2004年12月17日癒しの森に書いた松下幸之助の語録を引用したい。
「この世に存在する一切のものに、不要なものなどなにもない」
「人間とは繁栄への能力を秘めたなんと素晴らしい存在であろう。あたかも磨けば光るダイヤモンドの原石のようなものだ」(再掲)
この2つの言葉は表現する内容を異にするが、その源の認識(哲学)は同一であると思う。人間は磨けば光る、・・そう考えるか、そう信じるか、これが人間学のポイントであると思う。
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久しぶりの松下幸之助語録
2004年12月17日 癒しの森から
エンピツの時事・社会に「今夜の気分は」というページがある。いつも高い見識の論説を展開している。12月14日は「この世に存在する一切のものに、不要なものなどなにもない」という松下幸之助の語録が引用されていた。ページの管理人TAKA氏は「彼が遺した名言の数々は、挑戦する意欲への 『 無限の広がり』がある」と解説していた。この松下幸之助の「「この世に存在する一切のものに、不要なものなどなにもない」を言葉として理解するのは容易である。しかし、この言葉が発せられる背景に松下幸之助の不動の哲学的な基盤があると言わねばならない。
2003年11月23日に松下幸之助の人間観を引用した。「人間とは繁栄への能力を秘めたなんと素晴らしい存在であろう。あたかも磨けば光るダイヤモンドの原石のようなものだ」と。人間は繁栄への能力を秘めた素晴らしい存在と指摘しているのだ。この2つの言葉は表現する内容を異にするが、その源の認識(哲学)は同一であると思う。人間は磨けば光る、・・そう考えるか、そう信じるか、これが一人の人間を成長させるかどうかの分岐点になると同時に、健康にも大きな影響を与えるのである。
・平等に 内なるダイヤを 保ちゆく 磨けば光ると 思うか否か