前回紹介した、熊倉千之『漱石のたくらみ』 は、徹底した構造分析が特徴の本であった。本書はこれより前に書かれたにもかかわらず、緻密な構造分析をすませていなければ書けない記述が見られる。構造分析は熊倉先生のオリジナルというわけではないのである。二例を挙げる。
1.温泉旅館でのお延の下足箱の番号は二十八であり、これは熊倉先生の主張する『明暗』の基本数に一致する。気まぐれに選ばれた数字ではない。水村先生が「そのことはわかっていますよ」とさり気なく証言しているのである。
2.温泉旅館で体調を崩した津田が寝るときの枕の向きは、縁側や床の間との位置関係から言って、小林医院の二階で津田が寝ていた時の真逆である。水村先生は、あきらかにこれら二つの場面を対比しようとしている。
何はともあれ、俺たちは『明暗』の続きが読めるようになったのだ。その偉業に感謝したい。
しかし、水村先生、津田をそこまでいじめなくても……。
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