戦争を語る人 | 現在・過去・未来

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                                   【人】【心】を暖めて幸せに(人`-∪-*)。oO

間もなく終戦日


8月14日(小・中学校の教科書では8月15日)

ポツダム宣言受諾が決定した日。


8月15日

戦争が終結すると国民にラジオで知らせた日。


私の両親も戦争を知ってる。


母よりも父からよく話を聞かされた。


父はもちろんまだ幼い子供で、空襲で

学校もまともに行けなくて、小学校の卒業式には

子供の人数も減っていたと。


父は戦時中は今の家で生活はしていなくて、

空襲警報がなって、布団を頭からかぶって

逃げていたら、近くに爆弾が落ち、布団をかぶったまま

動けなくなってると、布団が燃えていて、

人に助けられたと。


父の兄は兵隊として戦争に。

生きて帰って来れたけれど、十数年寝たきり(脳梗塞)で

数年前に亡くなりました。


父から聞かされた話は、やっぱり食べ物の事。

配給を待つ日が続くし、配給があっても、お米も無い。

人数分も無い

直ぐに底がつきる食料。

また、配給を待つ日が続く・・・。


よく言われました。

お米一つでも、作ってる人や、お米が有る事に

感謝しないと罰があたる。


亡くなる何ヶ月か前でも、お金が有っても

食べ物が無くなる時代が来ると・・・。


娘の父親は終戦直後に産まれて、

何度か話しを聞いてましたが、やはり

食べ物に苦労をしてます。

父親は殆ど家に居てなかったから

お母さん一人で苦労して、

そして娘の父親も栄養失調になり、

何度か死にかけたと・・・。


だから、食べる事に関しては

自分より人に食べさせる事が多い。

それも、これだけ食べ切られないって

くらいの量の料理を注文したり、

会社の若い子を食べに連れて行ったり。


私が親に感謝出来る様になったきっかけ。

娘の父親の考え、気持ちは

【親を憎んでも、恨んでも自分の人生始まらない】と。

もちろん、殆ど家に居なかった父親の事や

家族の愚痴、悪口など一切聞いた事が無かった。


今日、ドラマやニュースなど見ていて、

戦争を知ってる人、戦後を知ってる人は

高齢者になって、戦争を知ってる人は、

段々と減ってしまう。


私の年代の両親は戦争を知って、話も聞いてきたけれど、

これからの人には誰が伝えていくの???


本当に知ってる人でないと

伝えれない事だと思うから。


赤紙を配った人の気持ち。

赤紙が配られた人の気持ち。


無事に帰って来いとは言えないで

見送る家族の気持ち。


戦争で兄弟や姉妹、家族を亡くした人の気持ち。


当事者でないとわからない事だと・・・。

私は、なぜか父親に言われてきた事に近い事を

食事を残そうとする娘に言ってます。


母は残り物を食べないで捨てる人。

よく父と喧嘩してました。

父は母に戦争時分に食べ物に

苦労してないから、粗末に出来るんや。

そんな父に母は、子供の頃から、

いつも残り物もご飯時にテーブルに

並んでたのが嫌だったと・・・


私は嫌で、次の日のお昼に食べたりします。

娘と二人だと、わざと味噌汁など多めに作ります。

そして残りは冷蔵庫で保管して、次に日に

味噌汁の材料によったら、そこに

そうめんを入れたりして変えてみます。

それに後2品くらい作ります。


娘には間食した日には夕食は完食させます。

娘には言わないでご飯の量を少し少なくしてます。


戦争の怖さ、戦後の苦労を

これからの子供達の為にも

伝え続けて欲しい事です