2012年04月09日(月)

【神は死を創造されてはいない】

テーマ:【「死」を考えることは「生」を考える事】

みなさま、本日もこころのエステ・フィットネスに

立ち寄ってくださり、有難うございます。


「生」を考えるために「死」を考える・・・続きです。


キリスト教圏では、

春には「イースター(復活祭)」

があります。


お花見を楽しまれた方もいらっしゃるでしょう。


こちら、広島のチベット、大和町のキャンパスは

まだ、桜の開花はもう少し先のようです。


「復活祭」

冬の向こうに春があるように

死の向こうに「神の国(天国)」が

備えられている・・と信じている

のですが


そうであっても、やはり「死」の

現実は、過酷 なものです。


どうして、このような死があるのか・・・


**************************


わたくしどもの考える立場を申し上げると


聖書のいうところの神、「創造主」は

「死」をお創りにはなっていないということです。


注意深く、聖書を確認してみますと、


聖書の創造主は、死を「創造」しておられないことが

わかります。


最初、創造主なる神が創造された世界には、

「死」はなかった・・・のです。


・・・こう申し上げても、にわかには

お信じになりにくいことと思いますが。


なぜ、死があるのか・・・

答えが見つけにくいテーマではありますが


【創造主なる愛の神は死を創造されてはいない】


ということを、死を考えるにあたっての大前提とし

聖書の記しているところの「死」について

引き続き、記していこうと思っております。


*****************************


本日も、お読みくださり、有難うございます。


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2012年04月02日(月)

【「死」(に伴う悲しみ)のレベル】

テーマ:【「死」を考えることは「生」を考える事】

みなさま、本日も心のエステ・フィットネスに

立ち寄ってくださり、有難うございます。



今という時を大切に、「命を大切に」

生きていただきたいという願いで

「死」を考えています。



いましばらく、少々ハードなエクササイズが

続きますが、お読みくださること有難うございます。


本日は『死のレベル』についてです。


わたくしは、牧師という職務の中で

お亡くなりになった方の葬儀を執り行うこと、

司式をする時がございます。


葬儀は何度行っても、決して慣れるということは

なく、毎回毎回、ご遺族の方の悲しみや痛みに

触れる中で、焦燥感にかられるものです。

葬儀の後はしばらくは、憔悴しきって

何もできません。


「死」というものは、本当に人を悲しみに閉じ込めるもの

です。「死」というものは決してあってはならないものだ

と思っています。


さまざまな方の死に直面させられる中で

わたくし側では、次のような指標をもっています。


それを「死のレベル」

死にともなう『悲しみ』のレベルとして、

それぞれの段階を考慮して

わたくし側では、ご遺族の方々と接するのです。



「死のレベル」とは・・そのレベルが高くなれば

なるほど、「納得できない」感、「理不尽さ」

が増すことを意味しています。


**********************************

【レベル】   <事例>

【レベル1】105歳で祖母は、自宅の畳の上で眠るように安らかに

      家族に見守られながら、老衰で息を引き取った。(自然死)


【レベル2】65歳で父が、心筋梗塞で突然と亡くなった。 (病死)

       

【レベル3】45歳で友人が、脳出血で他界した。


【レベル4】22 歳で娘が、白血病で亡くなった・・・。

【レベル5】5 歳の息子が 白血病で亡くなった・・・。


【レベル6】0 歳の生まれたばかりの赤ちゃんが病死した。


お亡くなりになった時点の年齢が、若年化すればするほど、

病気で仕方がなかった・・・と考えつつも、

ご遺族、関係者の戸惑い、混乱、苦しみ、悲しみは

大きく深いものになります。

       

