人呼んで筍医者 田杉白玄 他流試合 | kanotomiuozarainenkokidesuのブログ 人呼んで筍医者 田杉白玄

人呼んで筍医者 田杉白玄 他流試合

 「私は遠州屋の番頭、蓑之吉と申します。手前どもの主、甚左衛門が先生のお力をお借りしたいと申しております」「どなたか体の具合でもお悪いのかな」「いえお蔭様で体の方はいたって皆達者です」「病でもないのに、何を借りたいんですかな」「主が申しますのには困った時に頼りになるのが田杉白玄先生だと世間が言っているだからお願いしてきなと」そう言うと蓑之吉、大店の番頭らしく慇懃に頭を下げ、付いてきた手代らしき男に顎で催促、また商人の顔に戻り「お口に合うか解りませんが先ほど手前どもに届いた灘の下り酒で御座います」すると男数人が手代の合図で四斗樽が運びこまれた。上等な灘の酒と聞いちゃ酒好きな田杉白玄の顔もしぜんと綻んでしまった。「でお頼みとはいかなる事で」「実は遠州屋の跡取り息子、若旦那の事なんですが、所帯を持たせたいと大旦那はやっきになってるんですが当人がその気がなくて困ってるんです」「という事はことによると、ことによるんじゃねえですか」「何です事によると事によるというのは」「言い難いが女に興味がなくて男に興味がある」「そんな事はありません。手前がまだ手代の頃、若旦那はあっちの女、こっちの女と手当たり次第に手を出すもんですから、大ごとにならないように私がもみ消しに苦労したんです。そんな苦労を大旦那が見ていて、私を番頭に取り立ててくれたんです」「それでその女癖どうなったんだい」「それが私が番頭になった途端、女癖が治まりまして、今や雌猫一匹膝に乗せやしないんです」「女癖が治ったら今度は女嫌いか、こいっあ厄介だな」「そうなんです。だから困ってるんです。困ってるから、困った時の田杉白玄先生なんですよ」「灘からの上等な下り酒を貰っちゃ何もしないわけにもいくまい、取敢えずその若旦那に会ってみる事にしましょう」若旦那と会う日取りは決まったが田杉白玄先生、女好きがどおして女嫌いになったのかも解らないし、女嫌いが治ってもまた女癖が悪くなったら元の木阿弥だし、いくら考えても名案は浮かばない。まあ、なるようになるかと独り言を言いながら遠州屋から差し向けられた駕籠に乗り込んだ。「駕籠屋さん、おめえさんは何かい。女好きかい」「女は嫌いじゃねえが、駕籠かきを相手にする女はそうはいませんや」「てことは、おめえさんは独り身かい」するともう一人の駕籠かきが「お客さん、こいつの嬶は柔術やってましてね強いの何の」「何で知ってんだい」「だっておいらの嬶はこいつの嬶の妹分ですから」「女の柔術家か」「女だと見くびっちゃいけません倒木流の狼姫ことお軽に睨まれたら、それだけで並みの男は竦んじまう。嘘じゃねえですよ。明日柔術の他流試合があるから見に行ってみなせえ」(江戸時代にはまだ柔道はなく柔術があって、色々な流派が競い合っていた)駕籠屋とそんな話をした後、田杉白玄先生、若旦那と会った。「若旦那はどうして女嫌いになっちまったんです」「飽きたんですよいい女も三日で飽きると言うでしょう、不細工な女は三日で慣れると言いますが慣れるだけでつまらない」「どんな女がいいんですかね」「今まで会った事がないような凄い女がいいなあ」凄い女がいいという若旦那の言葉に田杉白玄、駕籠屋の話が閃いて「それなら明日柔術の他流試合を見に行きましょう」「柔術ですか」「そうです、倒木流の狼姫ことお軽が凄いそうですよ」田杉白玄や番頭の蓑之吉から見に行けと言いわれ若旦那しぶしぶ柔術の他流試合を見に行った。すると鋭い眼光が稲妻の様に走り、相手を射すくめるような狼姫、お軽を一目見ただけで若旦那はぞくぞくと体が震え凍りついた。試合は瞬時に終わった。お軽は相手の男の懐に飛び込み投げ飛ばしそのまま腕を決めたので、男は唸り声をあげて降参した。若旦那は「先生、あたしは、あのお軽と所帯を持ちたいお願いします」慌てたのは番頭で「若旦那、それは辞めておいた方が」「何言ってるんだ所帯を持てと言ってたのは番頭じゃないか」「それはそうですが」「親も息子には勝てず渋々承知した」「お軽も柔術を続けてもいいという条件で二人は祝言をあげた。それから三か月ほどたった。田杉白玄も気になったのか若旦那に会いに行った。「どうです若旦那、お軽は飽きましたか」飽きるもなにも、投げ飛ばされて、三日たって痛みがなくなるとまた、投げ飛ばされるんです、でもね先生、あたしも負けてばかりはいませんよ、お軽のお腹にはあたしの子がいるんですよ」と若旦那嬉しそうだった。