一大プロジェクト | 【実録】ネコ裁判  「ネコが訴えられました。」

一大プロジェクト

杉森のおばさんが帰った後……。

店も落ち着いた頃だ……。


日付は同じ8月20日……土曜日はそんなに忙しくない。

オフィス街も兼ねたこの駅前一帯は、そんな調子だ。


奥でハサミとカッターとガムテープを持って作業をする……。


横でイチロウが黙って見ている。


母ヨシコが野菜を取りにやって来た。


ヨシコ     「……あんた……なにしてんの?」

タロウ     「……いや……ちょっと……。」


手を止めずに返事をする。


ヨシコ     「…イチロウの夏休みの工作かい?」

タロウ     「いや……違う。」


相手は大きな業務用の段ボールが二つだ……。

とても学校に持っていけるサイズじゃない……。


ヨシコ     「なんでもいいけどさ……片付けといてよ。」

タロウ     「ああ……。」


ヨシコ……野菜を持って店に……。


作業を続ける……。


一つの箱の側面に5~6cmの穴を開けて覗き穴を作る……。

二つの箱を上下に合わせると……小さなシェルターの出来上がりだ。


マンガで「殻からヒヨコが出てくる」一歩前の状態である。


二つの箱をガムテープで止める……。二つに折れれば出入りが出来る……。


タロウ     「よし!完成。」

イチロウ    「入るかな……オレ……。」

タロウ     「大丈夫だって……。試してみ。」

イチロウ    「……うん。」


イチロウを中に収納する。

しゃがんだような状態だ。

そして上部分を元に戻す。


タロウ     「OKじゃん!ばっちりじゃん!!」

イチロウ    「………。」


とりあえずシェルターは出来た。


タロウ     「よし!これで後はハンディカム持って入ればOKだな。」

イチロウ    「ほんとにやるの?」

タロウ     「やる。

イチロウ    「………。」


ここまで書けば、もうお分かりであろう……。

シロクロがサッシを開ける瞬間をビデオ撮影しようというのだ。


だが肝心のシロクロは……。

最近あまり来ない。

網戸を開けた形跡を発見できるのは……週に一回あるか無いか……。


それに最近ではワタシの顔を見ると、すまなさそうに踵を返す。

それは庭先であっても帰っていく……。ネットの向こうでも帰っていく……。


イチロウに対してでもである。


前にも書いたがイチロウにとって、この倉庫と2畳の居間は最高のスペースである。

夏休み中の現在……ここはイチロウの縄張りである。

ネコが来れば「シチサン」のように気付かれ……追い払われたり写真を撮られたりする。



シロクロが来ないのは来ないのでありがたいのであるが……。

今日ばかりは来て頂かないと困るのである。


タロウ     「ハンディカム持ってみ。」

イチロウ    「うん。」

タロウ     「じゃ。閉めるぞ。」

イチロウ    「うん。」


……………。


イチロウ    「ハンディカム構えたままの体勢は……辛いよ……。」

タロウ     「………身動きとれないのか?」

イチロウ    「うん……。」

タロウ     「…………。」

イチロウ    「これで見張るんでしょ?」

タロウ     「………そう………。」

イチロウ    「…………。」

タロウ     「…………。」

イチロウ    「もう手が痺れてきた……。」

タロウ     「もうか?まだ3分経ってないぞ……。」

イチロウ    「いや……もう限界。」


仕方ないので箱を外す……。


イチロウ    「お父さん……無理。」

タロウ     「設計ミスだな……。」

イチロウ    「もう一回改造しようよ。」

タロウ     「そうだな。」


またハサミとカッターとガムテープで箱をいじくる……。


さっきよりは少々大きくなってゆとりが出来た。


タロウ     「よし。もう一回チャレンジだ。」

イチロウ    「……うん。」


今度はイチロウもすんなり入った。

それにハンディカムの上げ下げも可能である。


タロウ     「一回テストで撮ってみ。」

