小説なんかを読んでいるといつも気になることがある。それは「会話の不自然さ」だ。たとえば、推理小説なんかでよくある、こんなシーン。
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ここは、某県の山の中腹に立つペンション。もちろん嵐によってふもとに下りるための唯一の橋が壊れてしまい、陸の孤島と化している。そして謎の連続殺人事件がおきているのもセオリー通りだ。
「いったいなんだっていうんです。こんなところにわざわざみんなを呼び出したりして。私を誰だと思ってるんだね。」
と、言い出したのは中年の男。一部上場の大手企業役員らしく、誰にでも尊大な話し方をするため、皆に嫌われている。でっぷりしたおなかが、その裕福な暮らしぶりを象徴している。
「いやー、ぼ、僕らも忙しいんだからねー」
とぼそぼそとしゃべる青年、年齢は二十歳そこそこといったところか。長髪で片目が隠れていて、ちょっと昔風のオタクといった感じの、一見危ない青年だが、こういうやつは本当に危ない青年か、すさまじく良いやつかのどっちかである。
「そうよそうよ、理由を説明してほしいわ!理由を」
と見たところ40才くらいの有閑マダム。やけに高そうな毛皮をしているのが印象的だ。
「まあまあここはとりあえず彼の話を聞きましょうよ。」
と一歩前に出て皆を冷静に抑えたのが、見るからに好青年風といった感じのイケメン男。まるで好青年と顔面に書いて出荷したような好青年っぷりである。
「何がおきたんですの・・・もう怖いことはこりごりですわ・・・。。」
となんでこんなところに紛れ込んでしまったのかいまだに理解できないそぶりのお嬢様。
「みなさん、お静かに。実は今回の事件の犯人がわかりました。」と探偵。
「ええ!?それは本当だべか?」と大げさに驚く村の巡査。
探偵は人差し指でメガネを直しつつ、一度窓の外の豪雨に目をやり、振り向いて続けた。絶対こいつナルシストだな。
「そして・・・・犯人はこの中にいます。」
「なんですって!」とマダム。
「ああ・・・」と早々と気絶するお嬢様。
「いったい誰が!?」と会社役員。
「犯人はずばり・・・米内さん。あなたですね!」
と探偵は好青年を指差さす。どうやら彼が米内さんらしい。ほっほう、一見、いいやつそうに見えるやつが犯人というのもセオリー通りだな。
「ふっ馬鹿な。あんたに何がわかる。」
と悠然と言い返す米内こと好青年。さすが真犯人。ふてぶてしい。
「実はあなたは以前から殺された真由さんに交際を申し込んでいたらしいですね。しかしそんなあなたを振って、真由さんは結果的に、黒田さんを選んだ。」
と探偵はオタク青年を指差す。なるほど彼は黒田というのか。
「あなたはそれを非常に恨みに思った。そして本来ならば、黒田さんを恨むべきでしょう。しかし、あなたはとてもプライドの高い人間です。だからあなたの殺意は黒田さんじゃなくてゆがんだ形で真由さんに向かった。」
米内はすこし動揺したように顔を赤らめて答える、
「だ、だがあの部屋には凶器も何も無かったはずだぞ。しかも中からロックがかけられて完全な密室だったんだ。そうだ、そのことは駐在さんも言ってたぞ!、彼女の死因が頭を何か鈍器で殴られたか、ぶつけたかだとしたら、自分から転んで頭を打ったとも考えられるじゃないか!」
「んだんだ、あの部屋は完全に密室だった。それに、部屋をいくら調べても凶器らしいものは何も無かった。駐在生活36年のわしが保証するだ。」
駐在さんが口を挟む。方言を使えば純朴で信用できそうなキャラになる。それも関西弁じゃなくて、東北弁が一番だ。このあたりにも作者のいやらしい思惑が見え隠れする。
「そう、あの時、われわれが真由さんの遺体を発見したとき、あの部屋に凶器はありませんでした。そして中から鍵がかけられた密室であったことも確かです。しかし犯行には凶器が使われました。そしてその凶器はひとりでに消えてしまったのです。」
「ふーむ。なんだか、雲をつかむような話だね」と会社役員がでっぷりとした腹に手をやりながら言う。
「う、うーん」