【レベル7】 自然災害による死等

【レベル8】 70歳の祖母が自転車で転倒し、打ち所が悪く亡くなって

       しまった・・・。


【レベル9】 45歳 妻が運転を誤って 事故死


【レベル10】 幼稚園の子どもが、園庭でジャングルジムから転落し、   

        死亡


【レベル11】 石油コンビナートで働く主人が、爆発事故に

        巻き込まれて死亡


【レベル12】 16歳の少年が、通学中 飲酒運転の車に跳ねられ死亡

        交通事故死


【レベル13】 自 殺


【レベル14】 殺人による死



【レベル9】以降の苦しみの解決については、

たいへん困難で複雑な要因が入り込んで

参ります。


社会的なもの、法律的なものが関わってきます。

なんとか、人が自分自身のこころの中で

解決を試みられるのは、


個人的には・・・【レベル2】までは

ないだろうかと考えます。


それ以降は、故人が亡くなったという悲しみ

に加えて、別の苦しみが加わってくるものです・・・。


その苦しみとは、こちらが気をつけておきさえすれば・・・

あの時、そうしなければよかった・・・

というような「深い後悔」や「自責の念」が

大切な人が亡くなったという悲しみ

に加わってきます。


【レベル9】以降は、

加害者や関係する相手が存在し、

その人々に対しての複雑な関係と

思いが生じてくる・・・。



個人的な悲しみを超えて,

事故や事件を起こした相手や責任者に対する

責任の追及・・怒り等が加わってくる・・・。


賠償問題、裁判等に巻き込まれ、

遺族の疲労が大きくなる・・・。

それらが人々の心を苦しめるようになり、

押しつぶすものになります。



**************************


わたくしが実際、葬儀に関わった経験上

【レベル6】【レベル13】の死が

あります。


この時は、ご関係者の方々には

何をどのように申し上げていいのか

本当に苦しい思いをいたしました。


また、間接的には

【レベル11】【レベル14】が

あります。


関係者のお話を間接的に聞いただけでも

心が激しく動揺、混乱してしまいます。


十数年前 某市某小学校で起きた事件が、


先輩の娘さんの所属するクラス

でのことだったのです。


事件は風化して、人々から忘れ去られている

かもしれませんが、当事者の方々の

心の傷は癒えることはありません。


**************************


どうして、このような悲惨な死があるのか・・・

神様がおられるなら、どうしてこのような

悲惨な出来事が赦されるのか・・・


解決の見えない難問ではありますが、

引き続き、「死」について見つめ続けていきたいと

思います。


いかなる死をも、本来、受け入れがたく、

悲しみを相対的に計ることはできませんが


死を考える一つのステップとして

考えてみました。


**************************

皆様のご健康、ご家族、お仕事すべてが守られますように。

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2012年03月26日(月)

【ドラマ『奇跡のホスピス』】

テーマ:【「死」を考えることは「生」を考える事】

本日もこころのエステ・フィットネスに

立ち寄っていただき、有難うございます。


「死」を考えることは「生」を考えること


今、こちらでは、大切な人生という時間を

「生きるため」に「死」を考えていますが、


ちょうど今週

『奇跡のホスピス』というドラマが放映される予定です。

http://www.mbs.jp/hospice/


3月28日(水) 午後9時~

TBS系全国ネットです。


ぜひ、ご覧になってみてください。


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2012年03月23日(金)

