
探し出した絶世の美女。
参考文献:
片桐洋一、他(校注・訳)
『竹取物語 伊勢物語 大和物語 平中物語 日本古典文学全集8』小学館、1972年。
野口元大(校訂)『竹取物語 新潮日本古典集成 第26回』新潮社、1979年。
大野晋、他(編)『岩波古語辞典』岩波書店、1974年。
戸川芳郎(監修)佐藤進・濱口富士雄(編者)『全訳 漢辞海 第三版』三省堂、2011年。
小竹文夫、他(訳)『史記3世家 上』ちくま学芸文庫、1995年。
袁珂『中国の神話伝説 下』青土社、1993年。