12 求愛の方法 1 | <闇の王と黄金の魔女シリーズ>

<闇の王と黄金の魔女シリーズ>

8才の猛攻幼女ベルと、生きる意味を持たない冷静沈着美青年レメクの童話めいた異世界ファンタジー。貧困・死別など時に重い悲劇を含みます

 息があがってくるのを感じた。
 心臓はドコドコと忙しなく動き、頭はクラクラと揺れている。
 喉を通る息はアッと言う間に熱くなって、奥の方から灼けそうなほどだ。
 ぜひゅぜひゅと息をするあたしに、レメクが訝しげな顔になる。
 あたしは慌てて顔を背けた。
 運良く音にあわせて体が離れる。しかし、すぐさま自動的にレメクの傍に舞い戻る。
 ぁああレメク! こっち見ないようにっ!
 声なき悲鳴をあげて、あたしは一生懸命レメクの視線から逃げた。
 視界の端っこにいるポテトさんは、何故かはんなりイイ笑顔。
(ぅぁああん!)
 あたしが半泣きになったのは言うまでもない。
 息があがっている理由はとても簡単だ。
 例え魔法で踊っているとはいえ、『踊っている』のはあたしの体。
 動きが激しければ息だってあがるし、体もカッカと火照ってくる。まして慣れない動きの連続だ。体力などとうに尽きていた。
 しかし、そんな状況でもあたしの体は見事に踊る。
 息があがっていようがステップは間違えず、スピードは変わらず、姿勢だってこれっぽっちもフラつかない。
 動きだけは実に優雅なものだった。
 さすが魔法といったところだろう。……考えるとちょっと恐いものがあるが。
(と、言うかですね、ダンスって、もっと優雅でスイスイーッてモンじゃないんですか!?)
 正直、全力疾走なみにキツいです。
 こんなのを全曲(一時間!)踊りきったレメクとアウグスタの体力は、いったいどれ程のものなのか。汗一つどころか息一つ乱していなかったのだから、底なしと言う他無いだろう。
 ……やっぱり金ドラゴンと黒ドラゴンだ。
(ぬぁああ! 負けるかーッ!!)
 あたしは根性で踏ん張った。
 もう最初のウフフアハハな気分など、欠片ほどもありゃしない。
 なんか踊ってる最中に気づいたこともあったのだが、それが何だったのかすら思い出せなかった。
 とにかく踊る。息継ぎ必死。だんだんレメクが心配そうな顔になってきた。
(ま、負けないもんッ!!)
 せめてこの一曲。
 この一曲だけは踊りきってみせるのだ!
(絶対……最後まで!)
 あたしは必死に気合いを入れた。
 少しぐらいみっともなくてもいい。とにかく踊りきりたかった。
 だってこれは、今だけの夢だ。
 本当のあたしはとても小さい。だから、次に一緒に踊れるのは、きっと何年も先の事になるだろう。
 それは本当に仕方がないことだけど、やっぱりちょっと……少し寂しい。
 だから今、奇跡がおきているうちに、この曲を最後までを踊りきりたいと思った。
 嘘で固めたまやかしの時間でも、全部を全部、踊りきってみせたい。
 いつか本当に踊れるようになるまで、目標として心に持ち続けていられるように。
 『いつか』を夢見て頑張れるように!
 そのためには、途中で意識失っちゃいましたなんて、駄目なのである!!
(……レメクと一緒に!!)
 最後まで!!
 差し伸べた手をレメクが取る。
 くっついて離れ、くるりと回って……
(……あれ?)
 あたしは目をぱちくりさせた。
 離れようとしたあたしの体が、すっぽりとレメクの腕の中に収まっていた。
 予定外の制止に、体が一瞬だけ変な動きをする。
 だが、それすらも閉じこめられて、あたしはパチパチと瞬きをした。
(なんで?)
 おかしい。ここは、少し離れてそれぞれがステップを踏むはずの場面だ。
 いくらあたしの脳みそがちっちゃくても、レメクの素敵ダンスを忘れるはずが無い。
 ここは間違いなく、ステップの場面だった。
(……レメク?)