【死とは何か・・・】

テーマ:【「死」を考えることは「生」を考える事】

本日も心のエステ・フィットネスに

立ち寄ってくださり、ありがとうございます。


只今、こちらでは、

少々、ハードなエクササイズメニュー

を提供しています。


にもかかわらず、こちらをお読みくださる皆様には

感謝申し上げます。


************************


「死」について。


しかし、このことをお伝えする目的は


「生きる」を考えること


ただ、それもわたくし個人的には・・・

あまり、大上段に構えず・・・


みなさまが、


「こころからの笑顔で、

”今”を安心して生きていただくため」


に何かお役に立てるなら・・・と思っています。


**************************


「死」・・できたら、あまり考えたくないもの・・・


しかし、これは、いつか必ずやってくる「現実」です。


厳しいですが、その「現実」について

何らかの備えが必要ではないでしょうか。


**************************


しばらく、「死」というテーマを扱いますが、

わたくしが「死」と使う場合、次のような概念を

もとにお話しをしていることを知っておいて

いただけたらと思います。


**************************

Ⅰ. 3つの死について


3つの死とは・・・

(1)「霊」の死について

(2)「魂」の死について

(3)「身体」の死について


聖書によると、人を構成している大切な要素として

「霊」「魂」「身体」というものがあるという考えに

基づいています。

また、聖書のいうところの「霊」「魂」「身体」

の概念の大切なところをまとめますと


霊とは・・「愛」のことです。また、

      愛とは何らかの「関係」のことです。

魂とは・・「判断」のことです。

身体とは・・「行動」のことです。


よって、


(1)「霊」の死とは・・・「愛の関係」が断絶している状況

(2)「魂」の死とは・・・「間違った判断」がもたらすもの

(3)「身体」の死とは・・・「心肺停止、呼吸が止まること」


を意味しています。


聖書的に考えますと、「死」とは

単に「心肺が停止し、生物学的な行動が停止」することを

意味していません。


心臓は動いているけれども、

「死」んでいる状況はある・・・のです。


このことについては、また後日、

実際の聖書のことばをもとにお話します。


*********************************


Ⅱ. "愛”のゆえの死 と ”破壊的”な死


さらに、死について、聖書では


愛のゆえの死と 破壊的な死

という2つの質のことなる「死」があります。


愛のゆえの死とは・・・「犠牲」、「身代わりの死」といわれるもの

破壊的な死とは・・・「破滅」、「滅亡」、「腐敗」・・と同義語の死


聖書の原語によると、それぞれ

愛のゆえの死を表す言葉としては 「アポスネスコー」という死

破壊的な死を表す言葉としては 「ネクローシス」という死


があります。


日本語では、どちらも「死」と訳されるのですが

「アポスネスコー(アポトーシス)」と「ネクローシス」はそれぞれ

意味するところ、本質は全く異なります。


このことについても、後日、説明できればと

思います。


少々理屈っぽくなってしまいました。

申し訳ありません。


聖書によると、

決して、”破滅”や”滅亡”ではない「死」がある

というあたり、を少し、胸に留めていただけるなら

幸いです。


【こころのエステ&フィットネスジム】 ~貴方を内面から輝かせる愛 ~     聖書のことば・智 慧[EQサプリメント]-夕焼けと十字架


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2012年03月20日(火)

【よりよく"生きる"(死を考える)ための参考書】

テーマ:【「死」を考えることは「生」を考える事】

本日もこころのエステ・フィットネスに

立ち寄ってくださり、有難うございます。


よりよい「人生」のために「死」を考える

参考書 本日も2冊お伝えいたします。


まず、一冊目、


日野原重明 著  

『死をどう生きたか-私の心に残る人びと』

中央公論新社



日野原先生

主治医として死を看取った患者さんの中で、著者が

特に生きることの意味を教えられた鈴木大拙氏、

山田耕筰氏、賀川豊彦氏、正力松太郎氏ら

十八名の方々の最期の日々、人間模様が描かれて

います。


死をどう生きたか―私の心に残る人びと/日野原 重明



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2冊目は、

アルフォンス・デーケン著

『よく生き よく笑い よき死と出会う』

新潮社

よく生き よく笑い よき死と出会う/アルフォンス・デーケン

デーケンさん

ぜひ、お近くの図書館や書店でお手にとって

みてください。


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2012年03月19日(月)

