(2)語り合う2人
俺は高校卒業を機会に、本格的にバンド活動に集中するために家を出た。バンド仲間や世話になった事務所などを転々とした後、寝るだけの狭いアパートで俺は一人暮らしを始めた。そしてまとまったお金が入用になるたびに、俺は家に顔を出した。俺が家に姿を現す目的を、母親は何も言わなくても分かっていた。
俺がアパートに戻って行くと、母親はいつの時もそれなりのお金を俺に持たせてくれた。恥ずかしい話だが、24歳になる今まで俺はそんなことを続けていた。そんな母親は父親と一緒に、田舎暮らしをするために俺と入れ替わるように家から出て行った。家に戻ってきたにも関わらず、俺は今度こそ本当の意味での自立をしなければならないこととなっていた。
今まで何度か家に戻ってきていた俺に、母親は幼馴染の涼子ちゃんと言って涼子について色々な話を聞かせてくれていた。俺から先に母親に涼子のことについて、聞くことなどは一切なかった。とにかく俺に母親は涼子がどこの大学へ進学したとか、どこの企業に就職したとか涼子の身の回りに起きたことを俺にその都度報告してくれていた。
だから涼子が今銀行に勤めていることを母親から聞かされていた俺には、実際に久し振りに再会した涼子が随分と大きく見えていた。当然その分自分が今まで何をしてきたのかと、心のどこかで俺に問い掛けていた自分自身がいた。そんな事情も加わってなのだろうが、俺の中に何となくぼやぼやしている暇はないという想いが目覚めてきていた。
6年ぶりに再会した涼子と、俺はまるで時が止まっていたかのように以前と変わらない感じで話すことができた。正直俺は高校卒業後から今までの6年間の重みが、もっとはっきりと俺の前に現れるものと感じていた。ところが時間の経過がこれほど人を変えてしまうものなのかと思うだろうと考えていたのに、俺にとって涼子との出会いは真逆だった。
俺と涼子は異性の存在を強く意識するようになっていたはずの高校生の時も、まるで幼稚園時代から何も変わっていないかのように一緒になって同じ風景を見つめていた。高校時代にバンドを組んで音楽活動を始めた頃に、俺は結構オリジナル楽曲を創った。そしてその中でもラヴソングを創る時には、仮想の恋人として俺は自分の中だけで涼子のことを想いながら創ったこともあった。
だがそんなことがあっても、俺の目の前の涼子の姿が変わることなど一切なかった。時には真夜中から朝方まで、2人で黙ったまま窓辺に佇んでいた時もあった。あの時の2人の間に流れていた時間は、一体何のための時間だったのだろうか?いまだに俺には分からないままだった。
そう言えば長い間同じ時間の中に留まっていた2人だったが、その時間の中で俺が涼子にそして涼子が俺に約束事をすることはなかった。今から思えば約束事が積み重なってくると、次第にお互いに息苦しさを覚えてきていたに違いなかった。だから俺は今でのそのことが2人で一緒の風景を見ることに対してOKを出していたように思えていた。