試合開始二分くらいに起きたハプニング。



「切れた!」



俺はすぐに解った。


左手で血を拭うと

ドロッとした血がグローブにべっとりとついていた。


金網で目尻を切ったのだ。



コンタクトも外れ 目にも激突したため、左目がほとんど見えない。



「マジかよ……」



今まで試合中にコンタクトが取れた事は何回もあるが、こんなに早く取れたのは初めてだった。


しかも金網で目尻を切り、流血し 眼球にもダメージを負ってしまった。



選手にしか解らない、当人しか解らない このピンチは本当にデカい。



時間が進むにつれ視力がどんどん落ちてきた。


ボクシングなら完全にストップがかかるくらいの深い傷。



「っ ふざけんなよ!」


しっかりコーティングされていない 安全性のない金網を用意した人間に 試合中に腹を立てる。




1ラウンドが終わり、セコンドの方へ行く。


「左目、見えません 試合できませんよ」

なんて事は宇野さんに言えない。



俺はやるしかない。


インターバルが終わり 2ラウンドが始まる。


俺はガードを上げず、動態視力で相手の攻撃をかわすスタイルを信条としている。



左目が見えないと相手の右のパンチが見えない。



パンチでの勝負を諦め、追いつめられた “カットされるから出さない”はずだったローを出した。



「??」



相手はカットが出来ない。


俺はノーモーションで蹴るため カットされなかった。


「初めから出せば良かった」


と思ったほどローやミドルが当たり出す。



相手はアウトボクシングをしている、インファイトを続ければ勝機があるかもしれない…


とにかく蹴った。


シューズを履いてるから音は鈍いが 一回もカットされない。


「これしかない」


バンチからミドルへのコンビネーションも決まる。



しかし、時間が聞こえない。


「あと 何分なんだ?」



とにかく攻めるしかなかった。



左目はもう役に立っていない…しかし距離が掴めなくても蹴りなら当たる。


アメリカでの経験は無駄じゃなかったんだ…



右ミドルを蹴る。



その時だった。






「ガツン」




右のフックが 強烈なナックルを伴って俺を襲った。




全く見えなかった……



スウェーでヒットポイントをずらす事もできない。



記憶が飛ぶ。



更に右のフックの連打。



俺は ケージの中で 崩れ落ちた。



試合終了 7秒前の事だった……




不運?





いや、 結果には必ず原因がある。




気がつくとディファ有明の天井が見えた。



「終わった…」




何とも言えない喪失感が全身を包んだ。



因果は廻った。








続く。