2 招かれざる客と魔女の訪問 1 | <闇の王と黄金の魔女シリーズ>

<闇の王と黄金の魔女シリーズ>

8才の猛攻幼女ベルと、生きる意味を持たない冷静沈着美青年レメクの童話めいた異世界ファンタジー。貧困・死別など時に重い悲劇を含みます

 王都エイレンタールの春は早い。それは何も気候だけを指して言うのではない。
 王都は国の南にあり、その形は空から見ると東北西の辺りは真円に近く、南の部分だけ逆さのハート形をしている。なぜ南側だけ形が歪なのかと言うと、ここが巨大な港街となっているからだった。
 港を有するということは、外から運び込まれる様々な品が満ちているということだ。春の風物詩も、国のどこよりも早くこの港へと運ばれる。
 実際、肌をさす風はまだ冬のそれであり、街路樹も気の早いもの以外は枯れ木のような姿を晒している。街のそこここにある花壇も、まだ彩りを宿してはいない。
 そんな中にあって、あたしのいる場所は妙に季節感を無視していた。
 やや古めかしい屋敷の周りは、いっそ見事なぐらい緑に充ち満ちている。
 やや肌寒い風に幹を揺らしているのは、屋敷よりも背の高い巨木達だ。地面を覆う苔も青々としていて、どこにも枯れた風情が無い。
 唯一館の前の花壇だけがぽっかりと土壌を晒しているが、これは花が咲いてないという以前に何も植えられていないからだ。せっかく立派な花壇があるのに、もったいないことこの上ない。
 ……ついでだから、野菜でも植えてやろうかしら。
 あたしはそんな誘惑にかられながら、部屋の中から外の様子を観察していた。
 あたしの名前は『ベル』。長ったらしい名前は無い。
 血の繋がった家族のうち、母親は何年も前に他界し、父親のほうはちょっと事情あって疎遠になっている。そっちの方にその他の家族もいるだろうが、向こうはあたしを家族とは思っていないだろう。でなければ、母親の死去後に孤児院になんて入ってない。
 とはいえ、今あたしがいるのも孤児院ではなかった。
 金持ち連中がこぞって住まう北側の地区のうち、比較的端っこのほうにある瀟洒な屋敷。主の名をとって呼ぶのならば、クラウドール邸と言うべきだろうか。
 王都の北側に土地を持つのは裕福な証拠だが、この屋敷に関してはどうも微妙だ。というのも、屋敷の大きさに反して使用人が一人もいない。また、ごく限られた一部分の部屋や廊下は綺麗なもんだが、他の場所は全部放置されてて埃がうずたかく積もっていた。
 自分が暮らす必要最低限さえ整っていればいい、というところだろうか?
 いずれにしても、大きなお屋敷の主らしからぬ主義である。
 主の名前はレメク・(長いので中略)・クラウドール。あたしの命の恩人であり、目下十年後の旦那様である。
 元孤児院の孤児であるあたしがこんな場所にいるのも、レメクが旦那(←本人は未だに頑なに固辞している)なのにも理由がある。
 あと二ヶ月ほどで九つになるあたしは、ごく五日前に街の片隅でひっそりと死にかけた。
 そこをレメクに拾われたのだが、そのときにレメクがとった行動が、うちの一族の掟に触ってしまったのだ。
 ナスティア王国には三十ほどの民族がいて、それぞれに独自の掟を持っている。
 国で定められた法律も守るが、血で繋がる一族の掟も大切だ。
 で、その大切な一族の掟をあたしが守ろうとすると、あたしはレメクと結婚しないといけないのである。望むところだった。
 が、レメクはこれを良しとしない。
 それはもう、ものすごく良しとしない。
 ひたすら言い訳を並べ立てた上に、掟の例外を認めてもらうために、うちの一族の本拠地に行って長老に会おうとまで提案するほどだ。
(まぁ、レメクからすれば当然だろうけど……)
 あたしは窓の外を眺めながら嘆息をつく。
(……せめてあと十年、早く生まれたかったなぁ……)



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