たからしげるブログ

つれづれ思うことどもを不定期で発信していきます。


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 2017年3月にPHP研究所から刊行した、たからしげる編「本当にあった? 世にも〈不思議・奇妙・不可解〉なお話」(全3巻)に続いて、このほどシリーズ第2弾「本当にあった? 恐怖のお話〈闇・怪・魔〉」(全3巻)が刊行となる。


 児童書界の第一線で活躍している30人の作家さんによるアンソロジーの続編だ。


 前回のシリーズの執筆陣を改めて紹介すると、〈不思議〉篇に、山本省三、高橋うらら、深山さくら、みおちづる、後藤みわこ、金治直美、名木田恵子、石崎洋司、山下明生、天沼春樹、〈奇妙〉篇に、小森香折、森川成美、石井睦美、光丘真理、加藤純子、工藤純子、池田美代子、山口理、最上一平、那須正幹、〈不可解〉篇に、松原秀行、宮下恵茉、楠章子、越水利江子、たからしげる、横山充男、牧野節子、芝田勝茂、三田村信行、村山早紀(敬称略)の30人だった。


 今回の執筆陣は、〈闇〉篇に、山下美樹、寮美千子、那須田淳、長崎夏海、村上しいこ、倉橋燿子、廣嶋玲子、濱野京子、二宮由紀子、令丈ヒロ子、〈怪〉篇に、山本悦子、緑川聖司、堀米薫、たからしげる、藤崎あゆな、樫崎茜、藤真知子、北川チハル、立原えりか、塩野米松、〈魔〉篇に、みずのまい、赤羽じゅんこ、竹内もと代、吉野万理子、川北亮司、野村一秋、せいのあつこ、田部智子、岡信子、梨屋アリエ(敬称略)の30人になる。


 豪華な顔ぶれだとは思いませんか?


 この、合わせて60人のシリーズ執筆陣の中に「たからしげる」がダブっているのは、編者の特権だから仕方がない。


 編集部との折衝をくり返して、先生方一人ひとりに電話やメールで執筆をお願いして、短期間の締め切りまでに原稿をいただいて、内容をチェックして、ゲラを読んで……と、想像を絶するハードな仕事だったのだから。


 でも、いざ、こうやって見本がそろうと、これまでの苦労は全部忘れるね。

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 無事に明けた2018年も、たちまち10日が過ぎてしまった。


 こうして毎日、時間のことばかり気にしているのは、きっと年のせいだ。


 昨年、所属している児童文芸家協会のほうから、毎年1回選ばれる、児童文芸新人賞の選考委員を託された。


 ぼくはこれまで、新人賞はおろか、賞と名のつくものにはまったく無縁で、高校生のときにSFマガジンという雑誌の裏表紙にあった「パイロットSFコーナー」というPRを兼ねたショートショート公募企画に出した作品が、かの偉大なる星新一先生に選ばれたことだけが、唯一の誇れる実績といえる。


 というわけで、このような無冠の作家が新人賞の選考委員などになってよいものかどうか、声をかけられたときは一瞬、迷った。


 しかし、自分のことは棚に上げればいい。


 他人の作品が心に響くかどうか、将来性があるかどうかを独断と偏見でのたまうだけなら、やってもいいかな、と思った。


 おまえが誤った判断を下して、せっかくの隠れた才能の芽を摘むことになるかもしれないのだぞ、という天の声はきこえたが、それがどうした? だ。


 一度や二度の失敗、失策、不運で、その世界の隅っこに追いやられたとしても、真に才能のある人なら必ず、自力で頭をもたげて表舞台に立ってくるに決まっている。


 他人の才能の芽を摘むなんて、そんな大それたことが、この自分にできるわけもない。


 おもしろいから、やってやろう。


 で、昨日、その選考会に初参加した。


 いやあ、他人の作品の気に食わない部分ばかりを、みんなで寄ってたかってあれこれ批判するのは、何と留飲の下がることか。


 描写が古い、人間が書けていない、もっと掘り下げるべきだ、意味が伝わらない、興ざめだ、内容がない、あり得ない……。


 やれやれ、いやな昔者になったものだ。

 


 

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 2017年も残り少なくなった。


 昨日はくもん出版の編集者・谷さんと、市原市の図書館に勤めている考古学者・田所さんと、さんたの会だった。


 さんたというのは、谷さんも田所さんも、たからも、苗字の頭に「た」が着く「3た」だから、そうなった。


 2012年8月、くもん出版から『まぼろしの上総国府を探して』を刊行した際、力を合わせた3人で、さんたの会も、そのときに結成した。


 拙著では、当時、市原市埋蔵文化財調査センターの所長だった田所さんに、監修をしていただいたわけだが、それ以前、新聞記者だったぼくが市原市を管轄とした木更津通信部に勤務していたときからの知己でもある。


