拝啓川畑カズオ様 | 【実録】ネコ裁判  「ネコが訴えられました。」

拝啓川畑カズオ様

ユミコもイチロウもイチコも……家族全員が寝静まった後、

一人、居間で硯に向かって墨を磨る……。


最後に筆と硯を使ったのは、イチコの命名の時だったろうか……。



きっと本当に気持ちを伝えたい時は、字体にもその気持ちが表れるであろう。

なので普段から大切な事は、出来るだけ手書きで書く事にしている。


今回、わざわざ筆を取ったのは……そんな気持ちの表れと、ほんの少しの遊び心である。




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拝啓、川畑カズオ様


寒暖の差が激しい今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?


さて、先日、本人限定書留で送らせて頂きました私の要求書面ですが、

今日まで残念ながらその返答を頂いておりません。



書面内では、少々堅苦しい文面で書き連ねた為、分かり辛い部分もあったかと思い

筆を取った次第でございます。


要求1につきましては、裁判所が貴方様の提訴した裁判の判決を受けて

裁判所が決定したものでございます。


ですので交渉の余地もありません。

その通りにして頂けないのでしたら、裁判所の判断通りに事を運ぶ次第でございます。


要求2につきましては、飲食業に携わっている貴方様ならご理解できると思いますが、

営業の合間を縫って裁判の為に時間を割く事は、実に大変な事でした。


自分の休日を返上する事は勿論、仕事仲間の協力が無ければとても出来なかったと思います。

又、いくら私が経営者であろうとも、私用で仕事を抜ける事での仲間達の士気の低下は免れません。


金額を見て頂ければお分かりになると思いますが、かなりお安く算定してあります。

ご理解下さいませ。

要求3につきましては、素直に謝罪文を提出して頂き、その態度を示して頂けましたら、

回覧に回すまでは致しません。


ただ、貴方様の電話の態度から察する所、これ位の御覚悟が必要であると思った次第でございます。


町内の有識者の胸に収めて頂く程度と致しましょう。


今回、全くと言って良いほどの濡れ衣で訴えられ、

「勘違いでした。でも裁判での結果は、結果ですので謝る必要はありませんよね。」

では私及び家族と致しましては到底納得のいく対応ではございません。


そのあたりの事情は、貴方様ご自身が私の立場となった時にどう判断するか

その辺りも踏まえ、ご理解下さいませ。



又、この要求2と3につきましては、強制ではありません。

もし要求を受諾して頂けない場合は、不履行の場合の項目の通りでございます。


貴方様は「裁判に訴えてください」と散々申しておりましたので、

その方が返って好都合なのかもわかりません。


でしたら、そのままにして於いて頂ければ結構です。



私事ではございますが、今回裁判というものを初めて体験いたしまして、実に不安でございました。
例え、こちらが断然有利で、判決まで目に見えている訴訟であっても、実に不安でございました。


まず祖父宛に訴状が届いてから、それが取り下げられ私宛に訴状が届くまでの間。

そして裁判が始まった後、判決が確定するまでの間。


社会的には「裁判そのものは精神的苦痛を与えるものでも無く、又、品位や名誉を落すものでも無い」

という事ですが、実際生活をしていますと「訴えられる」事を待つ時間がどれほど苦痛で

じれったいものなのか……。


こればかりは体験した者でなければわかりません。



又、要求3を受諾せず、私の報告書として回覧、掲示する場合は、

私が逆に名誉毀損にならぬよう、判決文の適当な箇所を墨で塗って公開するなど、

町内の有識者の方々、並びに今後お付き合いする事になるであろう弁護士さん達と相談の上、

公開させて頂くつもりでございます。


判決は結果です。


「判決によって名誉が毀損される事も品位が低下する事も無い」と裁判所は定めています。

そして裁判と判決は公開が原則です。


ですので「プライバシーの侵害」を考慮した後の判決の公開は法律的にも認められた権利なのです。


貴方様は、この程度の予備知識は踏まえた上で、突然の提訴をされたと私は認識しております。


公開を望まれたのは貴方様なのです。


法律にお詳しい貴方様の事ですから、ご存知とは思いますが、

名誉毀損及び慰謝料請求の効力消失期限は、その事実を知った時から3年。


つまり要求2を拒否した際には、判決確定の17年10月18日から3年間、

毎日郵便が届く度に裁判所からの通知、若しくは刑事告訴による警察署からの呼出状が

届いていないかを、どうかを気にして毎日生活して下さい。


次いで、要求3を拒否した際の私の報告書ですが、判決が結果である以上その公開に期限はありません。


今後は回覧板が廻って来る度に、掲示板の前を通る度に、

自分の裁判の結果が貼られていないかをご確認下さい。


私がいつ告訴若しくは提訴、並びに回覧板に報告書を挟むかはわかりませんので。



当初2週間と期限を設けておりましたが、私が行動を起す前に

考えを改めて頂けるようになった時はいつでも結構でございます。


良いお返事を頂ける様お待ちしております。



少々長くなってしまいましたが、最後に


相変わらず屋根の無い砕石敷きの駐車場ではございますが

最近、貴方様のお車が、少々綺麗になっておりますね。


きちんと私に請求した110万円以上の修理をされましたでしょうか?


万が一とは思いますが、それ以下の修理費用で修理し、今後、別の人を対象に

110万円以上の訴訟を起こされますと、その差額部分に付きまして、

私は過分に偽った請求をされていたとして、貴方様を詐欺罪で刑事告訴する事になりかねません。


近所の噂と言う物は、すぐに伝わるものでございます。

ましてや私共のように三代も店を構えておりますと尚更です。


何度も書きますが、法律にお詳しい貴方様の事ですから、その様な事態にはならないとは思いますが、

老婆心ながら、ご進言させて頂きました。



寒くなって参りました。


今後ともご自身と共に、私の知る限りでは外装価値0円のお車をご自愛下さいませ。



追伸、川畑様の弁護士様にもよろしくお伝えくださいませ。



敬具


                                                          山田タロウ




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決して上手いとは言えないが、きっと味のある文字である。


三つに折って封筒に入れ糊をつける。


机の上に置き、しばらくその封筒を眺めた後……

破ってゴミ箱に捨てた。



寝静まった家族の顔をしばらく眺めた後、ユミコの横にお邪魔する。

その気配に気付いてか……モゾモゾとユミコ……。


ユミコ     「う~~~~ん……今何時……?」

タロウ     「2時を回ったくらいかな……。」

ユミコ     「……もう……こんな時間までなにやってんの……?」

タロウ     「……ちょっとね……。」

ユミコ     「明日も朝早いんだから………もう寝てよ……。」

タロウ     「ああ……もちろん………。」







平穏な日常……それがなによりの宝である。

                                拝啓 イラスト:

次号最終回。