 あたしはレメクを振り仰いだ。
 いつもよりずっと近い場所にあるレメクの目は、明かりが乏しいせいで色が全く違って見える。
 濃く深くなっているその色は、下手をすると黒に見えるほどだ。
(踊り、違うよ?)
 首を傾げると、レメクもかすかに首を傾げた。
 少し困っているような顔だった。
 けれど、その口元には淡い微笑が浮かんでいる。
(……レメク?)
 ふと、レメクが微笑わらった。
 体が動く。緩やかに足がすべり出し、すぐにそれは記憶の中のダンスと『同じ』になった。……いや、違う。
 動きが少し、ゆっくりだ。
「……他人と同じ事をしようと、思う必要はありません」
 穏やかな声が優しく言う。
「基本は同じでも、踊り方は人それぞれです。足運びも、早さも、いくらでも変えようがある。……あなたは、あなたにあった踊り方をすればいい」
 あたしは目を瞬かせた。
 頭の中に、華麗に踊るアウグスタの姿が浮かぶ。
 彼女の踊りは鮮やかで、力強く、けれど優雅で美しかった。
 あれだけの踊りを習得するのに、いったいどれだけの時間を費やしたのだろうか。彼女の動きは全てが洗練されていて、無駄な動きが一つも無かった。
 あの時と同じ音楽で、動きだけは(ポテトさんの魔法で)同じだったけれど、あたしは体がついていかなくて、ぜひゅぜひゅ息を荒げていた。
 アウグスタの踊りは、今のあたしにはできないのだ。
「……それは別に、あなたの恥ではありませんよ」
 レメクの手があたしの腰を引き寄せる。
 くるりと回るターンは川の流れのように滑らかで、風の流れのようだったアウグスタの時とは違っていた。
 ゆったりと穏やかに、けれどどこか力強い。
 レメクに導かれるようにして踊るダンスは、あの時に比べてずっとゆっくりだった。動きそのものは似ているのに、動き方がかなり違う。
(……息……しやすい)
 体が楽だ。
 スイスイと泳ぐように動いていく。
 なにがどう変わったのかはよくわからない。けれど、息はだいぶ楽になった。
 レメクがあたしに向かってちょっと微笑む。
 あたしもにっこりと微笑んだ。
 なぜか急速に体の力が抜けていく。
 時間がきたのだ。……そう理解した。
 背中にレメクの背中を感じた所で、ピタッと綺麗にあたしとレメクの動きが止まる。ラストは背中合わせだ。
 あたしの真後ろに、レメクの熱がある。
(……あたた……かい)
 その瞬間、あたしの視界はグラッと後ろに傾いた。
(……あれ?)
 近かった空が遠くなり、背中にあった温もりが消える。
 それは後ろに倒れていっているせいか、それとも元の大きさに戻っていっているせいなのか、あたしにはわからなかったけれど──
「ベル!」
 ただ、慌ててあたしの体を抱き留めようとするレメクの腕の感触だけが、薄れてゆくあたしの意識に強く残ったのだった。

 ※ ※ ※

 ……誰かが頭を撫でてくれているのを感じた。
 優しくて暖かくていい匂いのする手だ。
 あたしは嬉しくなって自分から頭を擦りつけた。
 優しい手はちょっと驚いたように退しりぞき、けれどすぐにさっきと同じように撫でてくれる。
 幸せだと……そう思った。
 こんなことでこんなに幸せな気分になれる自分自身も、とても幸せだと思った。
 暖かい気持ちが体の奥から溢れてきて、体中がぽかぽかしている。
 その幸福にうとうとと微睡んでいると、すぐ近くでぼやく声が聞こえてきた。
「失敗しましたねぇ……やはり器が完全に仕上がっていないと、負担が大きくなるんですか」
 妙に単調な声だった。
 はっきり言って棒読みだ。
(……これは……ポテトさん……)
「……お義父さん……」
 その声に対し、すぐ耳元で別の声が抗議した。
 低く押し殺した声は、どこか唸り声にも似ている。そして、何故か籠もったような響きをしていた。
