人呼んで筍医者 田杉白玄 夫婦の情は絆(ほだ)される | kanotomiuozarainenkokidesuのブログ 人呼んで筍医者 田杉白玄

人呼んで筍医者 田杉白玄 夫婦の情は絆(ほだ)される

 江戸時代は連帯責任が基本ですから親戚に不埒な奴がいると自分がなにもしなくても財産を没収されたりします。そうなると縁組も氏素性が知れた安心な相手を選べるお見合いになります。当時は写真などというものもないのでお見合いの当日まで解りません。お見合いの席を設けるのも少なく、茶店に座っている見合い相手を遠くから見たり、場所と時刻を定めすれ違って相手を確認するのがほとんどだったようです。

「お父っあんとお母っあんの馴初めを聞かせておくれよ」「馴初めだとよ」「お前さんがおいいよ」「茶店にいい女が座っててお茶を飲んでたのよ」「いい女が座ってたって誰の事よ」「何言ってんだお前えとの馴初めを言ってるんだよ」「というと、いい女ってあたしのことかい」お常はケラケラ笑って亭主の駒吉の頬っぺたをぺタぺタ叩いた。叩かれた駒吉も満更でも無い様子で「痛てえじゃねえか」とへらへら笑っている。「それでお父っあんはどうしたの」「どうもしねえよ」「どうもしねえって声を掛けなかったのかい」「そうよ遠くから見てただけだ」「次に会ったのはいつなの」「祝言の時よ高砂やこのうら船に帆を上げてだ」「おっ母さんは茶店でお茶飲んでてお父っあんの顔見えたの」「茶店の前を大勢人が通るんだからわかりゃしないは」「それでも良かったの」「皆が薦めるんだから間違いないと思ったの」「あたいは嫌、顔を見ないなんて」すると駒吉とお常は顔を見合わせ力なく作り笑いをした。娘のお登与が席を外すとお常は「お前さんどうする気なの」

「どうする気と言ってもどうしようもねえ、お登与を茶店につれ出すしかない」「茶店に行かしたら断われなくなるじゃない、ともかくお見合いは延ばして貰いましょうよ」「延ばしてどうするんだい」「納得させるのよ」「誰が」「お前えさんに決まってるでしょう」「ああ見えてお登与はお前えに似て頑固だから無理だ」亭主の駒吉では埒があかないと思ったのかお常は困った時に頼りになるとの評判の田杉白玄の許を訪れた。お常の話を聞いて、「お常さんは顔もろくに見なかった男と所帯を持って後悔してるかい」「初めは、もうちっといい顔をした男にしてくれたらと思いましたが」「それで」「でも優しいとこがあってね、子供も授かったしまあ、いいかと」「そこだよ、そこが夫婦の情、夫婦の人情だ、絆されるんだよ。昨日今日、惚れたはれた男と女は冷めやすい。夫婦は熱くならないから情が深まるんだ」「そうですかね」「だから駒吉さんの優しいところ、いいところを嘘でもいいから沢山、娘さに教えるんだ」「嘘でもですか」「嘘も方便だ、それにともかく見合いをさせなくては始まらない、だから先方に頼んでともかく顔を合わせる見合いにして、見合いの後、相手を褒めちぎってその気にさせる事だよ」後日、田杉白玄の助言で顔を合わせる見合いが行われた。見合いの席上、お登与はしばらく俯いていたが、相手の顔をみたい気持ちが抑えられず、顔を上げると、そこにお父っあんとそっくりというか、お父っあんを若くした男が笑っていた。「やっと顔を見せてくれましたね。色が白くて別嬪さんだ笑って下さいよ。笑えって言われたって笑えるもんじゃないか、じゃあ笑って貰いましょう。百面相」慌てて先方の親が「辞めな美濃吉、見合いの席だよ」止めに入るが制止を振り切り「恵比須、大黒、毘沙門天に布袋さん、それでもだめならひょっとこ踊り。これにはお登与もたまらず笑い転げた。それを見て美濃吉「笑った、笑ったと大喜び、打ち解けて和気藹々でお見合いは終わった。そしてお登与はお父っあんに似てるから嫌だな思ったけれどお父っあんに似てれば優しいかなと思うし、面白い人なのでわたし嫁ぎます」と笑みを浮かべた。