【少々、ハードなエクササイズとなりますが・・・】

テーマ:【「死」を考えることは「生」を考える事】

本日もこころのエステ・フィットネスに

立ち寄ってくださり、誠に有難うございます。


さまざまなニュースを通して

震災1年後の東北の人々も、

新たな局面、対策の一歩を踏み出し

がんばっておられる様子が

伝えられた、ここ数週間であったと

思います。


3月も年度末、わたくしの勤め先も

一年間の総括業務と同時に、

新年度についての準備の時と

なっています。


総決算と新年度への備え、準備

気持ちや行動を切り替えるのによい時期だと

思います。


さて、震災で多くの尊い方々の命が失われましたが

多くの方々の悲しみを見るとき、わたくしは

やはり、牧師として、お伝えしなければならないことが

あると・・・こころにずっと渦巻く思いがあります。


それは、死の向こうにある希望を

お伝えしなければ・・・という思いです。


信仰のお話になりますが、また、聖書という書物よりの

一つの立場、一つの見解、ものの考え方の一つ

ではありますが、


「生」を考えるために、あえて「死」の問題について

私見をお伝えできればと思っています。


しばらく、少々、ハードな”心のエクササイズ”

になるかと思いますが、

お読みいただけるなら幸甚です。


「死」を考えることは、決して、不吉で忌み嫌うものではなく


「死」という厳しい「現実」をどう見つめたらいいのか


「死」を見つめるということは、尊い「命」を見つめること


「生きる大切さ」を見つめること 


「限られた命・時間」を大切に、賢明に「生きること」


として考えてみたいと思います。


みなさまの豊かな人生を願って

本日は、一冊の本をご紹介します。


**************************


よりよく「生きるため」のお薦めの一冊・・・


山形謙二医師著

『人間らしく死ぬということ~ホスピス医療の現場から~』


【死を見つめることは生命を見つめること】

【なぜ告知は必要なのだろうか】

【どうすれば自分らしい人生の仕上げができるか】

【最後のその時まで精一杯生きる】

【人は疼痛から解放されて初めて人間的生き方ができる】

【家族の苦しみをどう共有するか】

【別れの挨拶の時】

【正しい信頼関係がつなぐ患者と医者のパートナーシップ】

【病院は、人間と人間との愛の場所】

神戸アドベンチスト病院長
山形 謙二 医師 著
人間らしく死ぬということ―ホスピス医療の現場から

・・人は生きたように死んでいく・・・

といわれています。


よりよく死を迎えるためには

よりよく生きておくことが大切・・・


であるようです。


「死」を破滅や破壊、絶望・・・ととらえるのではなく


「死」とは何か、「死後、人はどうなってしまうのか」

等について、何らかの答えを得るならば


また、もし、
イエス=キリストの赦し、救いを知っていただけるなら

「栄光・希望の門」(神の国、天国の入り口)

として捉えておくならば・・・


戸惑い、不安は完全にぬぐわれない中であっても・・・


「人生のゴール」

そこへ、しっかり向かっていけるのでは

ないでしょうか・・・。


大切な人々と、互いにその関係を

大切にしあいながら・・・

********************************


本日もお読みくださり、ありがとうございます。

本日も神様の祝福、愛が皆様の上に満ち溢れますように。


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2012年03月11日(日)

【忘れず、風化させず、しかし沈み込まず・・・】

テーマ:【心の危機管理】

本日も、心のエステ・フィットネスに立ち寄ってくださり

有難うございます。


さまざまな思いが交差する3月11日を過ごしています。


この大震災を、また、今尚 復興途上にある方々のことを

思うとき・・・


自分のこころの中で、この震災をけっして風化させず

この出来事を目の当たりにしたときに、

思ったこと、考えたことを忘れず、


しかし、悲しみの中に、沈み込まず


理不尽さに葛藤しながらも


やがてすべてが明らかになるときに

ゆだねながら・・・


考え続け、祈りつづけ、自分のできるところに

専念したいという思いを深めています。


東北、震災被害に遭われた方々には

引き続き適切な支援を復興、

慰め、支えがございますように

心よりお祈りいたします。



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2012年03月10日(土)