 その田所さんは昨年1月、くもん出版から『勇者はなぜ、逃げきれなかったのか』を刊行して児童書作家デビューを果たしたので、いまでは作家という肩書も加わっている。


 集合場所は、JR千葉駅から栄町方面にしばらく歩いた場所にある居酒屋だった。


 集合時間は午後6時だったが、バスや電車の乗り継ぎの都合もあって、午後5時30分ごろには千葉駅に着いてしまった。


 久しぶりに足を運んだ駅構内の立派なことといったら、まるで大都市のターミナル駅のようだ、と思ったところ、よく考えたら千葉駅はもとから大都市のターミナル駅だった。


 以前のイメージがあまりにも暗かったんですよね(笑)。


 それにしても、夕方の風の寒いことといったらなくて、ぶるぶるぶるぶるぶるるる。


 新聞記者をやめて、家に閉じこもりに近い生活をずっと続けてきたので、いまがこんな真冬になっているとは気がつかなかった。


 しかし、お互いに有意義な話をいくつも交換し合えて、おいしいものをたくさん食べさせてもらって、幸せでした。


 みなさん、よいお年をお迎えください。

 

 

 

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 先日、久しぶりに顔を合わせた、同世代の友人がいっていた。


「このごろ、夜、寝るときに、いつも思うのは、え、また寝る時間がきた、なんだよね」


 1日24時間の長さは昔から変わっていないはずなのに、それが過ぎるスピードが、ここにきてぐんと速まってきたのだという。


「年のせいだよ」


 と答えたのは、年をとればとるほど、人生を過ごしてきた総時間が長くなって、その長さに比べたら、1日という刻みの長さは、感覚的にどんどん短いものになっていくからではないか、と考えられるからだ。


 そういえば、子どものころは、1日がじつにゆったりと長く過ぎていった。


 大人になる日ははるか遠くにあって、夏休みなんて、永遠の休日にさえ思えたものだ。


 そんなふうにいうと、友人がいい返した。


「いや。そういう論理は昔からいわれているけど、おれは違うと思うな」


「何が違うんだ?」


「実際に、時間そのものが短くなってきているんだ」


 つまり、時間は日々、短縮を続けており、いまの1時間は、昔の1時間より絶対的に長さが短くなってきているのだという。


「それが証拠に、時間で勝負するスポーツの記録は、年々、更新されていくだろ」


 たとえば、いまの1日24時間を基準にすると、10年前の1日24時間は、実際のところ、1日24時間と数秒ほど、長かった。


 スポーツの時間的記録が更新されていくのは、選手のほうではなく、時間そのものが変容しているからなのだと。


 なかなかおもしろいけれど、よく考えたらずいぶん無理なところもある。


「まあね」


 といって、議論はすぐに終わった。


 はっと気がついたとき、人間はいつでも過去や未来ではなく、現在、この瞬間にいる。


 

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 小学校のころからの幼なじみの友人、Mくんの奥さんが亡くなった。


 2週間くらい前に、久しぶりにかかってきた電話に出ると、奥さんが危篤だという。


 がんの末期で、いまはもう病院にも見放されてしまい、自宅にずっといるという。


 Mくんとは中学もいっしょ、高校・大学は別だったが、ぼくが高2のときに始めたエレキバンドの世界では、大先輩だった。


 中学のころからギターを弾いていて、高校や大学では、まわりのみんなに比べて、ずば抜けたテクニックの持ち主になっていた。


 家が近かったので、よく会って、音楽やバンドの話ばかりいつもしていた。


 ぼくはギターがからきしだめで、バンドではドラムをたたいていたのだが、そのうちいっしょにプレーするようになって、赤坂や六本木にあるナイトクラブでのアルバイトの仕事にも誘ってもらうようになった。


 奥さんのHさんは、そんな凄腕ギタリストの追っかけだったらしい。


 お互いが社会人になってまもなく、ふたりは結婚して、Mくんは1児の父になった。


 いずれはプロのギタリストとしてデビューするつもりだったMくんが、その道をあきらめたのは、運転していた車がバスと正面衝突して、九死に一生を得たものの、手の指を自在に動かせなくなってしまったからだ。


 やがてMくんは、神奈川県座間市の相模が丘に家を買って引っ越していき、ぼくは千葉県市原市の姉ヶ崎に引っこんだ。


 会う機会がほとんどなくなってしまっている間に、酒好きのMくんは50代になってから脳こうそくの発作を数回くり返した。


 もの忘れが激しくなり、歩くのも苦労するようになったMくんを、同年代で明るい性格のHさんは終始支えて生きてきた。


 訃報をきいて駆けつけたぼくに、Mくんは「おれが先だとばかり思っていたのに、あいつ、フライングしやがった」といった。
 

 


