写真家&ジャーナリスト高橋智裕『そこにあるもの』

JPU 協同組合日本写真家ユニオン会員 / JSPA 日本風景写真家協会会員
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-ご 案 内-


定期トークライブイベント
  9月14日(日)午後1時~
  人に伝え、心をつなぐRIRE主催
  高橋智裕のみる・きく・まなぶ 『温故知新 vol.1』災害編① -被災後の学校とその再生-
  ゲスト:福島県いわき市立豊間小学校 校長 水谷大(ひろし)氏
  場所:前田家菩提寺 護国山宝円寺(石川県金沢市宝町6-14 TEL:076-231-6050)
  参加費:前日まで予約1,000円、当日1,200円(宝円寺拝観料・1ドリンク込み)
  申込み:お名前・ご住所・電話番号を明記のうえ、下記のE-mailもしくはFAXにて。
  E-mail:rire.mina@gmail.com   FAX:076-214-6945
  
  人に伝え、心をつなぐRIRE ホームページ
  http://riremina.wix.com/tomomina
  
  高橋智裕のみる・きく・まなぶ『温故知新』専用Facebook
  https://www.facebook.com/onkotishin


北陸中日新聞「伝えたいこと」を隔週連載中




NEW !
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昨日は、いわきから須賀川、南相馬、ラジオ福島と移動、宿泊する会津若松に着いたのは午後10時半頃。
須賀川では、農業を営んでいる和田さんご家族と久々にお会いしました。
伺った時にはハウスの中でHBスターチスの収穫をしていました。
ハウスの中は44℃、それでもまだ涼しい方で、夏場は55℃くらいになることが良くあるそうです。
その中で、汗を大量に流しながら、立ったり座ったりを繰り返す収穫作業、本当に大変な作業だと思いますが、お話しをしていると皆さん、素晴らしい笑顔を見せてくれました。
扱っている農作物の取引量は、震災前比の4割程度に留まっているそうですが、和田さんご家族だけではなく、農家の皆さんは、お盆休みもなく、毎日毎日様々なことに気を配りながら作物を育てています。
早く震災前の取引量以上になって欲しいと心から祈ります。
流通業者に携わっている皆さん、よろしくお願いしますね!!!

今日夕方にこっち(石川県)で予定のあった私たちは、「せっかく会津に泊まったのだから鶴ヶ城と飯盛山くらいは観せてよ」という私の要望で2つを駆け足で周り、福島県を後にしました。
21日からまたいわきに戻るので、その時にまたゆっくり色々なところに足を運んだり、友人や関わり続けている方々に会ってきたいと思います。
石川県、雨で心配していたのですが、戻ると素晴らしい夏の青空が広がっていました。
やっぱり、こっちは暑いなあ。

(久々に伺った豊間小学校。夏休みで子供たちの姿はありませんでした。)


(いわき市平薄磯)


(HBスターチスを収穫する友人の和田さんご夫妻)


(和田さんのご両親。皆さん素晴らしい笑顔です)


(今日の鶴ヶ城。青空に栄えます)


(今日の飯森山の白虎隊19士の墓地。多くの人たちが訪れています。)


(離れる前に少しだけ雲の間から頂上を現した磐梯山)


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福島県浪江町は、原発事故後、その地名が有名になった福島県の普通の町でした。
その浪江町は、警戒区域から、再編が行われ、避難解除準備区域・居住制限区域・帰還困難区域の3つに分けられました。
浪江町を南北に走る国道6号は、この再編により、誰でも走ることが出来るようになりましたが、道から逸れ、市街地に入るには許可が必要な状態です。
市街地に入る道の入口にはバリケードや検問所があり、初めてその光景を観る人には現実として受け入れるまでに少しの時間を要する程、この平和な日本の日常にある光景とはかけ離れています。
「国道は自由に走れるのに同じ地域でどうして自由に入れないんだ」という声を聴いたことがあります。それは、原発事故後のあまりに人として考えられない出来事も要因のひとつとなっています。
そう、あの頃、良くメディアでも取り上げられていた空き巣の問題です。
今、この町は、自宅でも自由に宿泊が出来ません。すべて立ち入りを自由にしてしまうと、空き巣が増えるのです。有り得ないと思う方も居るかと思いますが、それが現実なのです。
建物はそのままそこに在り続けるのに、人々の日常はない場所が、同じ日本に存在していることを国民みんなで考えませんか。
今もすべての町民が避難生活を送っています。





