「緩和ケア満杯」→「在宅医療」を考えると… | 卵巣がんになった`zaki‘の空間遊泳

卵巣がんになった`zaki‘の空間遊泳

2006年秋「悪性卵巣腫瘍の疑い」と告げられ、治療→再発転移を幾度も繰り返す。
◆受けた治療:手術4回・化学療法5ライン・放射線1回・がんカテーテル治療15回
◆現在: リムパーザ錠服用中
♫ 卵巣がんと長~くお付き合いしている、現役患者です。



以前から緩和ケアの病床が不足していることは知られています。

どんどん在宅にもって行きたいのが‘お国‘の方針です。

が・・・しかし・・・です。

地域格差や、医師不足などなどまだまだ課題の多いのが在宅で終末を迎えることですね。


個人的に私は「在宅派」です、今のところ。

痛み止めガンガン使って、楽にやってみたいとは思ってますが・・・

便秘の問題があるので悩みます。

しかし、基本的に無理な延命は遠慮したいと常々思っております。


何気にこんな記事を見つけました。

興味のある方は、読んでみてください。



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        末期の在宅患者の救急搬送に疑問

質問
 都内の救命救急センターに勤める看護師です。ここのところ、当院以外の病院で治療していた癌や非癌の終末期患者さんが救急搬送され、心肺蘇生するケースが増えています。直前まで訪問診療や訪問看護を利用し在宅療養していた方々です。「最期は在宅で」ではないのですか?おかしくないですか?

回答者
坪内紀子(おんびっと[株]代表取締役)

 明らかにおかしいです。個人的に、もしくは勤務先の誰かを通じてでも構いませんから、訪問診療していた診療所の医師や事務長、訪問看護師たちをどうぞ怒鳴りつけてください――というのが私の思いです。

 「怒鳴りつけて」頂きたい理由を、順に説明していきましょう。

 率直に言うと、質問にあるようなケースが増えてきているのは、訪問診療を行う医師や訪問看護師と、患者・家族との間の信頼関係不足に端を発しています。

もっと言えば、目の前に今にも死にそうな患者がいるにもかかわらず、間違いなくそこまでやってきている「死」について在宅医や訪問看護師がご家族と話す機会を設けることなく、挙げ句、揺れ動くご家族の心のひだにも気付かず、本人・家族のニーズにも目をくれず、自分たちのスケジュールの都合で訪問診療や訪問看護を提供した結果、起こっていると考えます。

自分たちの心が揺れ動いている状態の時に、目の前で身内である患者が苦しそうにしていたり呼吸の様子がおかしかったりすれば、家族は信頼関係が希薄な在宅医や訪問看護師に訪問の依頼や相談をするより、救急車を呼んでしまうでしょう。

今回の質問にあった事例はまさにその典型です。せめて退院時カンファレンスを開催し、急変時の搬送の受け入れについて退院先に確認しておけば、救急搬送は回避できたかもしれないのに、それすら十分なされていなかったケースと言わざるを得ません。

 正直、119番される救急隊だっていい迷惑です。ましてや、医療先進国で救急車を無料で要請できるのは日本だけ。こうした状況を放置しておけば、ひいては「税金の無駄遣い」と言われる事態にまで発展しかねません……。

そもそも、今回のケースのように、患者が過去に治療を受けていた病院への救急搬送を家族が希望しても、病院側に受け入れてもらえない場合があります。

たとえその病院が3次救急を担っている病院であっても、その日の救急担当医が「受け入れ不可」と答えてしまえばそれで終わりなのです。

ひどい場合は、「本日は○○科は当直ではないので……」と断られることもあるくらいです(実際に経験しました)。

 

 では、在宅患者さんが最期に路頭に迷わないようにするには、訪問看護師としてどう関わっておけばいいのでしょう。日本には素敵な言葉があるじゃないですか~。「備えあれば憂いなし」です。

 その「備え」とは……


(1)退院時カンファレンスの開催を訪問看護側が病院側に積極的に要望し、参画する

→(カンファレンスの場で、揺れ動いている家族の心情をキャッチしたならば、その場で、再入院の受け入れの是非を病院側に確認してください)

(2)患者・家族と早期に信頼関係を構築する

→(早ければ早いほどいいのは当然。ただし、患者・家族はそう感じていないのに、医療者たちが勝手に「構築できた」と勘違いしている場合がよくあるので要注意)

(3)患者・家族に対して適切なケア内容および訪問頻度を提示し、選択機会を提供する。そして説明責任を果たすこと

→(米国では、介入時の訪問看護のアセスメントは必須で、結果を政府へ提出する義務があります。「そんな仕組み、日本になくてよかった」と思った人は、考えを改めることをお勧めします。)