 それは左耳を押し当てた暖かいものから響いてきており、微かな振動をあたしの左半分に与えていた。
「えーと、そんなに怒った顔しなくても? ちょっと疲れて、その上ちょっぴりお腹が空く程度の『負担』ですから。……にしても、あれだけ食べさせてまだ足りないんですから、許容量はかなりのものですよね。さすがはメリディス族というか……」
「それ以前に、この子はまだ小さな子供だということをお忘れなく!」
「それを言うなら、あなたが紋章術を扱った時のことはどうなります? あれはたしか、三つの時じゃありませんでしたか? ……いやまぁ、あなたと他の子を一緒にするのは、確かに非常に危険ですが」
「その三つの時に、私は危うく死にかけたのですが? ……器が完全に出来上がっていない状態で力を使えば、その反動は必ず本人に返るという見本です。……この子はただでさえ成長が遅れているんです。未だこんなに小さいんですから」
 優しい手が労るようにあたしの髪を撫でる。
 あたしはちょっとしょんぼりしながら、暖かい胸元に頬ずりした。
 確かに、あたしの体は小さい。孤児院の中でも小さい方だった。
 そもそも、孤児院に大きな子はあまりいなかった。
 草や花や野菜だって、栄養を与えなければ小さいままで、時にはそのまま枯れたりもする。ぐんぐん大きくなるためには、それなりの栄養が必要だということだろう。
 あたし達子供もそれと同じで、大きく立派な体になるにはご飯がいる。
 そしてそれをほとんど与えられない孤児達は、やせ細った小さな体になるしかなかったのだ。
 そして、その中でもあたしの体は特に小さかった。
 今だって、年下の……それこそ五歳になるかならないかという子と同じぐらいに小さい。
 ここまで顕著に成長が止まっているのは珍しいらしく、孤児院の連中には親が小さかったんだろうとかいろいろ言われた。
 失礼な話だ。あたしのお母さんは、レメクほどでは無かったけど、ケニードぐらいには大きかったのに。
(……そうよ。将来はレメクぐらいおっきくなって、レメクをがっちり守ってあげるんだから)
 そんなコトを考えた途端、優しい指があたしのほっぺたをぷにっと押した。
「…………?」
 しばらく間を置いてから、またぷにぷにと頬を押していく。
 ……ナニゴト?
「……なにをやってるんですか? レンさん」
「いえ……起きてるような気がしたものですから」
 どういう確かめ方だろうか?
「起きてるというより、夢うつつですね。……ふむ。回復力の高さは子供といえど侮れませんか。やはりメリディスの血……いえ」
 そこで区切って、低い美声の主はくすくすと笑う。
「それ以前に、『伴侶』の匂いですね」
「…………」
「おや。なぜ睨むのです? メリディスが嗅覚に優れ、『匂い』であらゆるものを判別するのはあなたもご存じでしょう?」
 ……どういう種族特徴だ?
 あたしはちょっと眉を顰めた。
 まるで犬か何かのようだ。
「先天的に巫女の力をもち、第六感に優れ、超人的な五感を有する……。確か、伴侶と定めた相手の匂いで、身体能力が飛躍的に引き上げられるんですよね? さすがにこればかりは嘘だろうと思ってましたが、どうやら本当のようですね」
 ほほぅ。
 あたしはぽややんとした頭の中で感心した。
 うちの一族は、そんなオカシナ特徴まで持っていたのですか。初耳です。
 まるで変態のようではないですか!
 と思ったらいきなり鼻を摘まれた。
「ぷなっ!?」
「……なにやってるんですか? レンさん」
「いえ……なにか、一言言わなくてはいけないような気分になりまして」
 てゆかどーして鼻を摘むのです!?
 あたしはぱかっと口を開けた。
 鼻を摘まれては息ができません!
 妙に重たく感じる両手を動かして、まごまごと無体を強いる手に攻撃を仕掛ける。
 しかし! 鼻を摘む指は離れてくれない!!
