私の林住期

私の林住期

ブログの説明を入力します。

Amebaでブログを始めよう!
先の大戦前、海軍では主に日本光学に
光学兵器を開発製造させていました。
その嚆矢は戦艦大和の距離計ですね。
その基線長(左右のレンズの距離)は長が15mも
有ったそうです。ライカだと5センチくらいなんで
とても巨大な距離計です。
一方、陸軍では東京光学が大砲、銃の照準器を
作っていたそうです。
陸のトーコー海のニッコーと呼ばれ
光学兵器の双璧だったようです。
では、当時のカメラはと言ううと
小西六社が箱型カメラを製造していた以外には
キャノンが1935年にレンジファインダーの試作機を
完成させ、ライカLを目指していたようです。
オリンパスも独逸のツアイス、フォクトレンダーなんかが
作っていたスプリングカメラを開発し始めました。
あ、赤瀬川源平氏の「中古カメラのススメ」で紹介された
偵察飛行に使う九九式極小型航空写真機なんてのも
光学兵器ですね。
http://www.wetwing.com/aerialcamera/99camera/99camera.html

終戦後、光学兵器で培った技術を基に
独逸カメラに追いつけ追い越せを合言葉に
日本のカメラ産業は大きく発展します。