機械でも遊びが必要なように


人間でも遊びが必要だと考えている


そもそも遊びとはどういう意味か?


私の中では『ゆとりのあること』だと認識している


友だちと遊ぶ時であっても


自分に『心のゆとり』が無ければ遊ぶ時間も捻出できない


この『心のゆとり』というのが非常に重要である


つまりは自分の中での精一杯の度合いが100%でなく


70~80%くらいの度合いで活動をしていると


万が一『非日常』なことが起こった時に


その『20~30%』を使って回避することができるのである


人によっては


『常に120%でやっているから自分の器が拡がるのだ!』


なんて言う人もいる


それもそれで正しい


その人はその方法で自分の器を拡げることができたからだ


だから結論としては


何が正しくて


何が間違っている


そのような基準自体はなく


自分の中で築きあげていくものである


ということになる


その証拠に


『炭水化物ダイエットは効果がある!』


という人がいれば


『炭水化物ダイエットは効果もなく身体によって危険だ!』


という人もいる


どっちが正しいの???


その基準を自分で持つべきだということだ


社会に出れば答えのないことばかり


それが普通なんだということを


余りにも子どもの頃に教えなさすぎてはないか


私自身がそんな不安に駆られている


だからこそ


自分の中での軸がいるのだ


軸を作るために勉強しなければいけないのだ


そう考えれば


やはり『遊び』は必要なのだ


今の仕事に直結していないからこそ


チャレンジしてみること


それも『遊び心』があっていい


大人こそ


時には童心に戻って


我武者羅に遊ぶことも時にはとても大切である