バイトのミドリちゃん---EP2--- | 【実録】ネコ裁判  「ネコが訴えられました。」

バイトのミドリちゃん---EP2---

ミドリちゃん伝説が好評なので取っておきを一つ。


遡る事1年半。

2004年の1月の出来事である。



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暇な時間にミドリが話しかけて来る。

結構、話好きのコである。

普段から取り留めの無い話を、暇な時間にしている。


ミドリ      「タロウさーん。」

タロウ     「なに?」

ミドリ      「今年、ワタシ…成人式なんです。」

タロウ     「ほー。そりゃおめでとう。」


ワタシがギリギリ30歳の時である。

ミドリとは10歳も離れていたと言う事を改めて実感した。


ミドリ      「で……お父さんと相談してね……成人式に振袖をレンタルで借りて出席するか……

         振袖着て出席したと思って、家族でハワイに旅行に行くかって話になってね……。」

タロウ     「ほうほう……。」


「ほうほう」とは言ったものの「成人式は一生で一度」……「ハワイは金と暇さえあればいつでも行ける」と

思ったのであるが……とりあえず聞く事にした。


ミドリ      「ハワイにしました。」


そう来るか……。

まぁいい。


ミドリ      「で……ハワイってアメリカですか?」

タロウ     「……アメリカです。」

ミドリ      「そうですか……。」


改めて確認する事でもない。


ミドリ      「で……ハワイって英語ですか?」

タロウ     「……英語です。」

ミドリ      「そうですか……。」


改めて確認する事でもない。


ミドリ      「日本語通じますか?」

タロウ     「……そりゃ日本人の観光客も多いからね……全然通じないってわけでもないと思うよ。」

ミドリ      「そうですか……。」


どうにも落ち込んだ雰囲気である。


タロウ     「なんか心配事でもあるのか?」

ミドリ      「そうなんです……。」


言葉に詰まるミドリ……。


ミドリ      「ワタシ海外って沖縄くらいしか行った事なくて……。」


……ちょっと待て……沖縄って……返還前か?


タロウ     「沖縄は日本だぞ。」

ミドリ      「……そうなんですか……。」


ミドリにとっては沖縄が海外か国内かと言う問題は二の次らしい……。

全く無反応である。


ミドリ      「その……日本語ってどのくらい通じるんでしょうか?」


そのことの方が重要らしい。


タロウ     「さぁ……。」

ミドリ      「……………。」


押し黙るミドリ……

「言葉が通じないかも」と言う不安は英語が出来ない人にとってはきっと計り知れない。


ミドリ      「タロウさんって英語話せますよね!?」

タロウ     「んん?……まぁ……会話ぐらいは……。」


「会話ぐらいは…」と聞いて、皆様どう思うであろうか……?


普通の日本の英語教育を受けた人達にとって「会話ができる」と言うのは、「完成形」であると思う。


だが……ワタシの場合は全くの逆である。


中学高校と帰国子女の友人が多かったワタシは、遊び半分で「ナニナニって英語でなんて言うの?」などと聞いて「日本語ではナニナニって言うんだよ」などと毎日言葉遊びをしていた。


