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『富士日記』『犬が星見た ロシア旅行』などの著作で、現在も人気の高いエッセイスト・武田百合子さんの新刊『あの頃 単行本未収録エッセイ集』(中央公論新社=税抜き2800円)が発売となった。新発売とはいっても著者の武田百合子さんは24年前(1993年5月)に他界されているため、これまでの単行本未収録だった百編余りのエッセイを、一人娘で写真家の武田花さんがまとめたモノだ。これがまた抜群に面白いのだ。

 

 武田百合子さんは昭和の文豪・武田泰淳の妻。私なんかの年代だと、武田泰淳は「国語の教科書に出てくる文豪」といった印象(実際に出ているかどうかは知らないが…)だが、夫の脳梗塞をきっかけに口述筆記を始めたことで、その飾らない文体と表現の面白さに目をつけた編集者に勧められ、エッセイを書き始めたのが百合子さん。その飾らない主婦目線と軽やかな文体、独自な視点と、鋭い批評眼などで現在もエッセイを中心とした著作は版を重ね、若い女性にファンが多いのも納得だ。「武田泰淳は知らないけど、武田百合子のエッセイは好き」という読者も出現し、夫の死後41年、妻の死後24年が過ぎた現在、ちょっとした夫婦の逆転現象まで起きているのも面白い。

 

 食べ物の値段、目の前にいる人の食べ方、味などについては恐るべきディティールの細かさと、なんともいえない独特な比喩を用いて記述しつつ、さして興味のない事象に関しては、サラリと距離を置きつつ放置すらしてしまう、ヒット&アウェイが豊富でリズミカルな文体は、どこから読み始めても、すんなりとその世界観に入り込めてしまう。読者がすぐに武田百合子さんの視線にシンクロしてしまうのも納得だ。武田百合子さんは「人気ブロガー」の元祖だったのかも知れない。

 

 さて、今回発売となった著書には『テレビ日記』と題して、一主婦として視聴していたテレビ番組についてのエッセイも数多く集められている。これがまた小難しい理屈をこねくり回したようなテレビ論などではなく、ミーハーかつ直感的で本当に面白い。後に登場するナンシー関のエッセイにも通ずるシニカルな視点にも注目だ。

 

 赤坂の自宅付近を散歩か買い物中に近道をして公園の中を抜けようとしたら、ちょうど『Gメン75』のロケに出くわし、「空手の名人の刑事」(※おそらく倉田保昭のこと)に見とれ、「空手の名人の刑事の実物は、とてもいいよ」と電話で娘に知らせたいものの、近くに公衆電話がなく、イライラしつつも一人で見物をしていた話。本屋で殿山泰司に会った話。

 

『兇悪シリーズ』(※おそらく『非情のライセンス』のこと)でおなじみの天知茂と信号でスレ違いつつ、毎回「兇悪の○○」のタイトルのつく、この番組名物の放映タイトルが徐々にヘンテコリンなことになっていることに言及したりしている。たしかにこの番組の末期はネタ切れしたのか? 『兇悪のお母さん』とか『やさしい兇悪』なんて明らかに面白いタイトルがあったものだ。いちいち正式な人物名や番組名などを調べもせずに、思いのままに執筆しているあたりに著者の自由奔放さとナマの感情が感じられる。かの有名な米国産西部劇ドラマ『ローン・レンジャー』も、ここでは“キモサベ”扱いだ。

 

 その他、「テレビの正面に坐る人」こと泰淳氏の存命時に一緒にテレビを観ていた場面も多く描かれ、キックボクシング中継に夢中な泰淳氏が、アナウンサーが語る選手のプロフィールを耳にし「あいつは、なかなか感心な奴なんだぞ」と画面の中のキックボクサーを誉め称えていたり、「こりゃひどい。いくら俺でも、これだけは見たくない」と近衛十四郎主演の面白時代劇『素浪人花山大吉』を忌み嫌っていたことなど、文豪・武田泰淳の意外な一面も知ることができる貴重な資料にもなっている。

 

 百合子さんの自由すぎる視点には気どりや制約がない。深夜になるとNHKは映らず、山梨の数少ない民放局しか映らない富士山荘のテレビにて、深夜になると放送される『お座敷トルコ 千姫』のCMや、円谷プロ制作のカルト作『恐怖劇場アンバランス』の第1話『木乃伊の恋』についても言及されていたり、間寛平とチャンバラトリオの結城哲也が野球賭博で捕まり、謝罪会見を行っている様を「何でこんなに謝らなくちゃならないのだろう。イヤな気分になる」と現在の世の中にも通ずる視点で一刀両断。また音楽番組で熱唱するジョー山中を観た感想として「大麻を吸って捕まったとき、友達のことをしゃべらなかった人は、やっぱり何だかいい。内藤ヤス子も岩城滉一もしゃべらなかった。やっぱい、いい」と、これまた独自すぎる視点で称賛するのだった。

 

 さらに驚かされたのは現在、NHKのBS1で放送されている『世界最強の男(ザ・ワールド・ストロンゲストマン)』についてまで記述されていることだ。1977(昭和52)年からスタートした、この怪力自慢のコンテスト。今流行の「細マッチョ」なんぞ、鼻毛の先で吹き飛ばしてしまいそうな本格派で屈強なムキムキ男たちが、クルマを持ち上げつつ運んだり、ひたすら樽を放り投げたり、冷蔵庫を運んだりするコンテストなのだが、初期の大会は東京12チャンネルが金曜夜の『ザ・テレビジョン』(米国の「ゴングショー」や「ガッポリクイズ」なども、この枠でよく放送していた)という番組で放送されていたものだ。

 

 これが相当気に入った様子の百合子さんは、ブルース・ウィルヘルムやドン・ラインフィールドらの活躍を実況中継風に細かく記述。「あー、面白かった。『とうちゃん、面白いの、やってるよ!!』途中で二階へ向って声をかけてやりたかった。二階の仕事部屋に夫がいたなら、少しすると降りてきたろう。涙を拭き拭き笑ったろう」と、改めて3年前に他界した夫の不在を嘆くのである。まさか昭和の文豪も「ワールド・ストロンゲストマン」をもって、妻に不在を嘆かれるとは思わなかったことだろう…。

 

 この『テレビ日記』には、まだビデオデッキが普及していなかった時代ならではの「特に興味はないけれど、たまたま見てしまった。面白いモノを発見してしまった」という、贅沢な時間の流れを感じることができる。

 

 536ページにも及ぶ、ぶ厚いハードカバーの新刊が発売されたばかりで、こんなこと言うのもナンだが、早く持ち運びしやすい文庫版が出てくれることを願う。いつ、どの頁から読み始めても楽しい一冊だ。

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