 心持ち眉を垂れさせて目を開くと、ちょっと驚いたような顔のレメクがすぐそこにいた。
「あぁ、失礼。起きてしまいましたか」
「……あれで目が覚めないと思ってたんですか? レンさん……」
 その左隣にいるポテトさんが、非常に懐疑的な眼差しをレメクへと向ける。
 レメクは無視だ。
「気分はいかがです? 体に不調はありませんか?」
「……その前に、鼻を摘むのをやめませんか?」
 生真面目に問いかけてくるレメクの向こう側で、ポテトさんが大真面目にツッコミをいれる。
 一拍置いて指を離したレメクに対し、あたしは抗議の『ぽかぽか攻撃』を行った。
 ……何故か二人に半笑いされましたが。
(むぅ……っ!)
「あぁ、はいはい。……肩を叩くなら、もう少し背中側にしていただけるとありがたいですね」
 あたしのぽかぽか攻撃に、レメクが半笑いで注文を入れる。
 攻撃されてるというのに、なんという暢気なセリフだろうか!
 あたしは目をキッとつり上げた。
 もっと抗議する意味で今度は胸を叩こう!
「……はいはい」
 なぜ半笑いを深めるのです!?
「……逆効果ですよ、お嬢さん。レンさんを喜ばせてどうするんですか」
 改めてツッコミをいれるポテトさんに、あたしはガーンッとショックで固まった。
 叩かれて喜ぶだなんて、そんな! レメクにそんな趣味があったなんて!?
「違いますよ誤解ですよ趣味ではありませんよ。……お義父さんも、誤解を招くような言い方はしないでください」
「……誤解を招く原因は誰にあると……?」
 さすがのポテトさんもジト目だ。
 あたし達がいるのは大広間の壁際、そこに設置されたカウチの一つだった。
 無論、休憩所のように帳が降りていないため、二人(と、あたし)の姿は周りから丸見えになっている。
 そんな場所にこの目立つ男二人が並んで座っているものだから、周囲には奇妙に遠い人垣ができていた。
 ちなみにあたしはレメクに抱っこされた状態である。太腿グッジョブ。
(というか、やっぱりここに帰ってきちゃったのねっ)
 おそらく、あたしが気絶している間に帰ってきたのだろう。
 できれば外で時間つぶしをしたかったのだが、そうもいかなかったようだ。
 お腹のグルキュー具合からして、そう長いこと寝ていたわけでは無い模様。ならば、まだまだ夜会は続くということなのである!
 ……げっそりだ。
 そしてお腹が空きました。
「まぁ、いいですけど……。ところで、お嬢さん」
 ん?
 しょんぼりと俯いた所で声をかけられ、あたしはきょとんとポテトさんを見上げた。
 ポテトさんは口元をほころばせるようにして柔らかく微笑む。
「良い夢は見れましたか?」
 バタバタと遠くで何かが倒れる音がした。
 レメクがギョッとなってそちらを見るが、あたしとポテトさんは無視である。
「うんっ! 最高だったわ!」
「それはよかった」
 ポテトさんは、それはそれは素晴らしい笑顔を浮かべた。
 ……土砂崩れみたいなすごい音がした。
 さすがに無視できず、あたし達は揃ってそちらへと視線を向ける。
 そして、見なかったことにした。
「お二人とも、なかなかに素敵なダンスでしたよ」
「でも、最後までアウグスタみたいには踊れなかったの……」
「それはそれでいいんですよ。多少のアレンジは許されますから。それに、後の踊りのほうが、雰囲気がでていてよかったです」
「本当!?」
「ええ。バッチリです。私が保証いたします」
「えへへへ。そうだったらいいんだけどなぁ……」
「……何を暢気なことを言っていますか。ベル。あなたはその結果、意識を失うほど消耗してしまったんですよ」
 平然と会話をするあたし達に対し、レメクだけがちょっぴり額に汗をかいている。たぶん、良心の差なのだろう。
 チラと問題の場所を見れば、大きな熊男さん達が一生懸命倒れた人々を搬出していた。
 ものすごい呆れた目でこっちを見ているのは、来客の貴族達と会談していたアウグスタだ。
