Halcyon Digest/Deerhunter | Surf’s-Up

Surf’s-Up

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Surf’s-UpDeerhunter待望のニューアルバム。通算4作目となる。前作「Microcastle」がロック雑誌の年間ベストに軒並みランクインし(個人的にも2008年の1位に選びました)、今やUSインディの中でも最重要バンドとなった彼ら。ツアーやフェスで新曲を披露しつつ、わずか1ヶ月で完成させたのがこのHalcyon Digestである。


 前作は内省的なサウンドを作ってきた反動から生まれたようなところがあり、不安定な感情ときりもみしながら堕ちていくようなシューゲイズサウンドを用いることで、よりリスナーにダイレクトに届くことに成功した傑作である。自分も本当によく聴いたし、今でも時々聴いている。


 今作を聴いてまず感じるのは、よりポップになったサウンドスタイルである。テンポはミディアム調のものが多く、チェンバロの音が印象的なRevival、アルバム中最もポップなMemory Boyのように60年代ポップス風のものがさほど目立たないくらい多彩な楽曲が収められている。これまでのサウンドにAtras Soundの柔らかさ・アンビエント・ポップが加わったようにも感じるが、前作のような抜けの良さはない。なので前作のファンにとっては評価の分かれるところのようには思う。


 どの曲も親しみやすささえ感じるくらい明快なメロディーを持っているが、聴いていると音の礫が鼓膜から侵入し、脳の中で跳ね回るような感覚に陥る。その中でもBasement SceneのようなソフトサイケやHelicopterの儚い浮世離れしたような美しさは例えようもなく素晴らしく、行く先がどこであろうとも身を任せたくなるような中毒性がこの作品には宿っている。個人的には前作同様にUSインディの最高峰に位置するアルバムだと思っているが、、そんなドラッギーで現実と虚構の狭間をいくような音は決して大衆向けではないし、直感レベルでの拒否反応が出る場合があるかもしれない。


 今作のテーマは「記憶」だと、ブラッドフォード・コックスはインタビューで語っている。記憶の曖昧さがもたらす不条理感とでも言おうか。確かに人は曖昧な記憶に振り回される事が多い。揺らぐことの無いはずの事でさえ、いともあっさりと覆されることもある。そのテーマの中で彼らは「死」や「老い」について考えている。それでも最後の瞬間だけは「俺は俺の死を死にたい」という強い意志。このアルバムの根底で脈々と流れているものは、それなんじゃないかと勝手に思っている。

「飲み物も食べ物もない/それでもよかった/心配なんてしてなかった 行く当ても/見るものも何もない 自分以外には」(Sailing)




★★★★★(23/10/10)