武 | 【実録】ネコ裁判  「ネコが訴えられました。」

「スパァァァァンッ!!!!!」


右の正拳が一瞬ガードを下げた相手の顔面に入った。

よろめき2~3歩後退する。


その瞬間、赤と青の旗が振られる。


タロウ・ユミコ 「よしっっっ!!!」


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只今、家族でイチロウの通っている空手の大会を観戦中。

通い始めて約一年。


初めての公式戦だ。


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審判      「待て!!」


両選手を中央まで戻すと……























審判      「青っ!!……警告っ!!」

















タロウ・ユミコ 「はぁ!!!???」


お互い顔を合わせて目が点になる。


タロウ     「今の入ってたよねぇ?」

ユミコ     「間違いなく入ってたよねぇ?」

タロウ     「だって相手……ヨロっとしてたもんねぇ……。」

ユミコ     「プロテクターの上からでもヨロっとしてたよねぇ……。」



審判      「はじめっ!!!」


審判が声を掛ける。


激しく打ち合う二人。

小学3年生とはいえ、なかなか迫力のあるものだ。


「スパァァァァンッ!!!!!」


相手の右正拳を左手で捌いきつつ、イチロウの右正拳が再び顔面を強打する。


審判      「待てっ!!」


今度は間違いないだろう……。






















審判      「青っ!!……警告っ!!」






















タロウ・ユミコ 「なんでっ!!!???」



……………。



この後も2発ほどド真ん中に入ったのだが……全部「警告」を取られて決め手がないまま時間切れ。

反則を取られているせいで負けてしまった。


一回戦敗退である。



少し離れたところで見ていた師範代の鈴木君(25歳)に「何がいけなかったのか」を聞いてみる。


鈴木      「見てましたよ……。」

タロウ     「で……?」

鈴木      「そうですねぇ……山田君は……」






















「思いっきり殴りすぎです……。」























タロウ・ユミコ 「はぁ???」


鈴木      「いやぁ……ウチの流派は極真とかと違って『フルコンタクト』じゃないですから……。」

タロウ     「え?……そうなの???」

鈴木      「ええ……。」

タロウ     「でもプロテクター着けてますよねぇ……。」

鈴木      「ええ……でもまぁ……あれは『万が一』と言う事で……。」


と言うわけで、「寸止め」がルールだったらしい……。

それを「パチコーーーーンッ!!」とやっちゃったもんだから「反則」を取られたのだ。


正直、空手の試合はワタシも初めてだ。

ルールなんか知る由もない。


そこへ試合を終えたイチロウが首を捻りながら戻ってきた。


イチロウ    「なんか……負けた。」

タロウ・ユミコ 「……………。」

イチロウ    「なんでだろ?」

タロウ     「いや……。」

ユミコ     「あの……。」























タロウ     「思いっきり殴ったらダメらしい……。」






















イチロウ    「はぁ!!!???」



タロウ     「お前……大先生からルール聞いてたか?」

イチロウ    「いや。」


横で鈴木君が笑っている。


鈴木      「あはははは……ちなみに大先生は試合前になんて注意してた?」

イチロウ    「道場でやってるように、思いっきりやって来いって……。」


いや……注意になってないし……。


タロウ     「寸止めとか聞いてなかったか?」

イチロウ    「いや……今初めて聞いた。」


横で鈴木君が……


鈴木      「大先生らしいなぁ……。」


とニヤニヤしながら笑っている。


鈴木      「いつも口癖がね……『空手はスポーツじゃない。武道だ。』ですから。」

タロウ     「はぁ……。」

鈴木      「『戈(ホコ)を止める道』と書いて武道ですから……。」

タロウ     「はぁ……。」

鈴木      「試合に勝つ方法を優先して教える道場もありますよ……。

         テクニックと言うか……なんと言うか……。」

タロウ     「はぁ……。」

鈴木      「でもね……そんな事はもっと大きくなってからでいいんです……まだ3年生だから……。」


他の試合を真剣な目で見つめながら……。


鈴木      「今は伸び伸びとやった方が良いんです。技術は後からドンドン覚えられますから。

          今大切なのは心です。技も体もまだまだこれから……勿論『心』もですけどね……。」


わかったようなわからないような……。

でもなんとなく伝わるものが確かにある。


鈴木      「まぁ……試合には負けましたが……相手には勝ってますよ。」


勝ったはずの対戦相手が反対側で泣いている。

母親に抱き寄せられながら泣いている。


鈴木      「大先生は間違っていないですよ。」


イチロウの頭を「ポンッ」と撫でると


鈴木      「頑張ったな。」


と一言…………。


イチロウ    「まあねっ!!」


と言ったイチロウの目は、確かに負けていなかった。



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ちなみにイチロウの道場からは4人の3年生が出場したのだが……















全員反則負け……。



いや……正直これもどうかと思うんだけどね……。