 

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 今年3月にPHP研究所から刊行した「本当にあった?」シリーズは、現在、児童書界の第一線で活躍している30人の作家たちによる、全30作品を集めた書き下ろしのアンソロジー(全3巻)だ。


 作家自らがこれまでに体験した、世にも「不思議」「奇妙」「不可解」な事件や出来事をもとにして、小学中・高学年の読者が楽しめるような物語に仕上がっている。


 売れ行きが好調とのことで、9月末、編者を務めたぼくのところに、担当の編集者さんから「営業が乗り気になっているが、次はどうするか?」というメールが入ってきた。


 出すとしたら、「図書館売りを強く意識しているので、来年の2月には店頭に並べなければいけない」との話だ。


 今回のテーマは「恐怖」でいこう、というところはいいのだが、「前回の執筆陣を総入れ替えしたい」との要望も示された。


 ってことは、原稿(400字×15枚)の締め切りが12月初旬で、これから新たに30人の作家さんたちの候補者リストを作り、編者であるぼくがひとりで30人に依頼し、承諾を取らなければいけない。


「やるしかありません」とは答えたが、候補者リストの作成には出版社側も介入し、「なるべく著名で、一発で書ける力のある人」という条件をクリアしなければいけない。


 さあ、大変。


 だれもが「多忙」ではあろうが、たまたまこの時期なら何とか書いてくれるかもしれないという希望を胸に「著名な実力作家」を選び、片っぱしから連絡をとっていった。


 約2週間の「苦闘」で、晴れて30人が決まったのは、じつに喜ばしいことだ。


 本当は、いまのこの時期、ほかにやらなければいけない取材や原稿がたまっている。


 とはいえ、快く「書きます」と応じて下さった作家さんたちと歩むこれからの5カ月間は、かけがえのない日々になるだろう。

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 作家の漆原智良先生、正岡慧子先生とともに、こちらは後発の2016年6月から「言葉にこだわりのあるゲスト」としてレギュラー出演していた、ラジオ・ニッポン放送の、新山千春さんナビゲーターによる「みんなの作文」が、9月いっぱいで終了する。


 ふりかえれば1年と3カ月あまりの短期間の仕事だったが、新山さんをはじめとして、ラジオ局のスタッフやライターの方々もみんな、魅力的な人ばかりだった。


 全国の小中高校生が書いて、コンテストに入選するなど、それなりの評価を得た作文の「よいところ」を、とにかくほめて応援するのが、ゲストとしての役割だった。


 正直、読ませてもらった作文には「よいところ」もあれば、「ここは?」と思うところもあったけれど、けなしてはならない。


 人間だれでも、ほめられて育つ、というのはまちがっていないだろう。


 とはいえ、ただほめてほめてほめちぎるというのは、ある意味では、相手の弱点を知らせないままほめ殺しにするのと変わらない。


 文芸の世界では、とりわけ駆け出しの作家が持ち込む原稿などは、百戦錬磨の編集者にけなされて、こきおろされて、ダメだしされて、いくつもの修正を求められて、挙句に出版はまだ早いと突き返されることは、決して珍しいことではない。


 以前、児童文芸関係の専門学校で教えていたとき、お互いの作品を読み合ってそれぞれの感想を述べようとする生徒たちに「決してほめてはいけない。ここぞとばかりにけなしなさい」といったことがあった。


 もちろん、自分の書いた作品は棚上げだ。


 とはいえ、ほめられるのと、けなされるのと、どっちがいいかときかれれば、精神的にか弱いぼくはけなされるのが大嫌いで、ほめられるとがぜん、やる気がでるんだけどね。


 江尻秀昭さん、望月崇史さん、山田ともえさんにも、お世話になりました。
 

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 この人がまだ生きていたら、世界はもっと魅力あるものになっていくのにと確信できる相手が、平均的な寿命をまっとうしないであの世へ召されるとき、そこにはどのような宇宙的からくりが、存在するのだろう?