【ユニクロがスポンサーについてくださいました】

テーマ:【心の危機管理】

本日も心のエステ・フィットネスに
立ち寄ってくださり、有難うございます。

関連機関 アドラジャパン

http://www.adrajpn.org/A_WhatisADRA.html

ユニクロがスポンサーについてくださり
活動を支援くださることになりました。

震災後一年が経ちますが

アドラジャパンの復興支援活動

http://www.adrajpn.org/Projects/Japan/PJE_EastJapanErthq/PJE_EastJapanErthq.html


につきまして
引き続き、皆様のご理解、ご協力を
どうぞ、よろしくお願いいたします。


本当の意味での復興は、これから先が辛く長い道のりに

なるのだと思います。


風化させず、しかし、悲しみに閉じ込められることなく

そこを乗り越えて行かれる東北の方々のことを思い、


日々、わたくしたちのできることを考え

共に生きていく道を模索していきたいものです。




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2012年02月15日(水)

【他人の声(評価)から解放されたザアカイ】

テーマ:【イエス・キリストの教え】

本日も、こころのエステ・フィットネスに立ち寄って

くださり有難うございます。


まだまだ、寒いですが、確実に春に向かって

季節は移り変わっている気配を感じます。


ザアカイの物語の続きです。


ザアカイは、創造主イエス=キリストという存在に出会い

劣等感から解放され、本来の良さ、自分自身を取り戻し

ました。


その時、もう一つ、彼が解放されたものがあると

聖書には記されています。


それは、【他者からの声(評価)】でした。

聖書に次のように記されています。


**************************


「・・・ザアカイは、急いで降りてきて、

 喜んでイエスを迎えた。


これを見た人々は皆つぶやいた・・・。


『あの人(イエス)は、罪深い男のところにいって

宿をとった』


しかし、ザアカイは立ち上がって、主(イエス)に

言った。


『主よ、わたしの財産の半分を貧しい人に施します。

また、誰かから何かだまし取っていたなら、

それを四倍にして返します。』


イエスは言われた。


『今日、救いがこの家を訪れた・・・。

 この人もアブラハムの子なのだから。

人の子(キリスト)は、失われたものを捜して

救うために来たのである。』


(ルカ福音書 19章6-10節)


****************************


ザアカイは人々から嫌われていました。


ザアカイはひょっとしたら、劣等感、負い目から

人からの評価に、人一番敏感だったかも

しれません。


負の評価を受けるたびに、それを払拭するために

東奔西走していたかもしれません。


誰も【負の評価】を好む人はいないでしょう。


【嫌われ者】のザアカイを認め 和やかに談笑し、

評価し、親しくし、家にまで泊まる


イエス様にも、

ザアカイを批判する人々の矛先が向きました。


今までのザアカイだったら、きっと

複雑な思いで、苦々しく、彼らの【評価】(つぶやき)

