前回までのあらすじ

「へぇ、これが秋の川温泉郷かぁ」

もうもうと立ち込める湯気を眺めて、裕介は呟いた。
ちょっとした休暇を利用して、某県にあるちょっとした隠れ温泉郷にやってきたのだったが、到着するや否やでちょっとした殺人事件に巻き込まれるのはいつものこと。

今回も無事に容疑者の一人として参考人聴取をうけることなったが、なんでも裕介から死体が発見された肥溜めと全く同じ臭いがするとかで随分長いこと疑われたが、なんということはない生まれ持っての肥溜め臭だということが分かると、警察はほうほうのていで裕介を釈放した。

その上、今回のことを公にしない代わりにと、温泉郷一の宿の無料宿泊券まで握らされ、返って得をしたような気分でこの「秋の川温泉郷」に舞い戻ったのだった。


「いらっしゃいませ、はるばる起こしいただきまして…」

女将らしき女性が裕介を迎え入れる。
その女性はいかにも隠れ温泉郷の名物女将という感じで、多少のロボっぽさはあるものの、申し分なく屈強で、加えて言うなら美人気味だった。その柔和な笑顔は、どこか古びたトラクターを思わせた。

一方の裕介はというと、女将らしき女の顔をみた瞬間から、まるで金縛りにでもあったかのように身動きがとれなくなっていた。


「マリコ…マリコじゃないか!」

なんとその女は、10年前に生き別れた愛するラブラドールに瓜二つだったのだ。口元と、生き物であるところがそっくりだ。

「マリコ…? わたくしの名前はミユキですわ、お客様」

柔和な笑みを崩さぬまま、ミユキという名の女は言った。喋る前に必ず一度「ドルン」と鳴くあたり、やはり古びたトラクターにもよく似ていた。

「わたくしは当旅館の女将兼、盗塁王でございます」

燃費の悪そうなエンジン音と共に黒煙を撒き散らしながら、ミユキは言った。
なるほど言われてみれば、と裕介は思った。
よく見てみればラブラドールというよりはむしろ室伏広治に似ているし、口元が似ていると感じたのは単に女の口から絶えず流れ続けるヨダレが犬を思わせただけで、しまいにはこの女が生き物であるかどうかすら怪しくなって来た。全く馬鹿馬鹿しい。

裕介は苦笑と共にトラクターに謝罪し、部屋への案内を頼んだ。
トラクターは柔和な笑みを崩さぬまま、裕介を座席に乗せて、客室棟へと向かった。

使い古された座席からは、裕介と同じにおいがした。

初ピグ中です。

なんだこれ、くだらねぇ。

くだらねーけどおもしれぇ。

なんだこれほんと。