 そんなものは初めから存在しない、とするのが、おそらく正解なのかもしれない。


 天才、鬼才の寿命はだいたい短いのが、昔からの相場だ。


 ミュージシャン、尾崎豊26歳。


 作家、樋口一葉24歳。


 作曲家、滝廉太郎23歳。


 グラビアアイドル、堀江しのぶ23歳。


 プロボクサー、大場政夫23歳


 俳優、赤木圭一郎21歳。


 海外に目を向けてみよう。


 女優、シャロン・テート26歳。


 俳優、ジェームス・ディーン24歳。


 俳優、リバー・フェニックス23歳。


 ミュージシャン、バディ・ホリー22歳。


 ミュージシャン、エディ・コクラン21歳。


 ミュージシャン、リッチー・ヴァレンス17歳。


 江戸時代後半の文化文政期、江戸・鉄砲洲にある鳥取藩宗家の分家西館池田家の藩主・松平縫殿頭定常(池田冠山で知られる)の16女、露(通称、露姫)は、幼いころから才女として知られた。


 数え6歳のとき、疱瘡(天然痘)にかかって死去するが、その後に発見されたいくつかの優れた和歌のうちのひとつが、これだ。


 まてしはし なきよのなかの いとまこい むとせのゆめの なこりおしさに


 生前、母・おたへの方へ手渡してあった長文の手紙の中に、この歌がある種の暗号文のような形(最上段の字と最下段の字をひとつずつ拾って読む)をとって隠されていた。


 数え6歳だが、満で計算すると5歳とたった5日間という短い生涯だった。


 露姫ほどの早熟の才女を、知らない。

 


 

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 名刺を刷り増しすることにした。


 前に作ってもらったところは、何かの買い物のついでにたまたまみつけた店だった。


 自宅からだと、車で20分くらいかかる。


 どうせ作るのは200枚だ。


 いまはパソコンを操って、ネットで印刷用の紙だけ買えば、半日くらいでできそうだ。


 もっと早くできるかもしれない。


 ただし、創作の新企画が本格的にスタートして、やる気十分になっている。


 しばらくは、原稿の執筆にエネルギーを注ぎ込みたい。


 見本の1枚があれば、どこの店にもっていっても、金額に大差はないだろうと思い、車で5分の、初めての店にとびこんだ。


 店の人は、作るのに3日ほどかかって、1箱100枚につき2000円です、という。


 ちょっと高くないかな? と思った。


 すると、最初はどこで作ったのかときくので、少し遠くにある店でした、と答えた。


 だったら、そちらにいったほうが、型ができて残っているはずなので安いし、すぐにできますよ、と教えてくれた。


 良心的な店だ。


 車をとばして、前に作ってもらった店にいくと、1箱100枚につき1200円で、あしたにはできますよ、という。


 2箱分の2400円を前払いした翌日、出来上がった名刺をとりにいった。


 刷り上がりをチェックすると、郵便番号の「9」の数字が「0」になっている。


 店主は、以前作った型が見つからなかったので、ぜんぶ打ち直したのだが、そこで間違えてしまったといって、わびた。


 その2箱はそのままに、あしたには修正版を2箱作ってもらうことになった。


 翌日、店にいくと、店主は修正版を3箱300枚も作ってくれていて、おまけにサービスのタオルまでつけてくれた。


 じつに良心的な店だ。


 

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 エディ・コクランの代表曲を集めた2枚組のCD〈EDDIE CОCHRAN SummerTime Blues〉が届いた。


 コクランは1938年10月3日、アメリカ合衆国ミネソタ州の田舎町に、5人きょうだいの末っ子として生まれた。


 幼いときからギターの魅力にとりつかれて、独学で腕を磨き、10代のときに家族とともにカリフォルニア州へ移った。


 カントリーミュージックとブルース・サウンドの影響を強く受けたコクランは1955年、17歳のときに、友人のハンク・コクラン(血縁はない)とコクラン・ブラザースを組み、翌年にはマイナーレーベルからプロとしてのレコードデビューを果たした。


 当初はあまりぱっとしなかった。


 ブレイクのきっかけは同年、当時のセクシー人気女優、ジェイン・マンスフィールド主演の映画「女はそれを我慢できない」に出演して、テレビの中のエルヴィス・プレスリー役として演奏する機会を得たことによる。


 プレスリーが「ハウンド・ドッグ」と合わせて「冷たくしないで」をシングルヒットさせた年でもあったが、歌い方も声の質も確かにプレスリーとよく似ている。


 リバティー・レコードと契約を結んだ1年間で、さまざまなヒット曲を量産した。


 1960年4月17日、初めての英国ツアーを大成功で終わらせて、婚約者でソングライターのシャロン・シーリー、歌手のジーン・ヴィンセントとともに帰国のためにロンドンの空港に向かったタクシーが街灯に衝突、シーリーとヴィンセントは重傷を負うも命は助かったが、車外に投げ出されたコクランは脳挫傷によって翌日、死去した。


 享年21歳だった。


 早世のスターが多いロック・ミュージシャンの世界でも、「ラ・バンバ」のリッチー・ヴァレンス(享年17歳)に次ぐ若さだ。


 それにしても、ポールは長生きだよね。
 

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