お、おや、お嬢様が目を覚ましましたようだ。
「ひとりでに消えたですって!?それじゃ幽霊の仕業じゃないの!」
有閑マダムが叫ぶ。
「ええ!、幽霊ですって!ああ・・・」
再び気絶するお嬢様。この人は何のためにいたのだ。
かまわず探偵は話を続ける
「この洋館には地下に製氷室があったのを覚えていますか?犯人は、氷を糸でつるして天井のあたりに結んでおいた、そして、部屋の鍵をかけると同時にちょうど氷が真由さんの頭の上に落ちてくるようにしたのです。凶器が氷ならば時間がたてば消えてしまいます。その証拠に真由さんの部屋の床が少し濡れていたはずです。」
「ああ、んだんだ、たしかに濡れていただ。駐在生活36年のわしが保証するだ。」
「つまり犯人はあの時間に誰にも気づかれずに製氷室のある地下に自由に出入りできた人物・・・米内さん、あなたです。」
ここまで言われてはさしもの米内も観念するよりない。
「く、くそう、おれは、俺は、俺よりもあいつを選んだ真由が許せなったんだ!、ハンサムで、金持ちの俺じゃなくてあんな黒田みたいな野郎を選ぶなんて!」
と犯人が自白して一件落着。
もちろん最後には洋館が犯人ごと炎上です。
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とまあこんな感じで話が進んだりするのだけれど、これもまずおかしい。全員が一つの話に集中しすぎている。会話の受け答えが理路整然としすぎている。普通はこんな感じだ。
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「いったい、なんだってんだ。こんなところに皆を呼び出したりして。」と会社役員。
「そうよ、今日は9時からのドラマを観ようと思っていましたのよ。」とお嬢様。
「ねえ米内さん、素敵なワインが手に入ったの、今から私の部屋に飲みにいらっしゃらない?」と有閑マダム
すると会社役員が耳ざとく聞きつけ、
「おお、いいねえ、私もご一緒していいかね。」
「あなじゃないわよ。米内さんをお誘いしてるのよ。」とマダムは冷たくあしらい、イケメン米内に手を絡める。
オタクの黒田青年は部屋に引きこもっておりハナからこの場に来ていない。
そこでいよいよ探偵が登場。
「みなさん、お静かに。実は今回の事件の犯人がわかりました。」
「まあ、そういわずに俺も取引先からもらった極上のウイスキー持ってきてるんだよ。」会社役員は執拗にマダムにからむ。
「じゃあ僕つまみ作りますよ。昔洋風レストランでバイトしてましてね、料理の腕にはちょっと自信があるんです。シーザーサラダに山菜のおひたしなんてどうですか?」と米内。
「えーあたし山菜キラーイ、好きなのはプリッツ。ワインにはプリッツよねー。」とお嬢様。
「ちょっくらかわや行ってくるべ」と駐在
「エー皆さん、お静かに・・誰が犯人か知りたいでしょ?ね?ね?あ、ちょっと駐在さんトイレくらい後にして。」
探偵の言葉が聞こえたのか聞こえないのか、米内はすでに料理の準備をはじめながら、
「あ、ウイスキーがあるなら、氷もほしいですね。そうだ、地下に製氷室があったでしょう。あそこの氷を使いましょう。」
「あ、だめだめ、製氷室のことを言うのは私のセリフ・・。」
「そういえば、あの人、また部屋に閉じこもってアニメばっかり見てるのかしら、きもーい。」とお嬢様が思い出したように言う。
「ア、アニメはきもくなんてないよ、い、いまや世界に誇る日本の文化だぞ。」
「あら、黒田さんいつの間に来てたの。でもそういう理屈っぽいのがまたきもいのよー。」
「あれ、ここ携帯はいるんだな。これで会社に連絡がとれる。」と会社役員。
「いや、でもね、に、日本のアニメは、」
「ええとね、みなさんね。つまりね。よく聞いてね。犯人は製氷室の氷で・・・・」
「あ、そうそう、探偵さん、悪いけど、手あいてるならその氷もってきてもらえます?」と米内。
「キー、こんな洋館燃やしてやる!!」
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結局洋館は炎上するのであるが。