 以上3点を常に行うことで、無駄な救急搬送は回避できると私は信じています。

ー ただし、退院直後の患者は難しいこともあります -



中には、難しい状況もあります。特に、退院直後(退院から概ね1週間程度)です。

多くの在宅医療従事者は、この短い間に患者と信頼関係(ラポール)を構築するのは困難です。

この場合は、「怒鳴りつける」対象から外して頂きたいと思います。訪問頻度が訪問看護師より少ない医師の場合、なおのことです。

 ただし、1週間以内であっても、適切なアセスメントを行い、患者・家族の医療ニーズを十分把握し、提供可能な訪問頻度と利用料金の提示・説明を事前に行った上で、サービスをスタートすれば、信頼関係の構築は決して不可能ではありません。

 おんびっと訪問看護ステーションでは、今年2月のオープン以降、訪問看護を開始して1週間以内に亡くなった患者さんが2人いました。

うち1人は在宅で亡くなり、もう1人は、事前の申し合わせにより、前週まで入院していた病院に緊急搬送され死亡の転帰を辿りました。いずれも、ご家族との関係は非常に良好だったと自負しています。

その理由は、利用初日にアセスメントを行い、本人の状態と家族の希望を踏まえ、複数回訪問をほぼ毎日行っていたからだと考えています。

 訪問看護開始時、その2人の患者さんのご家族は共に在宅で看取る決断をしていませんでした。

1人は緩和ケア病床の空待ちの状況でしたし、もう1人は翌週に再入院が決まっていました。

患者さんご本人はモルヒネの影響で意識がもうろうとしていたので意向を確認できませんでしたが、ご家族はずっと迷っていました。

そうこうしているうちに、あれよあれよと状態が悪化したため、特段決めていたわけではないけれどもなりゆきで最期を選択されましたが、結果として家族にとって納得いく最期を迎えることができました。



 一般的には1週間以内で信頼関係を構築することは困難ですが、方法によっては必ずしもそうとは限りませんし、ましてや1週間以上の期間が確保できているならばなおのこと、在宅医療従事者が患者・家族との信頼関係に基づいた療養環境を創り出さないといけないのではないのでしょうか。

それをしないことには、質問にあったような無意味な救急搬送がいつまでも繰り返され、在宅医療に将来はないのではないか……とさえ思います。


                                  日経メディカル Online  Aナース注目の記事より





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       ん~~~汗悩


確かに夜中・早朝に容態が急変したら、家族はただただ驚いて救急車を呼んでしまうかもしれません。

在宅施設が「どこまでのケアをしてくれるのか」をはっきり知っておく必要がありますね。

が、もうひとつ大切なことは「そうなった時には○○して欲しい」と家族とよく話し合っておくことだと思います。

最近いろいろな「終末期の迎え方」の情報集めをしています。

自分のこともさてて置いて、叔母が‘筋萎縮性側索硬化症(ALS)‘と言う難病に罹ってしまい、今月から在宅療養に入ったのがきっかけです。

「必ず進行して死に至る」と言う残酷な病気。

病院を転々とさせられ、最後は病院にも置いてもらえず、更に介護施設にも‘難病なので‘と入所が出来ずにいわゆる「有料老人ホーム」で期間限定ですごしてきました。

やっと自宅の改装が終わって自宅に戻り「やっぱり、家が一番ね~」と、しみじみ話してくれました。

・・・が、叔母は叔母なりに悩みがあります。

  「どの状態まで家にいたらいいのかしら」

介護保険は、いい面もありますが‘縛り‘が細かくあって「介護できる家族が同居している場合には使えないサービス」と言う項目があるそうです。

私の従兄弟のお嫁さんは、中1・中2の年子の子供がいます。

子育てが大変で仕事に出られない・・・が現状なのに、自分でベットから車椅子に乗れない姑の世話をするのは「大変の2乗」になっているはずです。

変な話、叔母が少し痴呆でも入っていれば楽な面もありますが「頭ははっきりしている」ので、オムツを使えないのです。

病院のDr.からも何度も「介護の人のために使ってみてください」と言われても、

泣きながら「出来ないの・・・」と訴えるのです。


そこが叔母の尊厳なので、家族は見守るしかありません。

ウチの両親もそうですが、歳になればなるほど「頑固」になります。

そして「親の面倒は嫁が見るべき」という無言の掟らしきものがあるんです。


姉は「アタシは自信がないから、介護保険なんて無視して誰かに任せるわ。あんなワガママ老人の世話を1日中するなんて無理!!」と宣言しております。

ハイ、私も同意見です!

(もしかしたら、姉は私の介護だってするかもしれないことも念頭にあるからかもしれません)

老人の介護は大変です。私も祖父母を見ていますのでよーーーく知っています。


ですから、私の場合なら在宅に入る前に「きちんと取り決めをして」お世話にならねば・・・

と本気で考えております。


東京オリンピックまではあちらの世界に行くつもりはありませんが、何事も前準備は大切です。

意識が朦朧としていたとしても「それが寿命」と思っている私です。


つくづく感じます。

    ・・・家族は難しい関係だ・・・

と言うことで、また長いお話にお付き合いくださいましてありがとうございます。



叔母が丹精こめてバラの花が、庭に咲き乱れていました。

「好きなだけ持って行ってね」と言うお言葉に甘えて、われわれ三姉妹は山のように頂いて帰ってきました。