何度も訪れている南相馬市小高区。
毎回、いわきに来る時と同じように好転への変化を、「今回は」と期待して行くのですが、今回もその期待は見事に崩れました。
海沿いの地区は、湿地帯のようになっているところ、雑草が生い茂り、震災前、そこはどんなことに利用されていた土地かどうかわからないほど、荒れ果てています。
津波で破壊された家屋、流された車がそのまま残り、そこに雑草が根を張り、そして昆虫や小動物などが生活をしている状態。
本当にまた人が住めるような場所になるのか、と感じてしまう程、自然が人間の作りあげたものを消そうとしています。
必死に対策を講じていると信じたいのですが、この現実を見せつけられる度に、疑念が沸いてしまいます。
どうか、何よりも優先して、津波被害・原発事故被害を受けた地域の再生を早急に行って欲しいと強く願います。

そして、それとは対局した、人の手によって、JR常磐線小高駅前の花壇には、電車が来ることがなく、利用されていない駅でも、そこを彩り豊かにしたいという人々によって色とりどりの花々が植えられています。








昨日も書きましたが、誰が良い悪いではなく、今あるこの悲惨な現実を1日でも早く解消することこそ、もっとも重要な国策なのだと思います。

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毎回、その現場に携わっている方、その事象に精通している方をゲストに招き、トーク形式で皆さんと一緒に知識を持って頂けるように学んで行きましょうというイベントが始まります。
トークライブの後半は、お越し頂いた皆さんの疑問や質問に、ゲストに答えて頂きながらモヤモヤや知らなかったことを身につけて頂けるように一方通行では無い、参加型のトークライブになっています。
色々な分野を学んでみませんか?

第一回は、災害編①です。
ゲストは、福島県いわき市立豊間小学校校長、水谷大(みずたにひろし)さん。
豊間小学校は、いわき市でもっとも津波の被害が甚大な薄磯地区にあります。
現在も、学区の多くが破壊されたままで、児童の9割がスクールバスで、借上げ住宅や仮設住宅から通学しています。
そんな中、学校のみならず、地域のコミュニティーについても尽力し続け、型にはまらない、子供たちを第一に考えた斬新な政策を次々に行い、全国の学校関係者から注目を浴びています。
震災後の学校運営・学校を中心とした地域コミュニティー造り・災害後の子供たちへの接し方など、今も最前線で取り組み続けている方のお話しから、子供を中心にした思考をしてみませんか?

毎回、会場は、加賀百万石を治めていた前田家の菩提寺護国山宝円寺。
先着100名限定です。
詳細は、下記のFBページでご覧ください。
お申し込みは、メールかFAX、FBにて。
E-mail:rire.mina@gmail.com

FAX:076-214-6945

FBページ:https://www.facebook.com/events/512563888887112/


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(子供たちの元気に登校する光景を取り戻して欲しいと切に願います。飯館中学校)

妻を南相馬市に送る時、いつも夜にしか通過していなかった飯館村。
今回、NHK金沢のスタッフの方々も同行して頂いていて、一部でも実際に観て、何かを感じて頂けたらと思い、少し車を降りて一緒に歩いてもらいました。

