人呼んで筍医者 田杉白玄 怪我の功名 | kanotomiuozarainenkokidesuのブログ 人呼んで筍医者 田杉白玄

人呼んで筍医者 田杉白玄 怪我の功名

 江戸には数えきれないほど神社がある。神社があれば祭りがある。夏祭りなら山王祭りで秋祭りは神田祭りが群を抜いて人気があった。両祭りとも山車(だし)や踊り屋台が江戸城内に練り込んで、将軍家の上覧を得たので天下祭りと呼ばれた。上覧祭りとか御用祭りとも呼ばれたらしい。今は山車は子供達が曳くが江戸では牛が山車を曳く。狭い道に牛が曳く山車に神輿に見物人でごった返す。喧嘩が起きないわけがない。特に神田は下町。喧嘩が何より大好きな江戸っ子が暮らしていた。喧嘩好きの神田っ子といっても皆が皆な喧嘩好きなわけではない。芝居好きの両親から生まれた菊次郎は役者さながらの踊りは踊れるが腕っぷしは心許無い。芝居なら見得を切ればならず者が勝手にトンボをきって転んでくれるが、祭りではそうはいかない。だから祭りの日は家に閉じこもっているのだが、お目当てのお千佳に「あたし、臆病な白塗りは大嫌い」と言われ、違うところを見せたいのだが、喧嘩は自信がないし怖い、でも強いところも見せたい。困った菊次郎は困った時に頼りになると評判の田杉白玄を訪ねた。「先生、祭りの日はお医者さんは忙しいでしょうが」「祭りで忙しいのは外科の医者よ、しなくてもいい喧嘩をして、血だらけになったり、手や足を折ったりする馬鹿がいるからな」「その馬鹿があっしなんです」「今から喧嘩すると決めてるのかい」「決めてます」「誰とするんだい」「誰でもいいんですよ」「腕に自信のある馬鹿が、誰彼かまわず、喧嘩吹っかけるが、見たところおめえさん、喧嘩が強そうには見えないが」「実はお千佳という女に臆病な白塗りは嫌いと言われちまったんで」「臆病な白塗りは嫌い。歌舞伎の役どころで言えば、つっころばしは嫌いと言ってんだな」「そうなんです」「でも、おめえさんはちょいと指でつっつくと転んでしまいそうな、なよなよした若旦那の役がお似合いだ」「そこまで、なよなよはしてません」「そうかな、充分、なよなよしてるが、相談と言うのは喧嘩の仕方を教わりにきたのかい」「喧嘩はした事がないので怖いんです」「怖いんなら、しないに限る。やめとけ」「でも、喧嘩をしないといつまでも臆病な白塗りと言われちまいます」「なら、祭りの間中、お千佳さんとやらのそばにいて守ってあげれがいい、祭りは人に押されたり危ないことも多い。転ばない様にしてあげたらいい、ただつっころばしが、つっころんじゃいけねえよ」田杉白玄なんて、ちっとも頼りにならないと菊次郎は思ったが、喧嘩する度胸もないので、田杉白玄先生の言った通りお千佳のそばに張り付いた。「何で菊次郎さん、あたしの傍にくっいてるのよ」「お千佳ちゃんが転ぶといけないから、守ってるんだ」「つっころばしが守ってくれるの」とお千佳は憎まれ口を言うが、菊次郎、意に介さず傍を離れずにいた。その時、男がお千佳に近づいて来て「おい、お千佳、文を出しても返事がない。どういう事だ」「返事がないのが返事。もう纏わりつかないでよ」「何を」と男がお千佳を突き飛ばした。すると菊次郎が火事場の馬鹿力なのか、男に殴りかかったが、男の倍返しにあって血だらけで倒れた。野次馬が取り囲んできたので、男は逃げ出した。暫く菊次郎立ち上がれず蹲っていると、お千佳が菊次郎の頭を抱え起こし、手拭いで顔の血を拭い涙声で「ごめんね。折角の白塗りが真っ赤な赤塗りなっちまった。つっころがしでも菊次郎さんは強いよ。負けるが勝ちさ」