イチロウ    「うん。」


中でゴソゴソやるが……。撮っている様子は無い……。


イチロウ    「だめだ父さん…。」

タロウ     「どうした?」

イチロウ    「手元が暗くて操作できない……。」

タロウ     「…………。」


もう一度改造である。


イチロウ    「あのさ……父さん。」

タロウ     「なに?」

イチロウ    「ケータイのビデオはだめかな?」

タロウ     「それだと画像がな……。」

イチロウ    「あれならボクわかるんだけど……じいちゃんので遊んでるから……。」

タロウ     「………じゃあケータイのカメラにするか……。」


背に腹は変えられない……。

ケータイビデオで妥協した。


タロウ     「試しに撮ってみ。」

イチロウ    「うん。」


ガサゴソやっている……。

でもさっきよりは静かだ


イチロウ    「OK……撮れた。」

タロウ     「見せてみ。」


結構ちゃんと撮れていた。

この位置からならサッシを開けるシロクロの様子が撮れるであろう。


タロウ     「じゃ……作戦スタートな。」

イチロウ    「OK。」


…………。


タロウ     「テレビは見える位置に移動してやるから……。」

イチロウ    「OK。」


テレビを移動してやる。


タロウ     「この辺か?」

イチロウ    「うん。テレビは見える……。けどテレビでサッシが見えない……。」

タロウ     「だめじゃん。……じゃあもっと左にテレビを移動だな。」


何度か移動を繰り返して……サッシが見えてテレビも見れるポジションを決めた。


タロウ     「イヤホン」

イチロウ    「OK。」


箱の隙間からイヤホンのコードを滑り込ませる。


タロウ     「出来るか?」

イチロウ    「………ちょっと待って………大丈夫。できた。」


これでイチロウの暇つぶしはOKである。


タロウ     「じゃ。頼んだ。」

イチロウ    「エアコンは?」

タロウ     「ガスが抜けてるから……多分送風しかできない……。」

イチロウ    「………じゃあいいや……。」


土間で靴を履くワタシに……。


イチロウ    「褒美は?」

タロウ     「子供がイチイチ確認するなよ……。さっき話したろ……『恐竜博』

イチロウ    「OK。」


恐竜博とは……今、愛知万博の一環で開かれている別棟展示だ。

子供は今も昔も恐竜と昆虫が好きらしい……。


店に戻って仕事の続きをする。




時刻は6時前……。


イチロウがシェルターに篭ってから小一時間だ……。


突然奥に続くドアが「バンッ!!」と開いてイチロウがハァハァ言いながら出てきた……。


イチロウ    「だめだ……。父さん……焼死する……。」


見るとびしょ濡れのTシャツから汗が滴り落ちている……。


それもそうだ……サッシを開ける様子を撮影するのであるからサッシは締め切っている。

冷蔵庫合わせて3台の排気熱と自分の体温がシェルター内で篭って……

多分サウナ状態だったのであろう……。


「正確には『焼死』じゃないんだな。」などと突っ込むスキも見せない様子である。

脱水症状で倒れる勢いだ……。


イチロウ    「はぁはぁ……はぁ…はぁ……水……ポカリ……。」


だが……ここは父親……。

あくまでも冷静を装って……。


タロウ     「………設計ミスだな……。」


と言ってみた。


イチロウ……無言で水を飲む……。がぶ飲みだ………。


タロウ     「まあいいや……時間も時間だし……メシ喰ったら、もう一回改造だな。」

イチロウ    「……まじで?」


目が涙ぐんでいる……。


タロウ     「マジだ……。心配するな。もう一回改造するから……それに科学に失敗は付き物だ。」


マンガに出てくるダメ科学者のようなセリフである。


子供……特に男の子は「昆虫」と「恐竜」と「科学」に弱い……。

段ボールでの工作に「科学」も糞も無いが、ここは父親得意の口八丁手八丁である。


イチロウのメシを作ってやる……。

少々やさしさを見せて……ちょっぴり好きな物を作ってやる。