そんな私にとって「会話ができる」と言うのは全くの「初歩」であり

「文法ができる」のほうが「完成形」なのである。


お陰でワタシ「文法」はからっきしダメである。

テストの点数も悪かった。



ミドリ      「すごいですね!!タロウさん!!」

タロウ     「いや……そんな事無いよ。」


本当にすごい事は無い。


ミドリ      「ちょっとテストしてください!!」

タロウ     「え?」

ミドリ      「だから、英語のテストです!!」


どうやら何を言っているのか試したい様子である。


タロウ     「じゃ……『こんにちは』」

ミドリ      「グッドアフタヌーン(Good afternoon)」

タロウ     「うーん……。」

ミドリ      「どうしたんですか?」

タロウ     「まあいいか……。」


この場合、good afternoonでテストの場合は正解なのであろうが……

普通は「Hi」とか「hello」でOKである。


タロウ     「じゃ……『ごめんなさい』」

ミドリ      「アイムソーリー(I'm sorry)」
タロウ     「じゃ……『いくらですか?』」

ミドリ      「ハウマッチ?(How much?)」

タロウ     「じゃ……『すみません』」

ミドリ      「エクスキューズミー(excuse me)」


……………。


何度かこんなテストが続いた後……

ちょっぴり調子に乗ったミドリ


ミドリ      「もうちょっと使える英語、ないんですか?」


と聞いてきた。


タロウ     「じゃ……『もう一回言って』」

ミドリ      「…………プリーズ…セイ…アゲイン……?(Please say again?)」


あながち間違いではない。

でも本来ならば「アイ ベグ ユア パアドン(I beg your pardon)とかパアドン ミー(Pardon me)」と

言うところである。


タロウ     「残念……。そうじゃなんんだなー。」

ミドリ      「じゃあ……なんて言うんですか?」


……………。


ここで「悪魔のタロウ」が囁いた。


「飛び切りのイタヅラをしかけろ」……と………。


素直に「悪魔のタロウ」に従うタロウ。

こういう時、人間の脳ミソは驚異的な回転をする。

全てがスローになって時間が止まったように感じる。

自転車でコケた時に、地面にぶつかるまでの……あのコンマ何秒間に似ている。


そして一瞬で「飛び切り」を考え出す……。



タロウ     「全然違うな……。」


勿体を付けて……


タロウ     「『もう一回言って』は……英語で『マイクゥ ェズ イノセン(Michel is inocence)』」


巻き舌にして英語スパイスをたくさん効かせる。

さとられない為だ。


ミドリ      「へぇ~~~難しいですね……。」


掛かった。


タロウ     「全然違うだろ?」


わざと確認を取るワタシ


ミドリ      「そうですねー。もう一回お願いします。」


素直なミドリ。

もうこっちのもの……。


タロウ     「いいか?『マイクゥ ェズ イノセン(Michel is inocence)』」

ミドリ      「『マイクゥ ェズ イノセン(Michel is inocence)』」

タロウ     「まぁ……OKOK。」



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説明する。


Michelとは「マイケルジャクソン」の事である。

そしてinocenceとは「無罪」という意味である。

ミドリがハワイに行こうとしている2004年1月……

全米はマイケルジャクソンの幼児虐待裁判で大盛り上がりの時期であった。



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タロウ     「いいか……商店とかで早口に英語で話しかけられた時には……

         『マイクゥ ェズ イノセン(Michel is inocence)』って言うんだぞ!

         そうすれば、もう一回ゆっくり言ってくれるから!!」

ミドリ      「わかりました!ありがとうございます!!」




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こうして無事(?)ミドリはハワイに飛び立った。


どこで何を聞かれても「マイクゥ ェズ イノセン(Michel is inocence)」を連発する彼女を想像すると

それだけでお腹がイッパイになる。


空港で「マイケルは無罪!」

タクシーで「マイケルは無罪!」

商店で「マイケルは無罪!」

ホテルで「マイケルは無罪!」

レストランで「マイケルは無罪!」……と訴え続ける20歳の日本人の女……。


帰国のその日が最大の楽しみとなった。

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ミドリ帰国のその日……。


多分、家に帰るより先に私の店に来た。


ミドリ      「タロウさん!!教えたでしょ!!」

タロウ     「なにを?」


しらばっくれるワタシ


ミドリ      「知ってるんですから!!」

タロウ     「なにを?」


さらにしらばっくれるワタシ


ミドリ      「タロウさんが教えてくれた『もう一回言って:マイクゥ ェズ イノセン(Michel is inocence)』

         って全然意味が違うじゃないですかっ!!」

タロウ     「あれ?そうだった?」


さらにさらにしらばっくれるワタシ


ミドリ      「ワタシ『もう一回言って』って言う度に……相手の人が怒り出したり…変な顔したり…

         まくし立ててきたり……中には握手を求めてきたり…抱きつかれたり……

         大変だったんですから!!」

タロウ     「あ……そう……。」


あくまでも冷静を装うワタシ……。

でも笑いを堪える口元がイッパイイッパイである。


ミドリ      「でっ!!どういう意味なんですか!?」

タロウ     「ぷぷぷ……。」

ミドリ      「『マイクゥ ェズ イノセン(Michel is inocence)』はどういう意味ですか!?」

タロウ     「え……まだ知らないの?」

ミドリ      「はいっ!……だってウチの家族、片言だって英語出来ませんから!!

          ワタシが一番マシなほうなんですっ!!」


誰も英語が出来ないのにハワイ旅行……。

結構なチャレンジャー家族である。


タロウ     「じゃ……仕方ない……バラすか……。」

ミドリ      「早く教えてくださいよっ!!」

タロウ     「『マイクゥ ェズ イノセン(Michel is inocence)』は……。」


もう笑いがあふれ出す。


タロウ     「マイケルは無罪。」

ミドリ      「……………。」






ミドリ      「……ぶはっ……マジか……やられた……。」


怒りを通り越して放心状態のミドリ……。

とりあえず謝り倒して許してもらった。

                                    マイケル    イラスト:

以下次号