に心を乱したのではないだろうかと

思うのですが、


所詮、他人は、自分勝手なことを言うものです。


**************************


イエス様と出会ったザアカイは、今までとは

違いました。


イエス様をしっかり見つめ、イエス様の愛のこころを

しっかり、胸に留めたザアカイは、

周囲の雑音(つぶやき、酷評)にも耳を貸さず、


自分の新しい【使命】【役目】【ミッション】【ビジョン】に

目を向け、そのことについて、イエス様に宣言するのです。


【不正を悔い改め、困っている人々のために

自分のできる精一杯の支援をする・・・】と。


その言葉を聞き、キリストは、

ユダヤ人にとっては、最高の名誉ある言葉を

ザアカイに投げかけられます。


「あなたも間違いなくアブラハムの子である」と


この意味しているところは・・・説明は長くなりますので

詳しくは割愛しますが、


アブラハムとは、ユダヤ人にとって信仰の父、人生生涯の

最高のお手本、モデル、また、天国行きを約束されている人

・・・なのです。


アブラハムが神様から受けた同じ恩恵を受けながら

生きること、これは、ユダヤ人にとって、とても名誉

なことなのです。


日本の状況に少し当てはめますと・・・

「皇室に迎え入れられる」ような感じでしょうか・・・


また、皇室よりの種々褒章を授与されるような

ものかもしれません。


”アブラハムの子”という称号は、

その数ある褒章の中でも、最高の褒章、

名誉なのです。


*****************************


しかし、何よりも、ザアカイにとって

本来の自分自身、良さ、純粋さ、能力が

創造主なる神によって、回復したことは

何よりの喜びでした。


「人の子は、失われたものを捜して救ってくださる方」


ザアカイとの関わりを通して、

創造主なる神は、すべての人の、良さ、能力、

生きる目的や意味を回復されることを

示されたのでした。


創造主を家に泊めたことを機に、

自分の生きるべき使命、意味、役割がはっきりした

ザアカイは、それから先、とても幸せで、充実した毎日を

送ったことでしょう。


創造主が、ザアカイに限らず、ザアカイのように信じる

すべての人に与えられる評価があります。


そのことについて聖書は、


「わたし(創造主なる神)の目に あなたは

 高価で、尊い(無限の価値をもっている)」

(旧約聖書 イザヤ43章4節)


というものです。


ザアカイは、【他人の評価】ではなく、

普遍的な、変わることのない【創造主よりの評価】

【愛】を信じたのです。


********************************


本日もお読みくださって、ありがとうございます。

今日もみなさまの一日が良い日でありますように。

神様の祝福、愛が皆様の上に満ち溢れますように。


下記、アイコン,

応援クリックもお願いできましたらうれしいです。<(_ _)>


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2012年02月07日(火)

【劣等感から解放されたザアカイ】

テーマ:【イエス・キリストの教え】

本日も、心のエステ・フィットネスに立ち寄って

くださり、ありがとうございます。


ザアカイの物語の続きです。


ザアカイは、家(こころ)にイエス・キリストを

迎え入れ、キリストは、ザアカイの家に

宿をとりました。


その時から、ザアカイのこころに大きな変化が

訪れたのです。


そのこころの変化とは・・・


ザアカイは、

イエス=キリストと出会うことによって

まず、【劣等感】から解放されたのでした。


【劣等感】は、人から、その本当の良さを

見えないようにし、


また、人と人との関係までギクシャクさせる

かなりの クセモノです。


【劣等感の克服のヒント】、

その観点から、今一度、ザアカイの物語を

振り返ってみます。


************************


イエスは、エリコに入り、町を通っておられた。

そこに、ザアカイという人がいた。


この人は徴税人の頭で、金持ちだった。


イエスがどんな人か見ようとしたが、

背が低かったので、

群衆に遮られて見る事ができなかった。


それで、イエスを見るために、走って先回りし

いちじく桑の木に登った。


(ルカ福音書 19章 1-4節)