飯館村と言えば、福島第一原発の事故以降、線量の高い地域として全国的にその名が知られるようになり、マイナスなイメージがついてしまいましたが、震災前は、緑の豊かな村で、定年退職をされた方をはじめ、新たに飯館村で生活を送ろうと多くの人たちが移住するような素晴らしい村でした。
畜産も盛んに行われ、飯館牛はブランド牛として高値が付く程の素晴らしいものでした。
その飯館村は、4度目のお盆を迎えても賑わいを取り戻すことは出来ていません。
地元の方々が家に宿泊する際にも行政に許可を得ての一時宿泊のみでしか泊まれません。
水田だったところは、雑草が生い茂り水田だったことは以前の飯館村を知っている人しかわからなくなってしまう程の荒れよう。
震災前から幾度となく訪れた、日本の風光明媚な村の姿はありません。
飯館中学校は、緑と見事に共存していた頃の面影が残り、校舎はそのまま建っています。
地震や津波で破壊されたわけでもなく、そこにそのまま在り続ける中学校だけではなく飯館のすべての建物。
それでも見えないものによって、あの日から穏やかな村の機能は失われてしまいました。
とても悔しく、とても悲しい。
誰が悪いかなどということよりも、原発がどうこう言うよりも、まずしなければならないこと、それはこの村の態を取り戻すことです。
朝、自転車や徒歩で学校に入って行く子供たち、それを迎える先生方、そんな普通の日々を取り戻すための議論をしてほしいと思います。安全が保障されることが絶対条件ですが。
誰が悪いとか、原発をどうするという議論はその後にして頂きたいと思います。



そして、前回の南相馬に訪れた時にも足を運んだ鹿島区の奇跡の一本松と言われている松がある場所。
お盆のため、復旧工事は休止していましたが、大きな重機が配置されていました。
堤防は破壊されたまま、周囲は見渡すかぎり雑草が生い茂る荒れ地ですが、少しずつ動いています。





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ふるさと福島県いわき市は、カラッとした涼しい空気に包まれています。
夏涼しく、冬温暖という生活するにはとても快適な東北の太平洋に面した最南端の町。
幼い頃から思い出のあるいわき市平薄磯には、東日本大震災以降、何度も通い、ずっと見続けて来た、私には切っても切れない、想いの強い町です。
新しい道が多くの想いのある土地の上に出来、真新しいアスファルトが光沢を帯びて南北に貫いています。その両側には、3年に渡り在り続けた生活の跡の基礎が取り除かれ、平坦な雑草が生息する土地が広がっています。
真新しい今までよりも広く作られた道は、ひっきりなしに他県ナンバーの車が行き来していました。
今もこの地に関心を持って頂ける方々が、お盆を利用して観に来て頂いているのだろうと思いながら、それをぼんやりと眺めていました。
今日の薄磯は、薄磯の象徴とも言える、豊間の灯台(塩屋埼灯台)がもやが掛かり観ることが出来ませんでした。
工事が進み、町からこれまであった震災の爪痕が消えていくのを感じ、町が新しく生まれ変わってもあの日、この地で起きた惨劇は忘れてはならず、それを決して途絶えることなくこの地で新たに町を作って行くだろう次の世代に伝え続けられるようにしなければなりません。
そう、東日本大震災を経験してしまったすべての人が、この世を去ってしまっても伝わるように。
そして、二度と犠牲を未来永劫に渡って出さないように。
あるご遺族は言いました。
伝えたいこと「死なないでください」。
とても悲しく辛い想いをした方が、心から、今生きている私たちに伝えたい、強い言葉です。

~今のいわき市平薄磯~



(いわき市立豊間中学校)


(薄磯海岸)


(海沿いの道は、堤防工事のため通れない)


(新たに舗装された町の南北を貫く道)


(高台移転のための土地を整備するため、山を削る作業が行われている)




(巨大な災害公営住宅が2棟、立ち並ぶ)


その後、いわきの夏の終わりを告げる、内郷回転櫓盆踊り大会の会場、JR内郷駅に向かいました。
幼い頃から、お盆には親に連れられ、多くの屋台が軒を連ね、1年でもっとも内郷駅が賑わう13~15日に開催されるお祭り、明るいうちに行ったのは生涯で初めてでした。
まだ、人出がピークでない時間帯だったので、今までで一番ゆっくり観て歩くことが出来ました。
この盆踊り大会が終わると、25日頃までしかない、公立小中学校で育った私は、長く楽しい夏休みの終わりが近づいていること、夏が過ぎて行くことを寂しく思ったものでした。









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