三回忌
今日は母の三回忌、姉とお墓参りに行ってきました。我が家は樒(しきみ)を墓前に飾る風習でしたが、立ち寄ったスーパーの生花コーナー2区画に別起きされた榊(さかき)と樒は形が非常に似ていて、見分けがつきませんでした。かろうじて幼いころに嗅いだ樒のあの臭さを手掛かりに探しました。きつめのお線香の、礼儀正しくや生真面目にを通り越した所まで強要される、厳かなあの匂い。匂いの性格がドクダミに近いかな。好きだと感じた時もあったし、臭いと思う事もしばしば。でも、どちらの桶に入った緑もあの匂いはしなかったので、多分どっちも榊だったと思います。途中宗派が変わったり、母も私達娘らも無宗教なので、全然何を飾るかにこだわるつもりはありません。だからといって、榊は神前に飾るものですので、お花を買うことにしました。仏花の束ってなんであんなにセンスがないのかしら?黄色や白の菊、赤いカーネーション、青いリンドウ。一個一個の花に罪はないんだけれど、なんだかセンスなく感じちゃう。同じ色使いでも、同じ花でも、素敵なアレンジはいくらでも 見た事があるのに。あの束を見るたびにがっくりしてしまう。ランチの選択権を姉に譲った御かげか、姉は私にチョイスを任せてくれました。姉の選んだ黄色と白の菊だけのセットも悪くはないけれど、私はトルコ桔梗の薄ピンクと薄紫のセットを選びました。その束は一つずつの蕾が大人の男性の親指くらいのサイズ。開口部が少しだけ外側に反って、薄い花びらがらせん状に少しだけ広がり、小さくて丸くてキュートな姿。小ぶりのバラにも似ているけれど、花びらはもっと薄くて儚げです。可愛い 可愛い 可愛い。これなら、お金を出して買うだけの価値を感じちゃう。自宅に飾りたいくらい。でもねぇ、今日は母に捧げる日。思いのたけを込めて、墓前に供えてきました。そして、人生の大きな岐路の選択をしたことを告げてきました。「ついで参りは、するもんじゃない!」昔の人はそう叱るけれど、やっぱり父にもあいさつをしたい。同じお墓にいる父と母。母への語りが終わった後、父に向って掛けた言葉は「お父さん、お元気ですか?」声に出していたわけじゃないのに、もうその瞬間に吹き出してしまう。「いや、もう、父さん、死んじゃってるってば!」毎回お参りするたびに、同じセリフを自分に言っている。母には前置きなしにストレートで重大事を伝えるのに、父には前置きの挨拶だけになっちゃったりして。でもさぁ、顔を見せてるだけでも、いいよね?お母さんに話してたこと、聞こえてたでしょ?それに、もし父さんに直に話しても、答えは「そうか」の一言だって、私、知ってるし。その代わりね、父さんの事も、母さんの事も、お墓に来ていない時だって、しょっちゅう しょっちゅう思っているし、思い出しているよ。あなたなら、なんて言うか、どうしたか。