************************


【劣等感】というテーマ・・・


聖書には、どうしたことか、ザアカイについて

「背が低かった」 と記されているのです。


「背が低かった」・・・このことは、ザアカイにとって

かなり大きな劣等感、コンプレックスとなっていたに

違いないので、このように記されているのです。


ひょっとしたら、ザアカイは、この劣等感のことで


どうして、神は、わたしをこんなに、小さく

お造りになられたのか・・・と

恨みごともいっていたかもしれません。


この劣等感がどうも、発端となって


ザアカイは、

「金持ち」になろうとし、

人よりいつも、「先回り」していくような、狡猾な性質を

身につけ始めたのかもしれない・・・


しかし、だんだん、それがエスカレートし、

その結果、「人から嫌われ、敬遠され」

挙句の果てには、「木の上に登ってしまう」

状態になった・・・


**************************


「木の上に登っている状態」


これが何を意味するか・・・

実は、「木の上」とは「危険な状態・危険な場所」

の象徴なのです。


どうして危険か・・・何か危険なのか・・・


「木の上」とは、人の「おごり高ぶり、高慢、傲慢」

を示すのです。


***************************


もしも、「木の上」から落下したとしたら・・・

打ち所がわるければ、骨折にとどまらず

死に至る危険があります。


ザアカイの状況は、

たいへん危険な危機的な状況だった

といえるのです。


***************************


その理由①


ザアカイは、大金持ちと記されていますが、

いつの時代にも、【大金がうごめくところ】に

さまざまな【人の欲望】がうごめくものです。


賄賂、収賄・・・お金そのものは、汚くもキレイでも

ないのですが、問題は使い方です・・・


どうも、大きなお金は、人を良いほうには動かさない・・・

犯罪、トラブルの多くは、お金がらみです・・・。

悲しいことです。


【大金】の動くところ【人の欲望】の渦巻くところ

それが、 「木の上(危険)」な状態というのです。


大きなお金を所有することは、

人を高ぶらせ、傲慢にする場合が

あります。


実際、ザアカイは、なんらかの不正を行っていた・・・


それは、とても【危険】だったのです。


****************************


その理由②


これは、宗教的なテーマになりますが、

イエス=キリストとザアカイの位置関係を

イメージしてみてください。


聖書では、イエス=キリストを救い主

天地創造の神と信じていますが、


ザアカイは、木の上にいた・・・

イエス様は、ザアカイを下から見上げて・・・

と書いてありますから・・・


ザアカイは、自分を神より【高い位置】において

いた・・・ということになります。


これは、宗教的に「高慢の極み」という

ことになり、「たいへん危険な状況」

であったといえるのです。


*****************************


それら、大変危険な状況に陥らせた

根本原因・・・をこの物語から、考えますと


【劣等感】というクセモノが浮かび上がってくるのです。


これをザアカイは、「金持ちになることで」

「人より先回りすることで」

なんとか、跳ね除けようと、


人に対して【優越感】を得るために・・・

一生懸命になってしまっていた・・・


その結果、知らず知らずのうちに

【高慢・傲慢】になってしまい、


人から嫌われる結果を招いた・・・


悪循環のループに陥っていた・・・

のではないだろうか・・・


人間の悲哀が描かれている物語だと

思います。


**************************


ザアカイの住んでいた「町」がそれを

また象徴しています。


ザアカイの住んでいた町は、

『エリコ』といいますが、


この町は、かつて高い城壁が張り巡らされていて

その城壁は、難攻不落の城壁といわれていました。


「高い城壁」とは、また「人間の傲慢さ」

の象徴でもあるのです。


大きな劣等感を覆い隠すような

「高い城壁」(防護壁)


ザアカイは、懸命に自分自身の弱さや

小ささ、劣等感を覆い隠すために

知らず知らずのうちに、「高い城壁」

を自分自身の周りに張り巡らし、

自分と他者との関係を遮断していたのでしょう。


その結果、孤立、孤独の中で

寂しい思いをしていた・・・

ザアカイの姿が思い浮かびます。


しかし、そのような中、

なんとかキリストに会いたい・・・という

願いから、木の上に登ったザアカイに

キリストは、やさしく


「ザアカイ、急いで、降りてきなさい・・・わたしは今晩

あなたの家に宿をとることにしている」


と語られたのでした。


そのやさしい一言に、ザアカイの孤立感、孤独感

さびしさは、一瞬にして溶かされたのだと

思います。


***********************


家に泊まらせる相手・・・

みなさまも、そのような関係は、

とても親密な、親しい間柄でないと

泊めたりしませんよね。


ザアカイは、創造主なる神と出会い、

そのやさしさに触れたとき、

その方をこころに受け入れたとき、


今まで、彼の心の本当の良さを

覆い隠す原因となっていた

劣等感、孤独感、孤立感は、すぅっと

取り去られたのでした。

********************************


本日もお読みくださって、ありがとうございます。

今日もみなさまの一日が良い日でありますように。

神様の祝福、愛が皆様の上に満ち溢れますように。


【このお話の続きは>>こちらです】

【このお話の前のお話は<<こちらです】


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