 人が減っちゃった大広間の中央で、まさに女王として輝いている。
 綺麗な瞳がキラリと告げます。
『オマエタチ。アトデチョット、話ガアル』
 あたしは目をそっと伏せました。
『オミヤゲハ、イリマセン』
 アウグスタの目がギラッと輝いた。
「いいですか、二人とも」
 目で会話するあたし達に気づかなかったのか、レメクが嘆息混じりに声を落とす。
 あたしはそそくさと視線をレメクに戻した。
「今後二度と、あんなことはしてはいけません」
「「…………」」
 あたしはポテトさんをチラッと見た。
 ポテトさんもあたしをチラッと見る。
 以心伝心。心はガッツリ。
 しかし、レメクがそれを許さない。
「また同じようなことをしましたら……私は、お二人とは三日間、口をききません」
「「!!!」」
 あまりのショックに固まった。
 そんなあたし達に、レメクはただ深くため息をつく。
「場所が場所ですので、あえて詳しくは申しません。……ですが、ベル。私は昔、言いましたね? 急がなくてもいいと。かならず、あなたは大人になるのだから、と」
「……う、うん」
「なら、誓ってください。もう二度と、無理やりあんな姿にはならないと。ちゃんと時を経て、成長するのを待つと」
「…………うん」
 少々どころかものすごく未練があったが、あたしは渋々頷いた。
 隣にいるポテトさんが、なんとも言えない微苦笑を浮かべる。
「普通、『私に』念を押しませんか? あんな魔法、私以外に使える者がいるとは思えませんが」
「あなたは、相手の意向を無視しませんから」
 あっさりと言って、レメクは自らの名付け親をじっと見つめる。
「相手がそれを願わなければ、あなたは叶えようとはしない。……つまり、そういうことです」
「……なるほど」
 ポテトさんは小さく笑う。それはどこかくすぐったそうな笑みだった。
「そうですね。あなた方に対する『私』という者は、そういう者でしたね」
「???」
 そうでない場合のポテトさんというのも、何処かにいるんだろうか?
 首を傾げたあたしの前で、ポテトさんがあたしを見つめて言う。
「しかし、残念です。成長したお嬢さんは、とてもとても美しかったのに」
 なんですと!?
 あたしはその瞬間、顔を輝かせてレメクに向き直った。
 って、あああ!? なんで視線を逸らすのです!?
「おじ様!?」
「い、いえ! ベル、あれは正しくない姿ですからっ」
「でも、おじ様!」
「きちんと一つずつ年を重ねて、本当に大きくなったら、ちゃんと言いますから!」
 何年後の話ですか!?
 あたしはぎゅむーっと唇を引き結んだ。
 レメクは必死にそっぽ向いてる。
 そしてポテトさんはニヤニヤだ。
「まぁ、それが無難でしょうね。言葉にすることによって、深まる感情というのもありますから」
「……お義父さん……ッ」
「いえ、あなたのことはよく知っていますから。深まろうがすでに手遅れだろうが、じーっと何もせずに、ずーっと見守っていくんだろうなってことはわかってます」
「?」
 首を傾げるあたしを膝に座らせたまま、レメクが非常に居心地悪そうな顔になる。
 手遅れって何だろう?
「あなたの性格からすれば、それも当然ですか。お嬢さんはあんなにいい匂いをさせていたのに、残念なことですね」
 いい匂い?
 あたしはポテトさんを見上げ、次いでレメクをじっと見つめた。
「いい匂いって?」
 何故か視線を逸らすレメク。その顔を敢えて覗き込むと、ものすごい目でポテトさんを睨みだした。
 ……なんだろう。前屈み事件の時にソックリだ。
「残念も何も、あんな偽りの姿での」
 ぐぅーるるるー。
「……種族特徴など」
 きゅっきゅるるー。
「「…………」」
 くっくるぴー。
 レメクとポテトさんがあたしを見た。
 あたしは自分のお腹を押さえてしょんぼりと俯く。
 ……我慢ならんのだなぁ……あたしの腹は。
「……ベル」
 ……あい。
「……何が食べたいですか?」
 あたしの目が涙に煌めいた。