根負け | 【実録】ネコ裁判  「ネコが訴えられました。」

根負け

どうにも都合の悪い部分はダンマリの様子である。


まぁそれでも仕方ない。

処世術が未熟なのだ。

コチラもそれを無理無理理解するしか無さそうである。


論点を変える。


タロウ     「もうこれ以上譲るつもりはありませんから……とりあえず用件1の訴訟費用の負担分を

         払ってください。」

川畑      「ええ……それは勿論。」


随分小さくなってしまった川畑。


用件1の20580円を持ってきてくれたら……そしてその時にワタシと家族に謝ってくれたら……

もう少し大目に見てやろう。


心の片隅でそう思った。


川畑      「では銀行口座を教えてください。」


え?

振り込みとはまた……超事務的な……。


コチラのちょっぴり情状酌量な心情など「どこ吹く風」って感じである。


それに勘弁して頂きたい。

仕事上の取引でも……好意的な相手でも無い人に口座番号教えるのなんて……。


それこそ個人情報。

どこでどうなるか……分かったもんじゃない……。


タロウ     「イヤです。直接持ってきてください。」


きっぱりお断り。


川畑      「それはできません。アナタのお宅に迷惑がかかります。」


向こうもきっぱりお断り。

しかし「迷惑」……そんな単語が今更出ようとは……。


タロウ     「いや……これ以上迷惑もクソもないでしょう……ウチの家族全部巻き込まれてますから。」

川畑      「でも……それはアナタが話すから……。」


この理屈に付き合うと……話がループしそうである。

なので別のラインから攻めてみる。


タロウ     「払う人が持ってくるのがスジでしょう……違いますか?」


どうだ!

これならどうしようも無いであろう。


川畑     「いや……貰う人が取りに来てくださいよ……違いますか?」


誰か国会で「オウム返し禁止法」を制定してくれ……。

もしこの法律が通過すれば、議論は随分迅速になる。


タロウ     「まぁ……いいですよ……それならそれで……。」


どうやら自分の意見は泣き落としでも何でも使って認めさせるが……相手の意見と相反する場合には

頑として認めない……そういう手法なのであろう。


本当はここでもう一つ……説教でもしたくなったが……疲れてきた。

正直疲れてきた。


1000歩譲ってコチラが折れた。


タロウ     「じゃあ……取りに行きますから日時を指定してください。」

川畑      「明日の……夕方6時でいいですか?」

タロウ     「ああ……結構ですよ。

         マンションの下まで行きますから、降りて来てください。」

川畑      「いや……玄関まで取りに来てください。」


「なんですか!?」

なんなんですか一体……。


どうしてそういう風に話が出来るのであろうか……。

どうしてそこまで「譲れない」のか……コチラは随分譲っている。


ワタシには全く理解できない。

「ギブアンドテイク」が交渉の基礎だとすると

「ギブアンドギブ」で「テイクアンドテイク」になっているではないか。

前々から薄々は感じてはいたが……「別次元の人」なのであろう。


まだ時々店にやってくる「チョーウザーイ」「マヂウザーイ」って化粧しながらメシ喰う

ワケワカランチン女の方がマシに思えてきた。


タロウ     「やだ。」

川畑      「どうしてですか?」

タロウ     「刺されたらやだもん。」


あまりに呆れたので……コチラも無茶な理由を並べてみた。


川畑      「やだな~~~ワタシそんな事しませんよ……フフ……。」


愛想笑いでごまかす川畑。

「じゃあ撃つの?」って聞いてやろうかと思った。


川畑      「エレベーター乗るだけじゃないですか……。」


そっちこそ「エレベーターに乗るだけ」であろう。


なぜそこまで「密会」にしたがるのか……

ズバっと聞いてみる。


タロウ     「誰かに見られて不都合でもあるの?」

川畑      「え………だって……誰かにヘンな評判立てられても……ワタシ困るし……。」


あ~~~~もしもし?

入ってますか?

あ……そうですか?


ワタシの今までは置いてきぼりの様子である。


タロウ     「ヘンな評判も何も……謝罪文書かなきゃ報告書を回覧ですよ……。」

川畑      「ええ……ですから……その辺りも前向きに検討しましてですね……。」


「評判」をアピールすれば「流石に山田も鬼ではない……だから謝罪文を町内会長に見せて終わりかな」

などと思っているのであろう。


そうなった場合、出来るだけ自分の噂が広まらぬように……

マンションの下ではなく、部屋の前にしたいのであろう。


ああ……いいよ。

いいですよ……。


もうどうでも良いですよ。

取り合えずキチンと謝罪文書いてくれれば良いですよ。


そして反省して……今後無茶な裁判をいきなり起さなくなってくれれば良いですよ。

書いてくれれば「用件2」もマケてあげてもいいですよ……。


もう正直……根負けである。


タロウ     「じゃ6時に上まで取りに行きますから……。」

川畑      「あ……はい……。」


あまりのアッサリな反応に、少々拍子抜けの川畑。


タロウ     「一応、今日の電話の内容を書いたものがありますから……明日、それを受け取って

         用件2と3をどうするか……考えてください。」

川畑      「はい……。」

タロウ     「じゃ……。」


電話を切った。


……………。


車のエンジンをかけ……ケータイの画面を眺める。

充電満タン状態から既に1目盛り……川畑のウダウダに約1時間も話してしまった。


店に帰る車中……「そういえば鬼頭さん来てたんだっけか」なんて思い出して……

「あ~~~今……いつものテンションで襲われるとキッツイなー」などと一人溜め息をつく。






タロウ     「ただいまー。」

ヨシコ     「遅かったねぇっ!!」


店に入るなりのヨシコの第一声。


言葉に怒りが篭っている。

そして「チェンジ」の合図を送っている。


鬼頭      「どうも~~~~。こんばんわ~~~~。鬼頭です~~~~~。ハハハハ~~~」


ほぼ完成形の鬼頭さんがカウンターの一番奥の席で手を振っている。

いつにも増して上機嫌でにこやかで……ハイテンションな様子である。


前掛けを締めながら……ヨシコとすれ違いざまに小声で尋ねる


タロウ     「何杯?」

ヨシコ     「6杯」

タロウ     「あちゃ~」


川畑との約一時間に渡る電話会談は……予想以上の精神的疲労となった。

だが、山田屋とハイテンション鬼頭さんには全く関係無い事である。


気を取り直して


タロウ     「さぁっ!!鬼頭さんっ!!なんか旨いモンでも出しましょかっ!?」


切り替えも肝心。


鬼頭      「そうですねぇ……じゃあ豆腐でサラリとお願いします。」

タロウ     「了解っ!」


豆腐と明太子と大葉の和え物を手早く……。


鬼頭      「あ~~~~。それ作ったらコッチ来て下さい。

         今日はタロウ君と『政治と石油』について話し合いたい。」


まだまだ今夜も長くなりそうである。






以下次号。