人呼んで筍医者 田杉白玄 夜目遠目笠の内なら、いい男といい女 | kanotomiuozarainenkokidesuのブログ 人呼んで筍医者 田杉白玄

人呼んで筍医者 田杉白玄 夜目遠目笠の内なら、いい男といい女

 美容整形等、なかった江戸時代生まれついた顔立ちを直すことは出来ない。顔が不細工だからといって縁遠くなるかというとそうではない。釣り合わぬは不縁のもと、家柄が釣り合えば良縁となる。厄介なのが息子や娘が面食いな場合だが、幸い江戸の見合いは見合い写真の交換もなく、遠くから相手を見るだけが多い、真昼間でなければ顔立ちまで分からない。はっきり見えないと不思議によく見える夜目遠目笠の内なのです。「先生、家の娘なんですが、卵に目鼻」「卵に目鼻ですか、そりゃいい器量だ」「先生、人の話は最後まで聞いて下さいよ。卵に目鼻ならいいんですが、卵に団子鼻なんですよ」「卵に目鼻じゃなくて、団子鼻ですか、目はどうしました。団子に目が隠れてるんですか、それは面白い」「人の娘で面白がらないで下さいよ」「それは失礼した」「そんな器量の娘ですが、人並みに所帯を持たせたいんですよ」「泉州屋さんなら縁談話も数多く持ち込まれるんじゃねえですか」「あるんですが、娘は相手は役者の様ないい男じゃなければ嫌だと言うんです」「役者の様ないい男でなくちゃ嫌だと団子鼻が言うんですか」「先生、その団子鼻と言うのは止めて下さい」「娘さんの名前を知らないもんですから、つい団子鼻と言いました。娘さんのお名前は」「それが、ちょっと言いずらい」「言いずらい、何でです」「名前が」泉州屋の旦那、一呼吸おいて「お花です」田杉白玄、えっと驚いて、自分の顔の鼻を指さして「御鼻」「違いますよ。はなははなでも、顔の鼻ではなく、咲く花です」「そりゃそうですよね。顔の真ん中に鎮座している鼻を名前に付けるわけがないですよね。お花さんですかいい名前だ。いいお相手がいます」「役者にしたいような、いい男がいるんですか」「加賀屋の若旦那です。ご存知でしょう」「加賀屋さんはお目にかかった事ありますが、若旦那さんはお目にかかった事ありません」「そうですか、泉州屋さんと加賀屋さんなら釣り合うと思うんですが」「それは申し分ありませんが、若旦那が役者にしたいいい男なら娘も喜ぶんですが」「そんな男はざらにはいません。でも若旦那は遠目に見れば、すらっとしてまして役者の様です」「それはいい」「でも顔がね。顔の真ん中にどんと鎮座しているのが団子鼻」「若旦那さんも団子鼻ですか」「似た者夫婦になると思いますよ。ところでお花さんは遠目で見るとどうですか」「親の欲目か分かりませんが、すらっとした柳腰で遠めならいい女に見えるのではないでしょうか」「そうですか、夜目遠目笠の内なら、いい男といい女。良縁です」遠くから見た二人はお互い気に入り、目出度く祝言を挙げた。祝言を挙げた後も二人は気恥ずかしいのか、まともに顔を見合わず.床入りをして、夫婦の契りを結び、深い眠りに落ちた。眩しい朝の光りで目を覚まし、見つめ合った二人は声も出ず、お互いに相手の顔の真ん中に鎮座している団子鼻を指差して、笑い転げた。「役者にしたいようないい男だって田杉白玄っていうお医者さんが言ってたのに、騙されちゃった」「水も滴る良い女だって、田杉白玄が言ってたのに、藪にもならない筍医者に騙された」「どうするの離縁するの」「離縁されたいのかい」「好きにして」「お花は鼻さえ見なければいい女」「お前さんも鼻さえ見なければいい男」と言いながら二人は抱き合い、昨夜の続きを始めた。母屋では加賀屋の旦那が内儀に「離れの様子を小僧に見に行かせたら取っ組み合っていますと言ってたから上手くいったみたいだ」「旦那様、小僧には目の毒ですよ」と内儀、上目遣いで旦那に誘いかけていた。