せめてもの罪滅ぼしだ……。


何故か普段よりゆっくり食べるイチロウ……。

「必殺食事牛歩戦術」の様子である……。


タロウ     「早く喰って……やろうぜ。……もう一度改造しなきゃいかんからな。」

イチロウ    「うん……。」


それでも箸は進まない……。

いつもなら怒るところだが、今日は「そおっと」しておくことにした。



……………。



7時を少し過ぎた頃……。


タロウ     「よし!再開だ!改造開始だ!!」


とカツを入れる。


タロウ     「いくぞ!!」


嫌々ついて来るイチロウ……。


倉庫には床に滴った汗と壊れかけた段ボールシェルターがある。


タロウ     「どう改造すればいいと思う?」

イチロウ    「……………。」


返事が無い……。と言うか既にやる気が無い……。


タロウ     「涼しくすればいいんだろ?」


わざと振ってみた……。


イチロウ    「……そうだけど………。」


「どうせいい案など無いだろう…」と少々反抗的な目である。


……………。


しばらく黙る二人……。

出来ればイチロウに案を出させたい……。そうすればコチラが悪くなる割合が少なくなる。


……………。


イチロウ    「そうだ!」


来た!!


イチロウ    「冷蔵庫の中から撮ればいいんだ!!」


やりすぎである……。

それに冷蔵庫のドアは業務用だからステンレス……。

ドアに穴を開けるのか?


イチロウ    「冷蔵庫と段ボールをドッキングさせればいいんだよ!!」


ドッキング……久しぶりに聞くマンガっぽい用語である。

しかしまあ……ナイス発想である。


タロウ     「よし……じゃあ段ボールの片側をうまく切ってだな……。」


作業を始める。

ガムテープでグルグルになったシェルターは……既に原型を留めていない。


タロウ     「こんなかんじでどうだ?」

イチロウ    「お。いいかんじ。」


箱の片側からドッキングベイを出し……ドアの開いた冷蔵庫に隙間無くスッポリとはめる。


タロウ     「イチロウ入ってみ。」

イチロウ    「OKOK。」


イチロウが入ったシェルターを引きずって……ドッキング完了である。


タロウ     「どう?」

イチロウ    「お。涼しい!いい感じ!いい感じ!」


時々母ヨシコが様子を見に来る……。

「あほらし…」と言った顔である。


タロウ     「じゃ。店行くから…。後はよろしく。」

イチロウ    「OK。」




店に戻って、更に小一時間……。


イチロウが今度はすまなさそうにそおっとドアを開ける……。


イチロウ    「父さん……。疲れた……。もうやりたくない……。」


半泣きである。

その半泣きの孫の顔を見てヨシコが割って入る。


ヨシコ     「あのさー。子供がイヤだって言ってるんだから……。もうよしなよ!

         やるならアンタが!タロウがやりな!!」


ごもっともである。

だが箱に入りきらない……。ワタシは180cmの男である。


タロウ     「オレ……入らないよ。入る箱を作ると……また大変だよ。冷蔵庫直結しないと暑いし……。」

ヨシコ     「………。………。ふぅ……っ」


とため息をつくと……


ヨシコ     「あのさぁ……。親子仲良くやってるからさ……。今まで言わなかったけどさ………。

         『いつ気付くかなーいつ気付くかなー』と思ってたけどさ………。」

タロウ     「なによ?」


もったいぶる母。


ヨシコ     「シロクロはサッシのところから入ってくるんだろ?」

タロウ     「そうだよ。」

ヨシコ     「だったら別に裏面まで囲うこと無いじゃないか!!」


!!


ヨシコ     「バッカじゃないのっ!!二人そろって!!」


バカだった。


タロウ     「……………。」

イチロウ    「……………。」

タロウ     「なぁ……続き…明日にしよか……。」

イチロウ    「OK。」

                                 続一大 イラスト:

以下次号。